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笠朝臣金村の塩津山にして作りし歌(1)
ますらをの 弓末振り起こし 射つる矢を 後見む人は 語り継ぐがね
(巻3-364)
ますらおが、弓の先を振り起こして射立てた矢を、後世に見る人は語り継いで欲しい。
峠を越える折に、道の境の神木に矢を射立てて勇武を示すという(矢立杉)の習俗があった。
旅中の安全を祈る目的があり、柳田国男氏の研究では、各地に矢立杉の伝説や名称が残るとされる。
この歌の作者も、塩津山(琵琶湖北端長浜市)にて、矢を射立てたと思われる。
矢を射立てて、勇武を示すのは自らの勇気を振り起こす意味もあったのだと思う。
獣や野盗に、いつ襲われるかわからないような旅路の山道、そうでもしないと不安でならなかったのかもしれない。
後世の人には「俺が矢を射立てた、だから大丈夫だ」と、語り継いで欲しかったのだろうか、そんな気負いも感じる。
いずれにせよ、当時の旅路は、現代日本とは比較にならないほど、危険のあるものだったのだと思う。