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今日をかも 明日香の川の
上古麻呂の歌一首
今日をかも 明日香の川の 夕去らず かはづ鳴く瀬の さやけくあらむ
(巻3-366)
明日香川の毎夕必ずかじかの鳴く浅瀬が、今日もすがしいことであろうか。
明日香村埋蔵文化財展示室前の道沿いに、この歌碑がある。
訳も、そのままを使った。
かはづは、浅瀬にすむ河鹿と思われる。
上古麿は姓を村主といい、百済系の渡来人の可能性がある。
どのような状態で、この歌を詠んだのかは、不明であるけれど、追憶のような詠み方をしていることから、かつては明日香川で、かじかの鳴く声を聴き、それをとてもすがすがしく感じたのだと思う。
ただ、それだけでは、ここまでは詠まない。
明日香川のほとりで、愛しい人との逢瀬でも、あったのではないか。
それが叶えられなくなり、明日香川への歌に託して、もう一度その逢瀬をお願いしたのではないか。
そう捉えると、夕焼けの明日香川も、かじかの鳴き声も、川のせせらぎの音も、愛しい人の姿も、よりはっきりと浮かび上がるような気がしてくる。