草まくら旅行く君と知らませば
長皇子の御歌
霰打つ 安良礼 松原住吉の 乙日娘めと 見れど飽かぬかも
長皇子の御歌
安良礼あられ 松原は、住吉の乙日おとひ娘子をとめと一緒で、いくら見ていても飽きることはない。
※霰打つは、「安良礼 松原」を導く枕詞。
※乙日娘子は、住吉港の遊女か、あるいは皇子を接待した当地の有力者の娘なのか、諸説あり、未詳。
長皇子は、風光明媚な安良 松原と、土地の娘子を並べて讃えている。
ここも、ずっと見ていたい素晴らしい風景であるけれど、娘さん、あなたも、それと同じ、素晴らしく可愛らしい、ずっと見ていたいと甘い言葉をかける。
それに対して、当の住吉の娘子
草まくら 旅行く君と 知らませば 岸の埴生はにふに にほほさましを
清江の娘子の長皇子に進たてまつりしものなり 姓氏未だ詳つまびらかならず
(巻1-69)
旅をするお方と知っていたのなら 住吉の岸の黄土で お染めしてさしあげたのに。
清江の娘子は、「一夜限りのお方と知っていたならば、もっと心を込めて接してあげたかった」という気持ちを、「この住吉の埴土で衣を染めて差し上げたかった」と、雅やかに、別れの哀しみを歌う。
※住吉の埴土は、赤や黄の顔料として、有名だった。
貴人と、港の有力者の娘の一夜限りの熱い交情だったのだろうか。
遊び慣れた貴人と、遊び客を扱いなれた遊女の、お決まりの言葉のやり取りなのだろうか。
さて、受け取り方は、それぞれ。
今さら、真実を確かめるのも、野暮な話になる。