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あしひきの 山下響め 鳴く鹿の
笠縫女王の歌一首 穴人部王の娘。母を田形皇女と曰ふ。
あしひきの 山下響め 鳴く鹿の 言ともしかも 我が心夫
(巻8-1611)
※穴人部王:奈良朝風流侍従の一人。天平元年(729)正四位上で没。
※田形皇女:天武天皇の娘。紀皇女の妹。
山のふもとにまで響いてくる妻呼びの鹿の鳴き声を聞くと、あなたのお声が懐かしくてなりません。たとえ、私の心の中に秘めているだけの夫であったとしても。
ほぼ伝未詳の笠縫女王の確かな作は、この一首のみ。
妻呼びの雄鹿の鳴き声が響き渡る空間の中、かつては愛してくれた男の声を懐かしむ。
できれば、もう一度声をかけて欲しいと思うけれど、それは叶わない相手なのだと思う。
それだから、「我が心夫」として、秘めるしかない。
疎遠を嘆くけれど、相手を恨むこともなく懐かしみ、恋心を秘め続ける。
なかなか、美しい歌と思う。




