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倭琴を詠みき
琴取れば 嘆き先立つ けだしくも 琴の下樋に 妻や隠れる
(巻7-1129)
琴を取ると、まず嘆いてしまうのです。
もしかしたら、琴の下樋の中に、妻が隠れているのではないかと。
この歌を詠んだ人の妻は、おそらく亡くなってしまったのか。
その妻がよく弾いた琴を手に取ると、その下樋の空洞部に妻の霊魂が入り込んでいると感じてしまう。
記紀には、琴が神や霊魂との交流のための祭器としても用いられたと記されている。
その琴に、妻の霊魂を感じた時点から、弾く音は妻の声。
人の姿としては決して見ることができない亡き妻ではあるけれど、琴を通じて、この世に在りし日の心の声を聴かせてくれる。
実に寂しいけれど、それでも琴を通じて、亡き妻と心が通う。
倭琴は、確かに複雑な余韻のある音色。
その余韻に、亡き妻への想いが断ち切れず、嘆き続ける。
情けない男と簡単に切り捨てるべきではないと思う。
愛深ければ、そんなに簡単に想いなどは断ち切れない。
人は木石ではないのだから。




