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万葉恋歌  作者: 舞夢
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柿本人麻呂 泣血哀働歌(3)

うつせみと 思ひし時に 取り持ちて 我が二人見し

走り出の 堤に立てる 槻の木の こちごちの枝の

春の葉の しげきがごとく 思へりし 妹にはあれど

頼めりし 児らにはあれど 世の中を 背きしえねば

かぎろひの 燃ゆる荒野に 白たへの 天領巾隠り

鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠りにしかば

我妹子が 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣くごとに

取り与ふる ものしなければ 男じもの わきばさみ持ち

我妹子と 二人我が寝し 枕づく つま屋のうちに

昼はも うらさび暮らし 夜はも 息づき明かし

嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしをなみ

大鳥の 羽易の山に 我が恋ふる 妹はいますと

人の言へば 岩根さくみて なづみ来し 良けくもそなき

うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば

                                (巻2-210)


妻がこの世の人であった時に、手を取り合って二人で見た堤の槻の木の、

あちこちの枝に春の葉が生い茂るように、心しげく恋し、また頼りとしていた妻であったけれど、世の中の無常の定めには背くことができず、

かげろうの燃える荒野に、白い領巾に身を隠し、朝早く我が家を出ていき、

入日のように隠れてしまった。

妻が形見に残した乳飲子が、乳を求めて泣くたびに、与えるものなどは何もなく、

男の私が子を小脇に抱えて、妻と二人寝した妻屋の中で、昼も夜も、ただ嘆きあかす。

どれほど嘆いても、どうしようもない。

どれほど恋いもとめても、逢いようがない。

羽易の山に私の愛する妻がいると、人に教えられたので、

岩道を苦労しながら登って来たけれど、結局、妻の姿などはない。

この世の人であった妻は、ほのかにも見えやしない。


軽の池で、出会った当時の思い出。

妻の死と葬送の場面。

母の死を理解できず、乳を求めて泣く子を抱いて、昼も夜も嘆き続ける。

嘆いてもどうしようもないこと、恋しても逢えないこともわかっている。

それでも、まだ、妻の死を信じたくない。

人に妻が羽易の山にいると教わる、教えた人は妻の墓を教えたのだろう。

それでも、人麻呂はゴツゴツと歩きづらい、登りづらい岩山を苦労して登る。

墓参などとは、最初からわかっている。

しかし、その墓にも、ほのかにも妻が出て来てくれないだろうかとの、必死の想いで登る。


しかし、ほのかにも、妻は出て来てくれなかった。


「うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば」


愛する妻を失った人麻呂の哀しみは極まりない。

この最後の絶唱は、深く人の心を打つ。



※葬送の地羽易の山は、現在確定されていない。

※大鳥の:羽易にかかる枕詞

※玉かぎる:ほのかにかかる枕詞。

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