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万葉恋歌  作者: 舞夢
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但馬皇女の穂積皇子への熱い想い

但馬皇女(たぢまのひめみこ)の、高市皇子(たけいちのみこ)の宮に在りし時に、穂積皇子(ほづみのみこ)を思ひて御作りたまひし歌一首

秋の田の 穂向きの寄れる 片寄りに 君に寄りなな 言痛(こちた)くありとも

                               (巻2-114)

穂積皇子を(いさ)めて近江の志賀の山寺に遺はしし時に、但馬皇女の御作りたまひし歌一首。

後れ居て 恋ひつつあらずば 追ひしかむ 道の隈廻(くまね)に 標結(しめゆ)へわが背

                               (巻2-115)

但馬皇女の、高市皇子の宮に在りし時に、ひそかに穂積皇子に(まじは)り、事既に形あらはれて御作りたまひし歌一首。

人言(ひとごと)を 繁み言痛(こちた)み 己が世に いまだ渡らぬ朝川渡る

                               (巻2-116)


※高市皇子、穂積皇子、但馬皇女は、天武天皇を父とする異母の兄弟妹。

 但馬皇女は当初、天武天皇の長男で年の離れた高市皇子と同居したけれど、後に思いを寄せていた穂積皇子と結ばれた。

 尚、異母であれば、結婚は認められていた。(同母は禁忌)


但馬皇女が高市皇子の宮にいた時に、穂積皇子を想い、お作りになった歌一首。

秋の田の、実りを迎えた稲穂が片方になびくように、あなたになびきたいのです、人の噂がうるさくとも。


勅命により、穂積皇子を近江の志賀の山寺に遣わした時に、但馬皇女のお作りになった歌一首。

後に残されて恋しくて仕方がないのなら、あなたの後を追って、追いつきたく思います。道のまがり目ごとに、印をつけておいてください、愛しいあなた。


但馬皇女が、高市皇子の宮にいた時に、秘かに男女関係となり、そのことが形として顕われてしまった時に、お作りになった歌一首。

人の噂や言葉がうるさくて痛くてなりません。まだ渡ったことがありませんが、朝川を渡ります。



但馬皇女は、穂積皇子が好きで好きで仕方がなかった。

とにかく一緒に寄り添っていたい。

勅命で穂積皇子が志賀に行くとならば、追いかけたいから、山道に迷わないように「しるし」をつけておいてと、お願いをする。

当初の夫、高市皇子の宮で、秘かに穂積皇子と情を交わし、それが「形」に洗われてしまう。

感づかれ、噂や他人の視線が痛くてしかたがない。

人目を忍んで、朝の川を渡るという。

夜明けに高市皇子の宮を脱出、穂積皇子のもとへ、走ったのだと思う。

男性が女性のもとに通う妻問いではない。

「形」が現れ、但馬皇女は、穂積皇子に突き進むのみ。


「積極的」「皇女の気迫」など、いろいろ表現はあるけれど、それだけではない。

「形」とは、ただ露見しただけなのか。

あるいは、「新しい命」が宿っていたのか。



尚、但馬皇女は和銅元年(708)6月25日に亡くなり、吉穏の猪養の丘に葬られた。

吉陰は奈良県桜井市、西は初瀬、東は墨坂、大和の境の地。

いずれにせよ、都から相当外れた山に葬られた。


但馬皇女の薨じて後に、穂積皇子の、冬の日雪降るに、遥かに御墓を望みて、悲傷流涕して御作りたまひし歌一首

降る雪は あはなに降りそ 吉穏の 猪養の岡の 寒からまくに

                               (巻2-203)

但馬皇女が亡くなってから、穂積皇子が冬の雪の降る日に、はるか遠くの御墓を望み、悲しみに涙を流し、お作りになった歌一首。

降る雪よ、それほど沢山降らないで欲しい

吉穏の猪養の岡が寒いだろうから


穂積皇子は但馬皇女が寒がるだろうから、それほど雪を降らさないで欲しいと、降る雪に呼びかけ、墓に眠る但馬皇女の身を案じている。


哀しいまでの但馬皇女の慕情と、人の命のはかなさ。

悲恋物語、それだけでは言い尽くせない哀しさがある。

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