殺戮
逃げる。
とにかく逃げる。
逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ。
何人もの人が目の前で切られた。
みな等しく切り口から赤い液を吹き出した。
それを見ながら奴は笑い、笑い、笑ってから、再びこちらへと向かってくる。
上は肌色、下は青色の、花のような質素な柄が描かれた浴衣を羽織った男。
右手に刀を握っていた男。
奴から逃げるため、友の屋敷へと駆け込む。
出迎えてくれたのは、私の友だった。後ろを振り返る。
奴は、追ってきていない。
私の知らない誰かが茶を渡してくる。
感謝する。私の身体にゆっくりと浸透していった。
しばらくすると友が私を呼んだ。
通路の一角で、友は私に訊いてくる。
何があった、と。
概ね、私が何かとんでもないものに出くわしたことに気付いているのだろう。事実それは当たっている。
だが私は話さなかった。
話せなかった。
口から何も言葉が出てこなかった。
木が軋むような音が通路に響く。
何故?
私達が立っている通路の床は石製だ。
だが聞こえてくるのは、木造建築にありそうな音。
ここで、私は気付くべきだった。
この不可解な現象。
私だけが生きている意味。
愚かな私は気付けなかった。
逆に愚かなほうがいいのかもしれない。
もっと虚像を見ていられる。
通路から出てきたのはあの男。
刀を手に持ち、不敵に笑う。
咄嗟に、私は逃げる。友を置いて。
思えば、あの友は誰だったのだろう?
後ろから聞こえる悲鳴。
何かを切り裂く音。
渾沌の中、私は走る。
走る。
足を踏み外す。
走る。
既に、虚像は消えかけていく。
走る。
恐怖に身を任せ、走る。
走り、走り、走って___
完全に世界が消えて、やっと私は足を止めた。
酷いもの。