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獄中少女と雇われ暗殺者  作者: 零+α
9/10

第9夜「I will continue to move towards the light」


 苦しい。息が、胸が、身体が苦しい。追手が来ていないのを確認して、へたりと座り込んだ。汗が頬を伝う。

 暗殺者は逃げ切れただろうか。怪我の具合はどうなのだろうか。深呼吸をしても心臓はバクバク音を立てている。裏路地で背を壁に預け、長い間鼓動を聞いていた。


 折角軌道に乗り出したと思ったらこれだ。でも結局は生きているし、暗殺者も死んだと決まったわけではない。

 つくづく不幸だと思う。死にきれないくせにボロボロだ。

 ふと、自分の鞄のなかに暗殺者の持っていたナイフが入っていることを思い出した。それを手に握り切っ先を首に向けた。


 これで喉を一突きすれば、一瞬の痛みの後に何も考えないでよくなるだろうか。それも有りだな、と歪んだ考えをしてしまった。

 もし、彼が生きていたら。自ら死を選んだ私を見てどう思うだろうか。

 軽蔑するだろう。悔やむだろう。少しの付き合いだったが悲しんでくれるだろうか。あとを追ったりはしないだろうか。


 だいぶ長い間ナイフを見つめたあと、私は鞄にそれを直した。痛いのはやっぱり好きじゃない。

 静寂。と同時に寂しさが溢れだした。

 彼の存在がとてつもなく大きくなっていることに私は今の今まで気付かなかった。一緒に逃げる、悲しい仲間だと思っていた。


 違う、きっとこの感情は「好き」。私は名も知らぬ暗殺者のことが好き。

 共にどこまでも逃げて、いつか安住の地を見つけ、二人でこっそり結婚式を行い、その命が尽きるまで、貧しくてもいい。ただただ平穏に、普通に過ごしたい。それだけの願いが叶いそうもない。そんな社会が恨めしい。


 気付くと唇を強く噛んでいた。赤い血が滲み、口の中に鉄の味が広がった。空はだんだんと明るくなっていく。私は立ち上がり、目的もなく歩き出した。

 なんとなく、あっちへ行けば彼と会えそうな気がする。全然根拠の無い勘に頼って右左とさまよった。


 彼にもう一度会えたらこの気持ちを伝えよう。会えるといいな。会いたい。会わなきゃ。

 閑散とした住宅街。まだ街は眠っている。そこに見覚えのあるタクシーがあった。確かあの柄は一番最後に乗った車だ。

 どこか様子が変だ。ライトがついたままエンジンが停まっている。


 見なければよかったのだ。それを私は見てしまった。運転手の胸に突き刺さる刃、絶命した顔。言葉も出なかった。

 ドライブレコーダーは壊されている。何が起こっていたのかは知る由もない。

 だけど想像は簡単にできた。細かな理由はわからないが、私たちが原因であることは明らかだ。


 私たちを乗せた。それだけで運転手は殺された。

ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 近くに追手がいる可能性が高い。悲鳴があげられないように運転手の口には轡がされていた。音は聞こえなかったが、流れる血はまだ乾いていない。


 ここから逃げなくては。そっと後退りをした。一気に走り出す。背筋がすっと凍るのがわかった。視界の端に怪しい男が見えた気がした。

 暗殺者を探しながら、逃げなければ。怪しい男を撒かなければ。

 泣きそうになりながら、起き出した街を駆ける。絶望から逃げたい。幸せを掴みにいきたい。


きっと彼にまた会える。それまで私は走り続ける。








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