第6夜「The sun illuminates us」
馬鹿みたいだ。殺すはずの少女を牢屋の中から連れ出して、自分も追われている。
ザル警備が悪かったのか。仕事を放棄した自分が悪いのか。いや、全てはこの腐りきった社会が悪いんだ。そう思うしか自分を保つことができなかった。
自動車は使えない。お金も沢山あるわけではない。カードと通帳は持ったが、使えば足が付くだろう。
どうやって逃げるんだ。どこまで逃げるんだ。この少女を連れて、一体どうしようと思ったのだろう。きっと頭で考えた訳でなく、身体が勝手に動いたはずだった。
少女の手を掴んでいる右手はほんのり温かい。その温かさが弱音を吐かせてくれない。俺が、頑張るしかない。
「疲れてないか?」
「……大丈夫」
確実性の無い未来が精神を削ってくる。それでも、俺には逃げることしかできない。追手から、社会から、現実から。
なんとか途中でタクシーを拾った。俺と少女は酷く息を切らして束の間の休息を取った。運転手が「駆け落ちかい?」だなんて聞いてくる。「どうだろうね」と俺は答えて料金を支払った。
また、俺たちは走り出す。もうまわりは俺が知らない風景で、どこか遠くに来てしまった感覚を覚えた。だけど距離にしてたった十数キロメートルの隣町だということを思い出して憂鬱な気分になった。
毎日毎日会社に勤め、日々腐った社会の中で生きてきた。そのうちにきっと忘れてしまったのだ。町の景色や懐かしさといったものたちを。
そして、またタクシーに乗り込んだ。今度の運転手は必要最低限の会話しかしなかった。すっかり真夜中の静寂が辺りを覆っていて、道路はすいている。
「何か食べたいなぁ」
明るいコンビニの前を通ったとき、少女がそう言った。俺も確かにお腹が空いていた。
「次、コンビニあったら停めてください。買い物してる間待っていて欲しい」
運転手が「わかりました」というと、新たなコンビニが見えてきた。コンビニで多少の食料を買い、ATMでお金を引き出した。
「なあ、どこまで逃げるん? タクシー代もバカにならんで」
「どこまでも逃げるんだよ、誰も来ないところまで」
「そんなん、無人島しかあらへんやんか」
少女はふふ、と笑った。
「もう腹は決めている。信じろ」
彼女の前ではどこか格好つけてしまうようだ。本当は不安で一杯でどうしようもないのに。タクシーに再び乗る。暫く乗っていると僅かに東の空が明るくなってきた。
料金メーターが1万5000円を超えたところでタクシーから降り、ゆっくりと歩き出した。
「朝日だ」
ふっと口からこぼれ出た。夜は明けたのだ。
「これからどうするん?」
「また、逃げ続けるんだ。それしかないだろ」
「そやね」
先は見えない。だけど、太陽は俺たちを照らしてくれている。まだ、きっと、俺たちは天から見放されてはいない。
なあ、そうだろう?