第3夜「Girl meets Hired assassin」
牢屋生活2日目。鉄格子の窓から差し込む光が夕焼け色に染まり、次第に暗くなった。その間に私はテレビとノートと流行りの小説に、3時にはおやつを要求してだらだらと過ごしていた。
今頃嫌いな数学の時間だとかそろそろ部活が始まるなぁとか思ったりもしたが、学校へ行けないことはそんなには悲しくなかった。
昨日の看守が、お嬢ちゃん勉強は?とか言ってきたがデリカシーないなぁと感じた。こっちは昨日両親が殺されて、自分も狙われているとかで牢屋の中にぶちこまれているというのに。
喪失感と倦怠感が渦巻いてどうしようもなかった。壁に掛けられた時計が22時をさす。青白い月が黒い空に輝いていた。
薄暗い廊下に足音が響く。それは次第に近づいてきて、牢獄の前で止まった。
「何か用?」
そっぽを向きながら足音の主に問う。しばらく返事はなかった。
「何もないならどっか行ってえな、もう寝るし」
「……こっちへ、来い」
あの看守の声ではなかった。
「誰?」
「しっ、静かにしろ!ここから出してやりに来た」
「ホント?!」
「おい、だから静かにしろって言ってるだろ!」
「はーい」
外に出られないというだけで獄中生活はそんなに不自由ではなかった。それは勿論、私が悪事を働いて捕まった犯人ではなく命を狙われているただの不憫な少女だったからだろう。それでも、やはり外に出たかった。こんな生活を続けていたらきっと嫌になってくる。
そう思ってベッドから身を起こした瞬間、光る刃が見えた。看守ではないその男は鍵束をチャリ、と鳴らして牢屋の鍵を開けようとしていた。
「な、何をしようとしてるん!!?」
近くに凶器になりそうなものがないか探した。生憎シャーペンぐらいしかなかった。シャーペンをつかんで覚束無い手で鍵を開けようとするその男の手を狙った。
「いてっ」
その反動で鍵は開いた。しまった、という感情が溢れ出た。男の手からは血が流れていた。
「あー、ちくしょっ、閉めればいいんだろ!」
男が再び牢屋の鍵を掛けた。
「ほんま、何がしたいん、あんた……」
「うるさいな、どうせ俺は……」
男は鉄格子に背を預け、腰を下ろした。それにしても看守たちは一切気づいていないようだ。私が狙われないため私を獄中に入れたんじゃなかったのか。役立たず。
「なあ、お前、なんで牢に入れられているんだ」
「は?」
「俺は丁度さっきリストラされたばかりの雇われ暗殺者だ。……つってもお前を殺す勇気もない。お前を殺せば1年遊んで暮らせる金が貰えると言われてここまで来たがやっぱりなぁ……」
そんなことを暴露されてもこっちとしてはとりあえずそのナイフが怖い。ここのところ色々あったが両親の殺害現場を見た私としては死はどうしても恐怖の対象でしかない。
「別に話しても私に何もいいことないやろ。そうやって、油断させて殺すつもり?」
「俺にはもうお前を殺す気はない。ナイフも渡す。刺してくれても構わない。ここでしくったことがバレたらどちらにせよ社会から抹殺されるだろうしな」
男はナイフを鉄格子の下の隙間から滑らせるようにして私に寄越した。
「どうせ俺は今日か明日にはいなくなるんだ。話してくれたっていいじゃないか」
吐き出すように言う男のその背中は萎れて見えた。