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獄中少女と雇われ暗殺者  作者: 零+α
10/10

最終夜「This society is unreasonable, but the sun rises again. And such days will continue」


 独りの夜を歩き回った。彼女と離れて丸1日になる。

 こんなに靴がボロボロになったのは初めてだ。こんなに身体が疲れたのは初めてだ。こんなに心が苦しいのは初めてだ。

 お互い理不尽を抱えた最悪の出会いだった。きっと二人ともどうにもならない社会に疲弊していた。


 彼女と一緒に逃げ出したのは運命か、必然か。それはわからないけれど、1つだけ言える。

 殺す対象だった彼女だが、今は俺にとって居なくてはならない存在になっていること。もっと簡単な言葉で言うと、きっと、好き。好きだ。

 彼女のことが好きだ。


 最初は憐れみとか同情とかそんな程度だった。でもこの逸る胸の鼓動はきっと本物だ。名前を呼べないのがもどかしい。すぐそばに彼女がいないことが怨めしい。


 静かな夜。がむしゃらに歩いたが人の気配もない。心は挫けそうだったが、自分と彼女を信じるしかなかった。

 夜中の3時を超えたところで身体も心も限界になり、裏路地に入って一眠りしようとした。しかし彼女のことが気になって寝付くことはできなかった。夜明けが来るまで浅い眠りを繰り返した。


「そろそろ、行くか」


 遠くの空が少し明るい。少しでも希望がある限り、彼女を捜す。そして、追手の来ないどこか安全な場所を目指す。そのために俺はいる。

 そう思って大通りに出たときだった。彼女だ。


 あれだけ歩き回って出会えなかった彼女が向こうからやってくる。ようやく会えた。二人とも無事で会えた。嬉しい気持ちが声になるのを抑えて、でも身体は抑えられなかった。彼女に向かって走る。

 彼女と目線が合った。その目は大きく見開かれて、今にも泣き出しそうに見える。音の無い声が聞こえた。


「逃げて」


 彼女の口の形は確かにそう言った。何故? どうして?

 何も上手くいかない。少し軌道に乗ったと思えば、すぐにレールを壊されてしまう。


 絶望を顔に貼り付けた彼女を前にして俺は倒れた。もう少しで彼女に触れられる距離なのに俺の身体は動かない。鉛が貫通した俺の胸からは泉のように赤い血が流れている。彼女の後ろで若い男が悪どい笑みを浮かべているのが見えた。


「24時間以内に出会えて良かったね? もう少しで出会えず終いだったね。ご苦労様。これで賞金も倍だ」


 男が銃を弄びながら嘲笑して言う。彼は俺の後継者ということか。


「これで裏切り者もそのうちへばるだろうし、さあ、大人しく着いてこいよ」


「ごめんなさい」


 薄れゆく意識の中、彼女が徐にナイフを取り出しその胸元に突き立てるのを見た。


「お前っ、何を勝手に……!」


暗殺者が慌てる。彼女が地面に崩れた。


「出会ってしまって、ごめんなさい」


 そんなこと、構わない。会えて良かったと言いたいのに声が上手く出ない。


「最期に一緒になれて、よ……かっ、た」


 彼女の瞳から光が消えた。彼女の温かい血と俺の血が混ざる。

 好きだと伝えたかった。愛していると伝えたかった。もっと話をして、もっと笑い合って、もっと……。


 冷たいアスファルト、清々しいほど綺麗な朝焼けの空の下。

 静かに、俺は目を閉じた。







 逃げた少女を生かして連れてこいという依頼だった。成功すれば1年分の生活費が手に入る約束だった。さらに前回雇った男を処分すれば2年分のお金をやろうと言われた。

 先日リストラされたばかりの俺には貯金がもうなかった。藁をも掴む思いで依頼を受けた。


 少女は男のことを好いていたらしい。男の死を前にして、少女は後を追うことを選んだ。

 雇用主が俺を雇うとき、ポロっとこぼしたのを覚えている。まあ結局少女の運命は死、なんだけどね、と。さらにその上の雇用主の気が変わったらしい。詳しいことは知らないが、他人の気まぐれで今回の依頼は失敗ということになった。


 お陰様で追手が付いた。金も前金しか手に入らなかった。なんでこんなことになってしまったのか。少女の持ち物を確認しておけば良かった。詰めが甘かった。

 それもこれもこんな社会の所為だ。逃げながら唇を噛んだ。血が滲む。

 心も身体も限界で、もうどうしようもない。嫌になる。太陽は西に沈み、月が夜の闇を照らしている。


 全く、今日は何て災難な日なんだろう。





        「獄中少女と雇われ暗殺者」 完



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