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異世界酔いどれ道中記  作者: 境内
第一章 酔いどれるまで
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第四話 芋虫をみんなで食べる話


「こんなもんでいいか」

「うむ」


どんなに揉んでも体液が出なくなった。

芋虫の皮に包み直し背中に背負って、おっさんの住処(屋根無し、壁無し、広さだけはある)に戻る。


しかしこの芋虫の皮は便利だ。丈夫で伸縮性もあり、何より臭いがすぐとれた。あの鼻につく体液が入っていたと思うと、意外だ。

風呂敷みたいに使うことができる。


「「……」」


住処に戻る道では口数が少なくなってきた。

その前に地雷を踏み抜いたことも関係あると思うけど、それよりも空腹が気になる。いまなら口に含めるものは全て嚥下する自信がある。

お通しだけつまみ、異世界へ。芋虫と格闘して、解体して。まともなものを食べてからすでに一〇時間は過ぎているだろう。

だからこそ、肉が楽しみで仕方がない。


ぐうう、と腹の音が止まらない。


「……先に行ってるぞ。済ましたら戻って来い」

「いや、トイレじゃないから。お腹がすいてるだけだから。その全部分かってるぞって顔止めてくれない?」


住処に戻るとおっさんが調理場に案内してくれる。

もちろん積み上げられた薪があるだけの何もない場所だったが、今更突っ込まない。


「では調理を始めるとするか。『火よ』」

「え、なに、すごい」


突然なにも無い場所から火が上がった。


「なにって、魔法だが?」

「え、ええ……」


異世界に召喚されたと聞いてからどこか期待していたけど。本当に目の前で起こると驚いてしまった。


「なんだ、お主の世界には魔法はないのか」

「こっちの世界に魔法もメルヘンもないんだよ……」


例えばそんなメルヘン……があったとしたらなんて考えてたのは遥か昔。まさか今ごろこんな世界に巻き込まれるとは思わなかった。

酸いも苦いも噛み分けたほど歳を取ってないが、それでもワクワクする心は忘れていなかった。


「なあ、魔法を教えてくれないか」

「まあいいが、それよりこの火に薪を入れてくれ。魔法を使い続けるのはさすがに疲れる」

「お、おう……」

「何故がっかりしておる?」


なんだ、付けっぱなしにできるとかそんなに万能ではないのか。

妙に気落ちした気持ちを抱えながら薪を投げ入れた。


「うむ、火が落ち着いてきた。そんなもんでよいだろう」


日が沈み辺りが暗くなってきた。この焚き火だけが暖かい。

火の色はどこにいても変わらず、ほっとした。腹の音も今か今かと待ち構えている。


火の回りに石を組んで鉄板を載っける。手順が雑なのがちょっともどかしい。石を組んで、薪を集めて、最後に火をつけたほうが効率はいいだろう。

もしかしたら魔法が発達しているせいで、手順が築かれていないのかもな。

それを言ったら、「あー」と納得していた。


「もしかして気付いてなかったのか」

「ふむ、妻と比べてやけに支度に手間取ると思っていたが、はあ、みんなはそういう風にやっていたのか」

「……」


築かれていないのではなく、おっさんがダメなだけだった。奥さんに頼りっぱなしだったらしい。

このおっさん料理に慣れているどころか、本当に初心者だ。ホームレスも最近始めたのか。生活能力も無さそうに見える。全部嫁にやらせていたタイプだこの人。


「俺一人のほうが早く準備できたかも」

「ぐはあ」


おっさんの悲鳴がなぜか切なく聞こえた。

結婚して妻に頼ることを覚えると、生活能力は低下していくようだ。人は一人では生きられないという事なんだろう。


枝にホルモンを刺し、炎に近づける。

油のはじける音と、胃袋を締め付けるような香りが堪らない。


「これは……すごいな……」

「全くだ……」


今更ながら腹の音が鳴る。涎が止まらない。


「肉、肉、肉がああ、あと白米がいまここにあったら……」


焼肉に白米は邪道と叫ぶもの共よ。よく聞け。

確かにご飯に肉の脂を乗せ食らうのは、見た目は悪いのかもしれないし、多く食べるには炭水化物は邪魔である。しかし肉の得も言えぬ味に適合するのはやはり白米しかありえない。

よく考えてみろ。あの白い富士のように聳え立つ飯に黄金かと見紛うばかりの肉のバランス。主役である肉を輝かせるのは、脇役たる白米だ。これこそ至高の組み合わせと言うしかない。


しかし、この場には白米は存在しない。

でも、だったら―――と俺は考える。

それを不幸と嘆くには単純すぎる。白米が無ければそれこそむき出しの肉を、ホルモンを楽しめるのではないか。肉、肉、肉。今も昔も、男が好み、誰もが腹一杯に詰め込むことを憧れた食材がこれだ。脂肪がつくとか、胃がもたれるとか未来の事を心配する余裕はない。

今こそ肉だけで腹一杯にする機会ではないのか!


空腹でもはや論理的な思考など出来るわけもなく、右往左往、掌返しを繰り返し妄言は続き、ついに悟りを得た。


「おい!! おい!! 大丈夫か!!」

誰かに身体を揺すられている。


「そうか……。―――空腹という食材を得て、人は食欲という贖罪から解放されるんだ」

「何を言ってるんだ! おい!!」


おっさんの大絶叫で我に戻る。


「はっ!! 俺は今まで何を……」

「よ、ようやく正気に戻ったか、肉を焼き始めてから目の焦点が合わなくなって心配したぞ」

「そ、そんな馬鹿な……」

「食材と贖罪をかけてて、イラッとしたぞい」

「な、なんてことだ、俺がそんな風になってたとは……。…………え、イラッとしたの? うまくなかった? ねえ、なんで目を合わせてくれないの?」


そっと目を背けるおっさん。うん、気を使ってるなんてないよね。抱腹絶倒なギャグだよ?


「ほら、もうそろそろ焼けるぞ」

「うお、本当だ!! もう食べていいんじゃないか?」

「ダメだ! 至高の瞬間に掻き込むことこそ肉に対する礼儀と知れ!」


ジュウジュウと油のはじける音が腹に響いて仕方がない。

もう何度目か分からない涎を飲み込む。


「よし、今だ!!」

「いただきますっ!!!」


大絶叫。

右手がうなり、肉を掴みとる。この瞬間こそ肉の究極的に輝く程度だと本能で感じた。

日が沈み、辺りが暗いなかでは焼き加減が分からない。しかし、この油の滴り、かぐわしい匂い、そして何よりも空腹が今だと叫んでいた。


理論よりも本能が、腹の音が察している。

森羅万象、これに抗えるものは居ないだろう。

そんな本能的欲求が行動に現れたのだ。


肉を掴み、口に運ぶまで、零コンマ1の刻もかけず一直線に動いた。

涎の海に油がしたり、熱を感じたが、食欲は全てを凌駕した。

噛むたびに溢れるのは唾液と肉からあふれ出る汁。歯ごたえが無く、噛むたびに口内で肉がほどけている。

微かに残っていた芋虫を食らうという拒否感が無くなった瞬間だった。


「うますぎる!!!」


またしても大絶叫。

俺を無視してガツガツと無言で肉を掻っ攫うおっさん。


「待て!! それは俺のもんだ!」

「違うぞ! それはわしの肉ぞ! ほら、ここ! ここに、国境線が張ってあるだろう!」

「(ガツガツガツ)」

「違いますう! 国境はおっさんのものでも実質管理はこっちがしていますう! ほっぽうりょうどおお!!」

「(ガツガツガツ)」

「はあ、ずるいぞお主! わしの土地を管理しているなら税金を払ってもらうぞ! もらったあ!!」

「あっ!! それは俺の国の首都部の肉!! 大事に育ててきたのに!!」

「ははは。残念だったな。反乱が起こったようだ」

「(ガツガツガツ)」


育てた肉を奪ったり、奪われたり。

戦争がなくならない理由が分かったような気がした。


「ずるいぞお主! 食った分は自分で焼け!」

「はあ? うまく作ることができたのはほぼ俺の功績だし!! 俺が楽してもいいじゃん!!」


いい年したおっさん二人の肉の奪い合い。……うん、我ながら見苦しい。


「あのう、すみません」

「ん?」


肉を奪い合ってた頃、突然差し込まれる声。


「私も同席させていただけませんか?」


声の方向を向けば、まず白い羽が目に入った。

暗闇に負けず純白を輝かせる羽が生えた美形の青年が申し訳なさそうな顔をして立っていた。


「も、勿論。只でなんてことはいいません。ちょうどお酒を持ってますし、三人分お譲りします! どうか私にもお肉を食べさせてくれませんか?」

「い、いや、お酒があるならありがた……ん?」

「三人分……?」

「(ガツガツガツ)」


ここにいるのは

俺、おっさん、羽の生えたイケメンのお兄さん、そして


「……?(ガツガツガツ)」

「この人誰?」


ヒゲもじゃの小さいおっさん。

おっさんなのか? 顔が眉毛や髭や髪で埋もれている。


「いつの間に!?」

『28行前からいた』

「そう言われれば確かに!」


空中に文字が浮かび、ヒゲもじゃは不思議そうな顔をした。

空中に文字? これも魔法か?ケンタウルスのおっさんと目を合わせる。

っていうか二人もいて気付かなかったのかよ。どんだけ腹減ってたんだ。


文字で書くより喋れよとか髭剃れよとか、突っ込みどころは一杯あるが、まずはーーー


「食べるのをやめれ?」

「(もぐ?)」


肉で顔を膨らませ、首を傾げた。


「ええ!! ライターさんは本当に異世界から召喚されたんですか!?」

「その、ライターさんってのは俺のこと? 俺、米沢って言うんだけど」


酒を奪いとり、イケメンの兄さんを席に座らせ四人で火を囲い、鉄板をつつき合う。


「うむ、どうやらそうらしい」

「でもあなた、言葉通じるじゃないですか? 普通召喚された人はそれで困るようですし、やっぱり信じられないなあ」

「うむ、わしも初めからそう思っていた。なにやら嘘臭い」

「今更明かされる衝撃の事実!!」


ええ、一万字近く文字を重ねて、今更そこ疑問に思うんか。


「で、でも! 俺の世界でケンタウルスとか羽がはえてる人とか見たことないぞ! ちっこいおっさんはともかく!」

「こう、生まれついた場所から一歩も出てないとかじゃないか? それならあり得る話だ」

「確かに。価値観が固まってない時期にそんな場所にいればそうなりますよ。私だって、あのケンタウルスを間近に見て少々同様を隠せません」

「え、でも、だって……」

「どうせ、せん妄かなにかだろう。気の毒に」


かわいそうな目で見るおっさんとイケメン。

いや、異世界召喚ものでそこ突っ込むなよ。前提が覆されちゃうじゃないか。


「だって、言葉も話せますし、ヒゲさんが書いた文字もわかるですし、やはりこちらの人間じゃないですか?」


ヒゲさんと言われ、いつの間にか肉を勝手に食べてたヒゲもじゃおっさんが頭を振った。


『でも これは古代ドワーフ語 まず普通の人間が読めるのはおかしい』

「ああ、確かに。私が読めるのはともかく、普通の人間が読めるのはおかしいです……よね?」


疑いの目を俺とケンタウルスに向ける。


ーーー後にケンタウルスのおっさんから聞いた話だが、このイケメンのように羽根を持った一族を天子族と呼ぶらしい。

容姿に優れ、知力に富み、この世界のありとあらゆる事柄をせっせと記録し続ける使命を持った一族。すべての文字が操れるそうで、この他にも異世界には変な使命を持ってる妙な種族が数多も存在するようだ。


「因みにわしは以前、史学を研究してな。独学で古代ドワーフ語を会得したぞ」

「現在無職の意外な過去だな」

「ぐはあ!」


おっさんは芝居らしく倒れた。


『やっぱりおかしい』

「おかしくないって! ってか古代ドワーフ語って日本語のことじゃないの!?」

「ニホンゴ? そんな言葉の聞いたことがないですね」


先程からヒゲが空に書く文字が日本語にしか読めなくて動揺していたけど、どう読んでも日本語に見える。


「じゃあ、これは読めますか?」

「えっと、どれどれ?」


イケメンが地面に書いた文字を覗き込む。

そこには『慌てる踊り子は背中がお留守』とまたしても日本語で書かれている。


「慌てる踊り子は背中がお留守……ってなに? こっちのことわざ? これも日本語じゃないの?」

「そんなこと書いてあるのか。これは読めんなあ」

『同じく』

「え、これとヒゲの文字は一緒じゃないの?」


おっさんとヒゲは顔を見合わせ、首を横に振った。


「これは人魚族が使う文字なんですが。そうですか、これも同じように読めるんですか……」


イケメンが疑わしそうに見ているが、やっぱり書かれた言語は日本語だ。


「じゃあライターよ。試しにニホンゴとやらで何か書いてみろ。それで分かるだろう」

『なるほど それで本当かどうかが分かるのか』

「やってみてもらってもいいですか? ライターさん」

「……俺、米沢翼っていう立派な名前があるんだけど」


なんだろう。どうしてもライターと呼びたいのか。

まあ、いいや。ポケットに入れていたメモ帳に文字を綴る。


書いた言葉はーー

御注文を繰り返させていただきます。

生に、枝豆いち、だし巻き玉子いち、唐揚げいちでよろしいでしょうかーー


「確かに……読めますが……」

『なぜそれを書いた?』

「居酒屋で頼んだ注文がふとよぎって」


ああ、ビールが飲みたくなった。肉にはビール。紀元前から決まってる。


「……この文字はこの国のものではないですね。でも何故か意味が分かります。これは一体……?」

「卵なら何となくわかるが……うまく読めない文字があるな?」

『読める字と読めない字がある』

「えっと、どういうこと?」


字はお世辞にもうまくはないけど、ちゃんと読みとれる字だと思う。


「これはもしかして、強力な加護が掛かってるのかもしれないですね」

「加護?」


イケメンの目には赤い光が点っている。

もしかして魔法? 暗いから、目だけが浮き上がり若干怖いことになっている。


「加護って何?」

「神が与えなさった祝福……みたいなものでしょうか。多分なんですが、言語を強制翻訳する加護が与えられているようですね」

「なるほど。お主の書いた文字は見たことがないが意味は分かる。ふむ、不思議な感覚だな」

『だから 言葉が通じる 文字も読めるのか』


感心したように頷いているけど、それってつまり―――


「要はほんやく○んにゃくを常時食べてる状態ってこと?」

「ええまあ。ほんやくこ○にゃくがなにかわかりませんが」


それってすごいじゃん。

ニーチェもビックリ。神は死んでなかった。ほ○やくこんにゃくもくれた。

神イコールドラ○もん説まである。


「これは、ライターさんが住んでいた元の世界の言語がこちらの言葉として強制翻訳されているようです」

「どういうこと? ってかライターさんって俺のこと?」

「例えば先程の、何でしたっけ? ある程度の言葉が通じなかったのもそういうわけではないでしょうか。卵などこちらにあるものだけ通じましたが、こちらの世界にない固有名詞は通じないようになっているのかもしれません」


なるほど、ようやく何が起こっているのか理解できた。

要は地球と異世界、それぞれに存在しない言葉は翻訳できないってことか。

この能力が元の世界でもあったら良かったのに。海外旅行がもっと気軽に行けたかもしれない。


「でも加護が強すぎますね。所謂キャパオーバーっていうものです。うわ、かわいそう、全ての魔法が使えないようになってますね。ここまで強いと加護というより呪いですね」


ふっと目の明かりを消して言うイケメン。


「はあ!?」


異世界に来たらやろうと思ってた妄想が打ち消されていく。


「透明になったり、女体化できないの?」


まじかよ、男の永遠の夢が崩れてーー


「…………魔法をやけに使いたがってたのはこういうわけか」

『…………最低』

「…………ライターさん、さすがにそれはドン引きです」


3人が一斉に退いた音がした。


「うせやん! 男ならやってみたいことだろ! あといい加減名前で呼んでくれよ!?」

「ライターよ、透明化の魔法は一度は想像するが、女体化はなかなか出ないぞ」

『ライター、女体化してどうする?』

「そりゃ、ここでは言いにくいことですよ。ねえライターさん」

「全席一致でライター呼び!?」


どうやらライターで定着したようだ。や、ちゃんとした名前あるんだけど。

その、ライターって呼ばれるのは恥ずかしい。文筆業のくせに日本語が下手糞だし。今日だって本当はそのことで山岡さんに説教食らうはずだったし。

あと名前は普通に出てくるから、伏線とかじゃないから、念のため。


「……でもでも、僕には通じましたよ! この近くの町で肛門を開発してくれるお店があるんです。今度一緒に行きますか? ライターさん」

「え、なに? お前ってそういうの平気な人? 何も言っていないけど一体何が通じたの?」

「聞こえるぞ! ……まったく、けしからん。…………で、どこだ、その店の場所は?」

「おっさん本音! 本音隠しきれてない!!」

『実は似た者同士?』


3人で顔を見直す。


「や、それはないだろ(でしょう)(ぞ)......」

『息ぴったり?』

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