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異世界酔いどれ道中記  作者: 境内
第一章 酔いどれるまで
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第三話 芋虫の内臓を洗う話

それから一時間ぐらい芋虫と格闘していた。

目前にはきちんと等分にされた肉塊と内臓と芋虫の皮があった。

手は体液だらけ。洗った服も元の木阿弥。

身体に臭いがついてしまったが、心地よい達成感があった。


「こ、こんなもんかな」


気がつくとあたりは夕暮れになっていた。


「お疲れさん」

「お、おっさん。いつの間に!」

「さっきからここにいたぞ。随分集中していたな」

「……全然気がつかなかった」

「ほれ、タオルと服をもってきた。身体を洗ってこれに着替えとけ」

「さんきゅ、めっちゃありがたい。ってか服持ってるならそれおっさんが着ろよ」

「うるさい。裸がわしのアイデンティティなんじゃ」

「そんな自己統一性があるか」


川に飛び込みそのまま服を洗う。

汗と体液が落ちていく感じがとても気持ちいい。

洗い終わると身体を拭いて、服を着る。麻のような繊維を重ねたつくり。


「なんかごわごわするな」

「そうか? 我々にはこれが普通なのだがな」

「いや、だいぶありがたいよ。何から何までありがたいな」

「……お互い様だよ」


どこか遠くを見つめる眼差しをするおっさん。

お互い様? 俺は何かしたか? ああ、もしかして解体のことか。


「では、肉を運ぶとするか。背に乗せろ」

「半身馬ってなんかいいな。めっちゃ物運べるじゃん」

「こんなことでしか役にたたんよ。別にたいしたことでない」

「と、言いつつうれしそうだな」

「う、五月蝿い! はよ動け!」


芋虫の皮敷で肉を包みそれを危なげなく背に乗せる。


「で、これをどうするんだ?」

「肉は腐りかけがうまいと言う。陰に置いておこう。あとは、そうだな。干し肉でも作るか」

「あれ? じゃあ肉を食べないのか?」


軽く頷く。あ、あれ? 芋虫を食わないですむのか?


「ガッツポーズをしてるところ悪い。赤身は食べないが、もっとうまそうなものを食べるぞ」

「……赤身は?」


芋虫から取れたものといえば、肉と骨と皮……と内臓。


「じゃあなにを……ってまさか!」

「うむ、今日は内蔵を焼いて食らう!」


笑顔のおっさんが疎ましく思った。


本日の料理。芋虫のホルモン焼き。

……本当に大丈夫か。そもそも芋虫の内臓って食べれるのか?


さて、住処に戻った訳だが、もう日が暮れ始めている。

急いで調理を始めなければならない。


ホルモンは鮮度と下処理が命である。

そのまま食べると腹を下して、酷い思いをする羽目になる。


「って聞いたことがあるんだが、大丈夫なのか?」

「なに? そうなのか?」


驚いたような顔をするおっさん。

嫌な予感がする。


「そのまま焼けばいいもんじゃないのか……」

「厭な予感がするんだけど。おっさん、料理得意なのか?」

「……正直に言うと経験があまりない。いつも妻に任せていたしな。……まあ二人でやればなんとかなるだろう」

「えぇ……」


それで芋虫を食べたいとか言えたな。

二人で内蔵を見つめる。完全に捨てると思ってた。

料理は好きだがホルモンの下処理なんてしたことがない。


「まずは……どうしよう?」

「お主も知らないのか?」

「……俺がなんでも知ってると思うなよ。この世界の知識は役に立たないのか?」

「……普通のケンタウロスが知ってると思うか?」

「……」


じゃあなんで食おうとする。と突っ込みたかったが、いかんせんお腹が空いてきてなにも言えなかった。

おっさんの顔を見つめると視線がぶつかる。冷や汗が止まらない。


「……とりあえず洗ってみる?」


早くもグダグダしてきた。本当に大丈夫か?


肉を岩影(おっさんが器用に岩を重ねて作った)に置いた後、再び川へ戻る。

この二度手間三度手間がいかにも料理になれてない男らしくて、大学時代を思い出した。

やはり料理ベタはそういったことが起こりやすい。


そうして、肢体を洗う。肢体といっても内蔵だけど。


「な、なかなか、重労働だな、これは」


おっさんは楽しそうにしているが、かなりきつかった。

管を開いて、内容物を取り除き、臭いがなくなるまで揉み洗った。

腐ったような酸っぱい臭いが辛い。


「意外と、はあ、きついぞ……これ……」

「このあとに……うまいものが、はあ……食えると思えば楽だろう……」

「なんで新宿からこんなところに来てしまったんだ……」

「現実から逃げるな……」

「ああ……お腹すいたああ……」


息を切らしながら冷たい水でもみ洗い続ける。沈みかけた夕日と腹の音がデュエットして泣きそうになった。


「そういえばお主、元の世界で何をしていたのだ?」

「どうしたんだいきなり?」

「虫を食べるのを嫌がったと思ったら蛇や蛙は食べられると言う。肉を捌けてホルモンの知識も少なからずあるようだ。もしかしてお主の世界の常識だったりするのか?」

「常識っていうわけじゃないと思う。皆に蛇や蛙を食べた話をしたら気味悪がられた」


野山を駆け、目に映るものを全て食べつくした幼少時代。我ながら食い意地が張っていたと思う。


「ほお。ではお主は何をしていたんだ。まさかそれが仕事だったのか?」

「うーん。ちょっと違うな。俺はライターだ。フリーの」

「ライター?」

「そう。雑誌の記事を作ってた」

「ザッシ? キジ? なんだそれは?」


言葉の意味が分からないようで首を傾けるおっさん。

改めて考えると、なんだ?


「雑誌っていうのは、その、なんだ。色々な情報を文字にして売る仕事だ。この世界にはないのか?」

「ふーむ。興味深いがよくわからないな。この世界では文字は歴史を綴るためだけにある。それに文字なんて読めないものも多いというのに、一体そんなものが売れるのか?」

「へえ……」


驚いた。この世界は識字率が低いらしい。

文字を読む文化が発展してないなんて、仕事柄少し切ない。


「ライターというものは何なのだ?」

「こう、上の指示に従って、調べて取材して、分かりやすいように要約するって仕事かな」

「なかなかすごいことをしてたのだなお主」


感心したように頷くおっさん。

な、なんだ。久々に誉められてちょっと嬉しいぞ。


「んで主に食レポとかしていた。……ああ、食レポっていうのは、美味しい食べ物やお酒やお店について調べて書くことだ」

「そんな仕事で生活できるのか?」

「ああ、食事代は稼げてたと思う。とにかく仕事量が多くて大変だよ。締め切りに厳しいし、担当も編集長も怖い。ライターなんてなるもんじゃないよ」


ほう、としきりに感心している。異世界の文化は興味深いようだ。

そう考えると、目の前のおっさんの仕事が気になってきた。


「ちなみにおっさんは何してるんだ?」


おっさんの顔が真っ白になった。あ、地雷ふんだ。


「……わしは、わし、は……ここで……自給自足う……を、してる」


最後のほうは小さく絞り出すように呟く。


「いわゆる無職?」

「…………今はそうだ」


言いにくそうに言う。


「「……」」


「……さっき妻が云々とか言っていたけど」

「……。……、……、聞かんでくれ」


寂しそうに言うおっさん(フリーター)。

職を失い、妻に逃げられたのかもしれない。


「……ごめん」

「……気にするなよ」


辺りが薄暗くなったのは、日が沈みかけているだけじゃないだろう。


「そ、そんなに悪いもんでもないぞ! わしにはこんな立派な家がある!」


手を広げて誇るおっさん。しかしそこにあったのは名ばかりの空き地。妙に切ない。

フリーター、家を誇る……? 家というか土地だけど。


「で、お主には嫁はいないのか?」

「……」


沈黙が答え。おっさんは察したように頷いた。

それから黙々と内臓を洗い続ける。

いい年して女のいない男は寂しい。その存在だけで場を凍らせる。


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