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異世界酔いどれ道中記  作者: 境内
第一章 酔いどれるまで
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第二話 芋虫を解体する話

「おっさん、本当にそいつ食べるの?」

「お主もしつこいな。食べるに決まってるだろう」

「だってなあ」

「なんだお主の世界ではこういうものを食べないのか」

「……虫を食べる文化はあるけど、それもほんの一部なんだよぅ」

「ならええじゃないか」


……恨むぞ昆虫食のメッカ、長野県民共サイレントマイノリティー。昆虫食するのは長野だけじゃないけど。

お前らのせいではっきりと昆虫食の文化が無いと言い切れない。もっとマシなモノ食べてろよ。肉を食え、農耕民族。

我が家も代々田圃を耕してきたが、虫を食べるという食文化に行き着かなかったぞ。どうなってんだ、長野県民。


どこかうきうきしているケンタウルスのおっさん。

俺もよく悪食と言われているが、昆虫食は初めてだ。積極的に口にしたくない。


「こう、芋虫食うのってこの世界では普通なのか?」

「ふむ。何が普通かはわからんが、ワームを食べるものは少ないぞ。肉屋で並んでいると生理的に気味悪がるものもおるらしい」

「やっぱりゲテモノじゃねえか……」

「わしも食べたことがないが、ここは挑戦してみたいのだ。そのために知識もつけた」

「あ、今、すごく不安感じた。明確に感じた。初心者が首を傾けながらやるべきじゃないぞ、それ」

「安心せい、失敗したとしても死ぬだけよ。人間誰もが初心者よ」

「おっさんは馬だろ」

「半分人間だ」


本当に逃げようかな。

あ、だめだ。体力が底を尽きていたんだ。しかもこのおっさん半分馬だし、すぐ捕まりそう。積んでる。

しかしここは異世界らしい。この親切なおっさんについていくしか道はないのかもしれない。


「それにいつかは食べてみたいと思っていたのだ」

「虫を?」


うむ、と頷く。

……あまり深く考えるのはよそう。世の中には変な人がいるんだな。

諦め半分でおっさんの後ろをとぼとぼとついていった。


「ほれ、ついたぞ」

「……おっさん、住処って言っていたよな」

「うむ、ここに住んでおる。嘘ではないぞ」

「……」


開けた場所を顎で指された。

藁が敷いてあったり、焚き火の後があったりするだけで、なにもない場所。

えっ、本気で?


「屋根とかはないの?」

「雨風に打たれて過ごすのもまた一興よ」

「ホームレス?」

「そう呼ばれることもある」

「……目の前にデカい芋虫がいるよりも非現実感があるなあ」


おっさんは野生のケンタウルス。非現実感を量る天秤があれば、芋虫を食べることとどっちが勝るだろうか。

正直逃げ出したい。


そのまま川辺に連れて行かれた。

顔にかかったままだった芋虫の体液を洗い流して、ハンカチでぬぐう。

安物のシャツにシミがついてしまったが、落ちるか? とりあえず川でもみ洗いしてみる。


「一張羅のスーツを着てこなくてよかった」


シミになっていたら絶望していた。セール品とはいえ、スーツは戦闘服だ。こんなところで汚せない。

ってかこの先地球に戻って着ることが出来るのか? と考えたらちょっと悲しくなった。

シャツを固く絞りそのまま着直した。濡れているが裸で過ごすよりマシだ。


「なんだ、お主も裸にならんのか。仲間が増えると思ったのに」

「なんでちょっと残念そうなんだ」


食と住が欠けている環境だからこそ服は大切にすべきだろ。と思ったが口に出さない。

何が悲しくてがりがりの身体をおっさんに見せ付けないといけないんだ。


「さてお主。ちょっとこっちに来て解体を手伝え」

「……貯めていた食料とかないの?」

「少々の野菜はあるが、それだけでは足りるまい。ただ飯を食らうのだからその分働いてもらうぞ」


俺の気持ちを知ってかにやにや笑うおっさん。

さてはさっきの意趣返しだな。溜息をついた。川岸に横たわっている芋虫を改めて見る。


でかい。とことんでかい。

さっきはよくこんな生き物から逃げられたな。どうしてもこれを食べるしか道はないのか。

おっさんはにやにや笑っている。

仕方ないから芋虫を見た。堪忍して、手を合わせて目を閉じる。

合掌。


「さて、まずはこのナイフを持て」

「お、おう」

「とりあえず腹を開く。顎から肛門に掛けてまっすぐナイフをいれて開くのだ」

「芋虫の顎ってどこ?」

「見てわからんのか……。こんな腹が出てるホームレスのおっさんに教わるとは。恥はないのか、恥は。ん?」


近年希に見るドヤ顔。やっぱりさっきの暴言気にしてたのか。


「性格悪いぞ、おっさん」

「お主よりは悪くはあるまい。んん? 命の恩人のわしに図々しくしおって」


不適な笑みを浮かべやがって。


「口を見ろ。こいつらは下顎にしか歯がない。つまりその方向が腹だ。触ってみた方がわかりやすい」

「こっちか?」

「そう、そこにかるく刃を差し込んでゆっくり肛門まで引いてみろ」

「…!? な、なんか出てきたぞ!!」


でろりと赤い管が出てくる。うわ、肉の色が濃い紫だ。本当に食えるのか。


「腹圧で出てくるのだから内蔵だろう。異世界人はそんなことも知らんのか? ん?」


怯えてる俺を楽しそうに茶化すおっさん。


「本当に性格悪いな……」

「よく言われる」

「……今に見てろよ」

「んー? そんなこというと面倒見てやらんぞ?」


……


「な、ナイフを見つめて、きゅ、急に黙りこむな!!」

俺の怒りは海より深く、空を引き裂き、大地を砕く(妄想)。


芋虫は堅甲な皮に包まれていたが、腹の部分は柔らかくすんなりと刃が通った。

内蔵を取り除き流水できれいに流す。


「これが内臓? 腸管しかないじゃないか」


長い管が一本入ってるだけで、他の臓器がない。心臓ですら影も形も無かった。明らかに異常だ。

ってかそんな事ありえるのか? 学生のころ生物学をもっと真面目にやっておけばよかった。


「ワームの内臓ならこんなもんだろう」

「……へえ」


他の臓器を探そうとしていた俺を見ておっさんが一言。おっさんは当たり前のように驚く様子が無い。

これがこの世界の常識なのか。

異世界ってすごい。大宇宙の大いなる意志を感じる。ああ、へっぽこ実験が始まる……。


「しかし長いな……」


引っ張っても、引っ張っても尽きることがない。

この体は、無限の腸管で出来ていた……?


「お主なんだか手慣れているな」


手つきをみて感心したようにうなずくおっさん。

初めは戸惑っていたけど今ではすんなり手が動いてた。


「実家がド田舎でさ、子供の頃は蛙や蛇を捕まえて、おやつ代わりにしてたんだ」

「おう、ちょっと動揺したぞ。なんで蛙と蛇が食べれて、芋虫がダメなんだ?」

「虫は食べるもんじゃないだろ」

「違いがわからん」


納得いかないような顔のおっさん。というか芋虫を食わせようとしているんだから、どっちもどっちだと思った。

外国に行ったことはないけど、異文化の価値観とはこういうものなのかもしれない。


以前、松岡さんに子供時代のことを話したときを思い出した。

人が本当に引いた顔を見たのは初めてだった。翌日から影でターザンとか水曜スペシャルと呼ばれてた。や、最後のは違うだろ。

……回想は止めよう、本当に切なくなってきた。堪えろよ俺。一人で泣くには明るすぎる。


内蔵をきれいに洗うと次は皮を剥ぐ。

芋虫を解体したことはないけど、猪や鹿の解体は手伝ったことがある。

ゆっくりと筋肉の流れに沿わせるように、ナイフを肉と皮の間に差し込むとスルッと剥けた。

これは手でもむけるかも。躊躇いがちに皮を引っ張ると蛇の皮のように手で剥ぐことができた。


ため息。生き物の解体は疲労感を伴う。

肉を切るのも皮を向くのも体力を消費した。疲れた。お腹もへった。


次は適当な大きさに肉を切り分ける。

骨と骨の隙間を狙って丁寧にナイフを入れる。

というか芋虫に骨はあっていいのか? もしかしたらこの生物は厳密には芋虫じゃないのかもしれない。

でも芋虫っぽいし、芋虫と呼び続けよう。


「そろそろ交代しよう。解体は疲れるだろう」

「いや、最後までやるよ。なんとなくコツが分かってきた」

「なるほど、食い意地がはってるんだな」

「そういうわけじゃなくて……、まあ、それでいいや」


理由はあったけど、説明するのめんどくさいし、それでいいや。


「ふむ」


わしには分かってるぞと頷いたおっさん。そのまま森へ。

え、えっと……? 何も通じてないんだけど。知らない場所で一人、取り残されるのは超怖い。

多分山菜でも取りに行ったのだろう。そうに違いない。


「こ、このまま置いてけぼりとかは無いよね!?」


ないよねー。よねー。ねー。


思わず叫んだが、帰ってくるのはやまびこだけ。

思考が怖い方に向かうので、あわてて作業に没頭した。


誤字脱字報告、感想、ブクマおねがいします。

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