第5話 してないわよっ!!
「ねえねえ、ガイア君ってどこであんな剣術覚えたの? 師匠とかいたりするのかな」
「出身は?」
「『白騎士』様と戦ってどうだった?」
「なあ、あの『疾風斬』カッコよかったぞ! あの技は喰らいたくないな……」
転校生が来た時の光景として、どのようなものが浮かぶだろうか。
いやちょっと待て。ガイアは転校生ではない。編入生だ。しかも、その試験を皆が見ている。
されば、転校生よりも注目度は高かろう。
ではこの光景は、当然と言えるのかもしれない。
学校長が出て行った直後、ガイアの周りに生徒たちが群がる。そして彼らは思い思いの質問をぶつけていた。もちろん生徒全員が群がっているわけではなく、既に帰った者も数人いるのだが。
突然の出来事で、しかもこういうのに慣れていないためガイアはどうしていいか分からずオロオロしている。四方八方。後ろから声をかけている者に至っては、長机を乗り越えながら。
ガイアは聞き分けの達人ではない。これだけの人数に一気に攻められれば、誰が何を言っているかなど分かるはずがなかろう。
苦笑いを浮かべていたガイアだったが、そこで助け舟が。
「ちょっと、彼困ってるでしょ……いくらなんでもこんなに押しかけたら対応できないわよ」
そう、あの黒髪の少女。集団をかき分け、ガイアの正面に立つ。
近くで見ると、彼女の容姿がはっきりと印象付けられた。
腰まで届く触ると気持ち良さそうな黒髪、ぱっちりと開かれた碧眼。整った逆三角形の顔は、見るものを振り返らせるだろう。
身長はガイアより少し低いが、スタイルも抜群とは言えないまでも(主に胸部の膨らみを考慮して)、スカートから覗く足もスラリとしていて同性が羨むほどだ。
ストッキングで肌の露出を減らしているのは男子生徒にとってはマイナスポイントか。それとも、寧ろ魅力を増大させていると感じる者もいるだろうか。
少女は腰に手を当て、控えめな胸をふんすと張り、
「1人1問ずつ。これならあんたも対応出来るかしら?」
「え……ああ、助かるよ」
その瞬間、ガイアは少女の瞳に何かを感じた。それが何なのかは上手く言い表せなかったが、確実に。
「もう、ルカは優しいね」
黒髪の少女の隣に、金髪の少女が歩いてきた。
ボブの金髪に赤色のカチューシャ。宝石のように輝く紅の瞳は少し幼さを残しているが、そんなものは彼女の容姿により魅力へと変わってしまう。
笑顔が似合う、お姫様。そう表すのが適切か。その笑顔は周りの人間に伝播していきそうなほど柔和で、彼女の性格を表しているかのようだった。
「う、うるさいわね。あたしは生徒の代表として!」
「はいはい、分かったからそんなに興奮しないで……」
「してないわよっ!!」
やや困り顔の少女に、顔を赤くして詰め寄る少女。
金髪の少女のスタイルも負けておらず(というか、胸部に関しては圧勝で)、どちらも白い制服がよく似合っている。ちなみに金髪の少女はニーソックスである。
男子の制服と女子の制服の違いはズボンかスカートか。ただそれだけだ。もちろんどちらも高潔を表す白色。
「えっと、私はミライ・スペース。で、このツンツン子が……」
「誰がツンツン子よ! ルカ・フォールティア。一応あたしが第17期生の代表者になってるわ」
17期生。これは今この学校にいる生徒たちのことを指す。
そして、ルカはその中でも首席級の実力を持っているらしい。級、というのは彼女も全戦全勝というわけではないからだ。
武器や魔法などの相性の問題もあり、未だに首席は決まっていないようだ。
その首席級の実力者の中でも、比較的生徒たちと交流を持ち、かつ授業への出席状況など総合的な判断により、学校長からルカが代表に指名されたらしい。
「とにかく、皆順番に……って、どうしたの?」
よく周りを見てみると、皆ルカに視線を向けていた。
そこで、ある女子生徒がポツリと。悔しそうな表情をしながら、
「ルカちゃん……ちゃっかり先に自己紹介した」
「え? あ! でも、これは話の流れで仕方なく……!!」
「いくら代表だって言っても、これは権限濫用なのでは」
と、眼鏡をかけた男子生徒が眼鏡をクイッと動かして。
「え、いやちょっと……」
戸惑うルカの隣で、ミライは必死に笑いを堪えている。目を伏せ、掌を口に当てて。
そう、別に皆本気で怒っているわけではない。
証拠に、ルカよりも先に自己紹介したミライを責める者は誰もいない。皆、唇を尖らせてルカに対して不満を言いいつつ、彼女を弄っているだけなのだ。
それに気づけたガイアは小さな声で、恐る恐る、
「お、おーぼーだー」
「なっ! なんであんたまで加勢してるのよっ!?」
笑い声が響き渡る。
これでまずは皆と打ち解けた。ガイアは笑いながらも、ルカとミライに感謝していた。彼女たちが来なければ、こういう結末は迎えられなかっただろう。
ふと2人に視線を向けると、ルカはこちらを睨み返してきたが、ミライは右手で丸を作りウインクをしてくれた。
対照的な2人だ、とガイアは思う。
そして、その後ルカの提案通り1つ1つ質問が来た。10分ほど答えた後、ようやくガイアは解放された。
名前をいくつも聞いたが、正直顔と名前が一致するまでには時間がかかるはずだ。今日覚えられるのは、目の前にいるルカとミライだけである。
ちなみに、少なくとも聞いた名前の中にヴィクトリアという少女はいなかった。ということは、さっきあの場にいなかった者の中に王女がいる可能性が高い。
「大変だったね、ガイア君」
長机を挟んで正面にいるミライは両手を机に置き、少し身を乗り出してきた。揺れる金髪から漂ってくるのはバニラのような匂い。
「ところでさ、今日はもう授業無いし、これから時間あるかな」
「いや、寮への移動だとかで今日は……」
「んー、そっかそっか。残念……」
「何かあるのか?」
答えたのはルカであった。腕を組んでため息を吐きながら、
「あたしたちで学校の案内をしようと思ってたのよ。今日が無理なら明日にでも……」
「それは助かる。つっても、明日の予定とか全然分からなくてな」
「それなら、明日は私たちと一緒に行動しない? そしたら、授業とかの案内も出来るし」
両手を豊満な胸の前で合わせ、ミライは笑顔でそう言った。
「え、いや……いいのか?」
「遠慮しなくていいよ。私たちも聞きたいことがいっぱいあるし……ね、ルカ」
「はぁっ? どうしてあたしに聞くのよ」
「だってルカ、編入試験の日からなんだかそわそわしてるし」
「べ、別にあたしはいつも通りよ! でもまあ、一応あたしは生徒代表だし、これは義務というかなんというか……」
「うんうん、そうだね。じゃあガイア君、明日の朝この教室で。時間は……」
この教室には、黒板の上に時計が設置してある。黒板の大きさに比べるとかなり小さな気もするが、一番後ろの席からでもきちんと確認できるようにはなっているらしい。
ミライは振り返って時計を見ながら、
「最初の授業が9時からだから、とりあえずその時間だね。私たちは今日と同じ席にいるから」
「分かった。助かるよ。その……ありがとう」
「えへへ、どういたしまして!」
天真爛漫。本当に、驚くほどミライとルカは正反対だ。
ガイアは2人にお礼を言ったつもりだったが、ルカはそっぽを向いたまま唇をへの字に閉じていた。
「ルカは素直じゃないからねー。ああ見えて照れてるんだよ? ま、とにかくこれから宜しくね、ガイア君! ほら、ルカも」
「……宜しく」
差し出される2つの手。どちらもガイアのそれより小さく、華奢であった。
「こちらこそ、宜しく頼む」
ガイアは両手それぞれで2人と握手を交わす。その時、ミライは嬉しそうに微笑み、ルカは横を向きながら空いている手で髪の毛を弄っていた。