第4話 まずは我々が使う魔法と魔術について
新しい制服を着ると、なんとなく落ち着かない気持ちになってしまうものだ。しかもそれが、厳しい試験に合格した学校のものなら尚更。
というわけで、ガイアも自分の服装を眺めながらそわそわしていた。
「なんか、嬉しいような恥ずかしいような……」
ここは王国騎士団養成学校の校舎。主に教員が更衣に利用する部屋だ。ここで、彼は制服に着替えた。
この学校は全寮制なのだが、なにせガイアの入学は昨日の今日。部屋の手配は早くとも夕方にしか出来ず、仕方なく彼はここで着替えているのだ。
試験の時には無かった右胸の紋章。ガイアはそれに手を当て、目を瞑る。
「……行くか」
これからガイアの編入について、全生徒を召集しての学校長からの報告がある。主役である以上、出ないわけにもいかないだろう。
ロッカーが並ぶ更衣室から出ると、扉の前に学校長が待っていた。彼はガイアの姿をまじまじと見つめ、顎に手を当てて軽く頷き、
「よく似合っているな。さあ、こっちだ」
言われて、ガイアは学校長の後ろを歩く。
ところで、全生徒を召集しての――と言われてどのようなものを思い浮かべるだろうか。
グラウンドで学校長が台のようなものに立って演説をする? それとも、大きなホールに集まる?
どちらも違う。この学校の現在の生徒数は30人程度。入学時は100人いたのだが、この1年で半数以上がドロップアウトした。
授業が辛い、仲間と競い合えそうにないなど、理由は様々。学校側としても、その程度で去るならばその者は王国騎士としての素質が無かったのだと判断することにしている。
1度試験に通った者たちではあるが、さらなる篩いにかけられるということだ。
それはガイアも例外ではなく、編入できたからと言って、無事に卒業できるとは限らない。ともすれば、王女を探し出す以前にドロップアウトしてしまう可能性も否定は出来ないのだ。
「だが、君の精神力ならば心配は無用だろう」
ちなみに座学自体、出席は必須ではない。必ず出なければならないのは実技科目のみだ。
つまり、それに耐えうるだけの実力や精神力がありさえすればそこまでキツイ学校と言うわけでもない、と学校長は付け加えた。
「それから、紹介後すぐにある座学には参加してくれ。そこで武器の縮小の魔術を教えよう」
「へえ……そんな魔術が」
ゼロから教わっていたのは、体術と剣術のみ。魔術などこれっぽっちも教えてもらっていなかったのだ。
つまり、それに関してのガイアの知識はほぼ0。
そして今は武器を携帯するための魔術が出来上がっている。これは主にハンマーを得物とする者たちのために作られたのだが、学校では全員に使用を義務付けている。
武器の使用が許されるのは緊急の場合と実技授業のみ。
「とはいえ、実技では基本的に模擬武器を用いる。己が武器を使うことは殆ど無いだろう」
じゃあなんであんたは腰に2本も剣を引っさげてんだよ、と思うガイアだったが教師と言う立場の問題があるのだろう。
万が一生徒に何かあったら1番に動くのは彼らだ。ハンマーを扱う教師は流石に魔術で縮小化しているようだが。
「さ、入りたまえ」
さて、先ほどの問いに戻ろう。
生徒が30人ほどしかいない学校。そこでの全校集会。ならば、その場所はどこになるか。
要するに、全生徒が集まれてかつ学校長の声が聞こえればそれでいい。
となれば、別に教室でも構わないのだ。
横開きのドアを開けて、学校長が教室へと入る。続いて、ガイアも入った。
大きな部屋、というのが第一印象だ。
黒板は4つ。それが四角形に合わさり、かつ上下はスライドして移動するようになっている。その前には黒板のせいでやや小さく見える教壇。
そして、ガイアの正面には生徒たちが座る席があった。
長机が3列、複数設置されており生徒たちは自由に腰掛けている。元々100人を想定しているためか、全員が集まっていても教室は寂しく見える。
生徒たちはガイアの姿を見るなり、ざわめき始めた。
聞こえてくる単語は『白騎士』や『烈火』、そして『疾風斬』。ややセシルの話ばかりのような気もするが、ガイアは注目の的のようだ。
「静かに。それでは、新たな仲間を紹介する。と言っても、もう皆知っているようだが……ガイア、一応自己紹介を」
そう言って、学校長は教壇に立つよう指示した。多少緊張しているらしく、たどたどしく移動するガイアに、生徒たちからの好奇の視線が突き刺さる。
教壇に立ち、前を向くと複数の生徒と目が合った。こちらに向かって手を振る者もいる。
「……ガイア・ユーストゥス。えっと、その……よ、よろしくお願いします」
上手い言葉は出てこなかった。しかし、ガイアが頭を下げると教室には拍手が響き渡る。
「彼らはライバルである前に、友だ。保証するぞ、学校生活は楽しいということをな」
特に、現在残っている生徒は全員ガイアと同年代らしい。仲良くなるのにそこまで時間はかからないだろう、と学校長は言う。
だが、忘れてはならない。
この中に、王女がいるのだ。
ガイアは生徒たちの顔を見渡す。特に女性との顔を見るが、それだけでは誰が王女なのかなど分からない。
今は、とにかく学校生活に慣れるしかない。
それにこの学校ならばそう簡単に襲撃されることなどなかろう。
「ふむ、それではこのまま授業に移る。ガイアは好きな席に行ってくれ」
学校長に促され、ガイアはとりあえず1番前の席に座った。1番前の長机にはガイアの他に2人。
金髪ボブカットの少女と、黒髪ロングストレートの少女。金髪の少女の方はこちらを見て笑顔で手を振ってくれた。
ガイアも恥ずかしそうにしながら、小さく手を振り返す。すると少女は満足そうに教壇の方に視線を戻した。
彼は気付いていなかったが、金髪の少女の隣に座っている黒髪の少女は前を向いている振りをしてチラチラとこちらを見ていた。
さて、この授業は学校長自ら教鞭をとるらしい。
眼鏡に触れ、2本の太刀を鳴らしながら黒板に字を書いていく。
「さて、今回はガイアのためにも今までの復習をしようと思う。と言っても、あれだけの実力者……ガイアも分かっていると思うが、一応聞いておいてくれ」
学校長の視線がこちらに向けられ、ガイアは思わず頷いた。
「まずは我々が使う魔法と魔術について」
魔法は炎・水・風・土の4属性に分けられる。
1人の人間に扱えるのは原則として1つだけ。それぞれに適正属性があり、それに従うことになる。
また、魔法は人間の体内に潜在するマナを燃料として使うのだが、発動のためには武器を媒介する必要がある。
何故武器で発動できるのか。それを説明するためには、魔術がなんたるかを語る必要があろう。
先述の通り、人間は直接的に魔法を使えない。
「そこで、先人が作り出したのが魔術だ。体内のマナを利用して、望んだ現象を具現化する。そもそもは狩猟や採集などを便利にする目的で作られたようだ」
それがいつしか人同士の争いにも用いられるようになった。
だが、魔術の発動には詠唱が必要だ。先人が組み上げた理論に基づく詠唱文、それを一々詠唱していては時間がかかる。
また、その詠唱にもマナを使うため燃費が悪い。
「そして作り出されたのが武器、というわけだ」
剣や槍などに直接魔術発動の術式を組み込み、詠唱なしで魔術を具現化する。こちらは術式が既に組み込んであるため、術者のイメージなどは関係ない。術者の適正属性の物理現象が生じるのみ。
もちろん、術式の組み方によっては別の効力を発揮させることも出来る。
例えば今ガイアが身に纏っている制服。これには防御魔術の術式が組み込んであり、あらゆる魔術・魔法によるダメージを軽減させられる。ただし、術式の発動には制服の上下が揃っている必要がある。
故に、学校外でも脱ぐことが許されないのだ。
このように、どのような道具でも術式さえ組まれていれば魔法を扱うことが出来る。
つまり、究極的には武器による魔法も魔術の1つということだ。
違いは、魔術がマナをイメージ通りのものに変換するのに対し、魔法はマナを直接放出するということ。
その区別のために、魔法という言葉を用いている。
「これは我々でも説明が難しいのだが、マナを直接用いる魔法ではその者の適正属性が色濃く反映される」
もちろん魔術でも適正属性の魔術とそうでないものとでは威力が違ったりするのだが、そこまで影響は無い。これは、魔術のそもそもの目的から皆が不自由なく使えるようになっているからだ。
これが、魔法と魔術の大きな違いである。
「では、ここで基本的な魔術を1つ。これがガイアに伝えていた武器収縮の魔術だ。そうだな……実際にやってみせよう」
言って、学校長は腰に差していた太刀を1本、鞘ごと抜き取った。
そして神前に捧げるかのように両手で太刀を持ち、低い声でこう呟いた。
「『その身を小さく』」
直後、彼の手に乗っていた太刀が消える。
否、消えたのではない。中指ほどの大きさになって彼の掌に納まったのだ。
「これが……凄いな」
「これはマナの消費量が殆ど0。故に、誰でも気軽に使えるものだ。他にも生活に必須となる魔術についてはマナ消費量が極端に少ない。先人の知恵というやつだな」
その後、数十分ほど授業は続いた。正直、今まで座学など受けたことも無かったガイアにはこの時間は苦痛であり、ゼロとの修行以上の体力を使っていたような気がしていた。楽しかったのは事実のようだが。
授業が終わる前に、最後の復習としてガイアは武器収縮の魔術を実際にやってみるよう指示される。これを彼は2回ほど失敗しながらも成功させた。
「魔術で最も重要なのは詠唱の文言ではない。イメージだ。具現化しようとするものを思い浮かべる、それが魔術を成功させるコツだ」
それで、授業は締め括られた。
学校長はさらりと言ったが、意外と重要な話である。
マナを大量に消費しながら、頭の中でイメージを浮かべつつ敵と戦う。これが戦闘における魔術の使い方。だから、戦う手段としてはあまり使い手がいない。
さて、ここまで来れば分かるだろう。あの『歌姫』がどれほどの才能の持ち主なのかを。
「今日の授業はこれで終わりだ。まあそのなんだ……特別だぞ」
次の瞬間、教室が大歓声に包み込まれる。
いきなりの爆音に驚いたガイアが後ろを見ると、生徒たちはあからさまに喜んでいた。
どうやら、ガイアと生徒たちを近づけるための学校長の粋な計らいのようだ。彼に向かって微笑み、学校長は教室を出て行った。
そして――