第3話 まさか、こんな所で
負けた。
負けてはならない1戦で、こうも呆気なく。
もちろん、相手は王国騎士。しかもその中で最強と呼ばれる男。負けるのは当然のことだと言えるだろう。
だが、それを差し引いても今回は負けてはいけなかった。
「くそっ……」
悔しさを口にする。そんなガイアにどこからか現れた白衣の女性たちが作業のように回復魔術をかけていった。
そのまま天を仰いでいると、1本の手が視界に伸びてきた。これは『白騎士』セシルの手だ。
「ガイア・ユーストゥス、見事だった。さあ、立て。学校長殿から結果が言い渡される」
銀髪の騎士はニヤリと笑いながらガイアの顔を覗き見る。そして、ようやく手を握った彼を起き上がらせた。
「……正直、私は驚いている」
握った手を、セシルは離さない。握手のように、がっちりと。そして彼はガイアに少し近づいた。
お互いの手がお互いの体に触れる距離で、セシルはガイアをこう労った。
「聞きたいことは山ほどあるが、今はこれだけ伝えておこう。貴様が王国騎士になることを楽しみにしている」
その言葉の意味を、ガイアは理解できていない。だが、観戦していた生徒たちや王国騎士団たちは気付いたようで、それぞれ顔を合わせたり、呆気に取られたり。
遂に、その手が離れる。
直後にセシルから背中を叩かれたガイアはよろめきながら半ば強引に学校長の前に立たされた。
「…………」
学校長はさらに1歩、気まずそうに沈黙するガイアに近づき、しゃがれた声で、
「ガイア・ユーストゥス、試験の結果を言い渡す」
その口から出るはとどめの一言。
そう、思っていた。ただ1人、ガイアだけは。
となると逆に言えば、他の者たちは別の結果を予想していたことになる。ガイアは気付いていないようだが、観客席や王国騎士団がいる場所は高揚感に包まれていた。
早く歓声をあげたい。そのような思いが渦巻き、空気を震わせている。
それを察知したからか、学校長は1度深く息を吐いた。2本の太刀の上で腕を組み、眼鏡越しにガイアを見つめる。
そしてその一言を――
「合格だ。今この瞬間、君は王国騎士団の候補となった。期待しているぞ」
次の瞬間、大きな歓声が闘技場に、そしてこの町に響き渡った。
だがガイアだけは何が起こったのか分からないという表情で立ち尽くしている。何故自分に向かって歓声が起こっているのか。
自分は負けたはずだ。それも、セシルに対して殆ど傷を付けられずに。
「結果に疑問を持っているようだな」
「……と、当然です。だって俺は……負けたんですから」
「はて、誰がいつ『勝つことが合格条件』と言ったのかね」
「え……」
思い返してみれば、学校長はおろかセシルですらそんなことは言っていない。全て、ガイアが勝手に思っていたことだ。
では、彼らはなんと言ったか。
「合格条件は君の力を示すこと。それは満場一致で満たされていると思うが。確認をとっても良いぞ」
「だ、だとしても!!」
「君は、まだ分かっていないようだな。『白騎士』に、セシルに魔法を使わせたということの意味を。いや、それだけではない。彼に『烈火』まで使わせているのだ。これを合格と言わなければ、誰も編入出来やしまい」
王国騎士最強。それはイニティウム王国最強と同義と思ってよい。
魔法を帯びた攻撃を、ただの模擬刀で受け止めるほどの実力者。そこだけ切り取っても彼の強さは一目瞭然だろう。
そんな相手に、魔法を出させた。あろうことか、必殺技まで。
ガイアは知らなくて当然のことだが、そんなことこの学校の生徒でも成し遂げたことは無い。
となれば、要求されていた水準は軽く超えていると判断できる。
だから、合格なのだ。
「……やった、のか」
「ああ、ようこそ王国騎士団養成学校へ。生徒たちも歓迎しているようだ」
学校長に促されて観客席を見ると、観戦していた生徒が全員立ち上がって祝福の拍手をしていた。中には、ガイアの名前を叫んでいる者もいる。
「ははは、人気者になってしまったな。ところで、確かに合格とは言ったが、入学するかしないかは君次第だ。君の意志を確認しておこう」
そんなもの、決まっている。
ガイアは姿勢を正し、凛とした表情で高らかに、
「入学を希望します!」
こうして、彼は王国騎士団養成学校に入学することとなった。
ガイアの背中を叩き、王国騎士が待機している場所に戻ってきたセシルはくるりと振り返って、結果言い渡しを見守っていた。
すると、栗頭の王国騎士団団長が隣に立ち、話しかけてきた。
「まさか、お前が『烈火』を使わされるとはな」
「……ガイア・ユーストゥス。彼は一体何者なんだ? あれは素人の太刀筋じゃない。場数を踏んだ者としか思いようが無い。大体、最初に抜刀の構えをとるなど考えられん」
「確かにな。実戦は抜刀から始まる。それに対し、試験の場では模擬刀を裸のまま渡されるから、抜刀する必要が無い。それに……『疾風斬』、か。となるとあいつの師匠は、ゼロだろうな」
「ゼロ……確か、イニティウム王国を渡り歩いていた旅人だったか。私たちが駆けつける前に山賊を倒していたことも何回かあったな……まさか!」
「ああ、一体いつからかは知らないが、ガイアはゼロの旅に同行していたと見ていいだろう。しかも、山賊を撃退した経験もあるって所か」
「なるほど、どおりで……だが、それならば奴の名前も知れ渡っていなければおかしい。ゼロの名前も、少なくとも私たちは知っていたのだから」
「それが、どうやったのか、ゼロの同行者の情報など無かったんだよ。ま、ゼロが何かしらの工作をしたんだろうな」
セシルは改めてガイアを見る。
彼は合格を言い渡されて、大きな祝福を受けていた。周りの騎士たちも拍手をしている。
「ガイア、その名は覚えておかなければならないな」
「ははは、全くだ。だが、騎士になったらなったで俺の地位が揺らぎそうで怖いな。『白騎士』に、ガイア。いやいや、複雑な気分だよ」
「……何を言うか。貴様が本気を出せば私など」
「買いかぶりすぎだ。俺はお前には勝てないよ『白騎士』様」
「ラルド、貴様……」
セシルは団長・ラルドを睨みつける。だが彼はヘラヘラ笑いながらガイアに拍手を送っていた。
この男の腹は全く読めない。セシルは不満そうにしながらも、ステージへと視線を戻す。かつて、自分がラルドに負けた場所へと。
観客席では『白騎士』と激しい戦いを演じたガイアに対する祝福が響き渡っていた。
もちろん、後方で観戦していた2人の少女も例外ではない。片方は拍手をしながらも心ここに有らずという状態であったが。
「すごかったねルカ! あの『白騎士』様から合格を勝ち取るなんて!! しかも『白騎士』様の技まで引き出して……!」
「え、ええ……そうね」
子どものようにはしゃぐ金髪の少女に対し、黒髪の少女は開いた口を閉じることが出来ずにいた。
「どうしたのルカ、さっきからおかしいよ?」
「べ、別に何でもないわよ……ただ」
「ただ?」
「はっ、と、とにかく彼もあたしたちのライバルよ。祝福もいいけど私たちも気を引き締めなきゃ」
「えー、でもルカは騎士以外の目標があるじゃん。ルカは大変だねぇ、競い合う相手が多くて」
「う、うるさい!」
あまりに必死な言動に、金髪の少女はケラケラと笑っていた。それを見てさらに顔を真っ赤にした黒髪の少女は腕を組み、ステージに立っている少年へと視線を移す。
そして、ぽつりと。
「ガイア・ユーストゥス……まさか、こんな所で……」
そう呟いた彼女の表情はどこか嬉しそうで。
絡み合う因果。
それらが導くはただ1つの結末。これは、そういう物語である。