第2話 予想以上だ
編入試験、それはランダムで選ばれた現役王国騎士との戦い。
合格条件は自らの力を示すこと。単純なようで、その道は険しく。
ちなみに、3年に1度行われる本試験の内容は全く異なっている。では何故編入試験がここまで過酷なのか。
理由、王国騎士団養成学校という性格だ。
その名の通り、ここは将来の王国騎士を育てる場所。卒業後は即戦力として騎士の任に就くことになる。
もちろん、それ以外の進路もあり得るのだが、大半の生徒は王国のために命を捧げる道を選ぶ。
とはいえ、入学者全員が無事卒業できるとは限らない。授業についていけず、途中で辞める者も当然いる。
それを、学校は止めない。
そう、学校が求めるのは強き人材。入学後からすぐに過酷な授業が始まる。
だからこそ、途中から学校に入る編入と言う制度は厳しくあるべきなのだ。途中から加わるということは、既に在籍する生徒が受けてきた授業を受けていないということ。
ならば、それに見合う強さが必要なのである。
「ガイア君、最後に確認だ。本当に、試験を受けるんだね?」
白髪の学校長は立ち止まり、こちらを振り返らずに尋ねてきた。
「……もちろんです」
「ならば、これに着替えてきてくれ。編入試験の正装だ」
学校長はどうやって納めていたのか、懐から白い服を取り出してガイアに手渡す。これは、この学校の制服だ。
白を基調としたもので、本物と異なるのは右胸の部分に紋章が入っていないということだけだろうか。
学校長が指差した先にある控え室のような部屋に入り、ガイアはマントや着ていた服を脱いで制服に着替えた。
「高潔の白、か。はは、血の色が映えやすそうだ」
そういう発想をしてしまうのは、修羅場を経験してきた彼だからこそだろうか。
拳を握り締め、目を瞑る。そして、様々な思考を巡らせた。
(大丈夫、俺は負けない。現役騎士だろうがなんだろうが、超えてみせる!)
集中していると、外が段々騒がしくなっていくのが分かった。気になり、外に出てみると観客席に座っていく者たちが。
全て、この学校の生徒と教師たちだ。
実はこの編入試験、学校関係者に限られるが、公開試験となっている。つまり、プレッシャーに耐えうる精神力も求められているということだろう。
「こりゃ、想像以上に……」
晒しもの。負ければその上に恥が付く。
だがそれでもやるしかない。ここで躓けば、ゼロの意志を継ぐことなど出来ない。
ガイアは闘技場へと進んだ。その先に、学校長が待っている。
彼がステージに上がると同時に、観客席のざわめきが大きくなっていった。内容はそれぞれ。
ガイアはそれを極力聞かないようにして学校長の所へと歩く。
「ガイア・ユーストゥス。合格条件はただ1つ。君の力を見せてみろ」
宣誓のような叫び。その直後、ちょうどガイアの正面の客席にある大きなビジョンに、誰かの名前が表示された。
すると、その名前が下に動き別の名前が上から降ってくる。その速度は上がり、遂には速すぎて読めなくなってしまった。
そして数秒後、回転が止まり1つの名前が現れる。
『セシル・アルブス』
その瞬間、ざわめきはどよめきに。どよめきは歓声へと変わった。
「……君はくじ運が悪すぎるようだ」
「どういうことですか?」
「セシル・アルブス、彼は王国騎士団の副団長だ。人々は彼のことを、『白騎士』と呼ぶ」
「白……騎士?」
旅の中で、聞いたことがある。ガイアの記憶ではその由来は、敵の返り血すら浴びず戦いの後も常に白き服装のまま――それが敵から白き死と恐れられ、転じて国民からは『白騎士』と呼ばれるようになったとか。
「副団長でありながら、王国騎士団最強の騎士。どうする、流石にもう一度選出しなおしても良いが……」
学校長ですら情けをかけるほどの相手。それが『白騎士』だ。
だが、ガイアは口角を上げ、不敵な笑みをしてみせた。
「必要ありません。相手にとって不足なし、です!」
「その勢いや良し。強い意志を感じるぞ。ならば、君の意志を尊重しよう……セシル!!」
学校長が向いた方向に、ガイアが来た場所とは別の入り口があった。そこに10人ほどの王国騎士が控えていた。
その中の1人、肘くらいまである銀髪の優男がこちらへと歩いてきた。
彼の顔が見えるなり、観客席(特に女子生徒)から黄色い声援が響い始める。白騎士様、と口々に。
「少年、手加減はしてやる。貴様の力を見せてみろ」
威圧感。身長が高いから、というだけではないだろう。
編入試験用なのか、彼は外で見た騎士がつけているような金属性の防具ではなく学校長と同じ格好をしていた。
着る者の違いで、服のイメージがここまで変わるものなのだろうか。
純白の衣が、彼の魅力をより一層惹きたてているようだ。
ガイアは思わず身震いした。そして上目遣いで彼を睨みながら、
「……上等!!」
その頃、観客席には遅れてやってきた2人の少女が。
彼女たちは白騎士の登場に沸きあがり、我先にと前に群がる人ごみに見やすい場所へ行くのを諦めて、入り口付近で陣取った。
「全く、見るだけ無駄なのに」
「そんなこと言わないでよルカ。私は好きだよ、こういうの」
「ミライ……あんたって、実はミーハーなの?」
「あはは、そうかもね」
金髪の少女は楽しそうに笑い、それを横目で見ていた黒髪の少女はため息を吐いた。
編入試験を見守るのは、生徒たちだけではない。
ランダムで選ばれなかった騎士たちも面白半分で見つめているのだ。
「まさか副隊長とやるとはな」
「ああ、威勢がいいというか無鉄砲というか」
騎士たちが談笑する中、1人の男だけはじっとステージに視線を向けていた。
ベリーショートの茶髪は頂点が尖っていて、栗のような印象を抱かせる。優しそうな瞳は、筋骨隆々の体による恐ろしさを和らげている。
彼こそが、王国騎士団の団長。
階級だけで言えばセシルよりも上だ。
彼は無言のまま腕を組んで立っている。その視線は、他の騎士とは違うことを考えていることの表れのようにも思える。
つまり、見ているものが違う。皆がセシルに注目する中、彼は――
「2人とも、自分の武器をこちらへ」
編入試験は、安全のために模擬武器で行われる。もちろん魔法は使えるが、そもそも武器に殺傷能力が無いため、魔法にも殺傷能力は無い。
というのも、人はマナこそあれど、それを魔法として放出するためには武器が必要だからだ。逆に言えば、武器が無ければ人は魔法を使えない。
武器に依存する魔法は、威力はマナの量や当人の技術によって変わり、殺傷能力は武器によって変わる。
ガイアとセシルはそれぞれ腰に差していた武器を学校長に渡した。
ガイアは太刀、セシルは剣。それぞれ代わりの模擬刀を受け取る。
「少し距離を取れ」
ステージの中心へ移動し、お互いに離れた場所に立つ。
すると、ヴィジョンに2人の姿が映し出された。セシルの姿を求める者たちはヴィジョンとステージを交互に見ながら、さらなる歓声をあげる。
「これより、編入試験を執り行う。両者共に準備は良いか」
静かに頷く。これで、本当に後戻りは出来ない。
そして、ガイアは模擬刀を脇構えに。対して、セシルは全く構えようとしない。両手をぶらさげたまま、余裕さえ伺えるほど優雅に立っていた。
だが、ガイアの構えを見たその刹那、彼の細長い眉がピクリと動く。
それに気づいた者はいただろうか。少なくとも、ニヤリと笑った騎士団長は分かったはずだ。その意味も、全て。
「……始めっ!!」
学校長の野太い叫びが闘技場に響き渡る。
これが、開始のゴングだ。
次の瞬間、ガイアは構えたまま走り出す。全身に風を纏いながら。
「――っ」
高速で駆けてくるガイアに、セシルの体が動いた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
斜め一閃。それと共に、風の刃が放たれた。
しかし、それくらいでは王国騎士を倒すことなど不可能。そんなことは、ガイアも分かっている。
だから、すぐに動いた。
風を剣で打ち消したセシルの横から、もう1度。さらに移動して2度。そして3度。
彼の周りを回りながらガイアは何度も何度も太刀を振るう。
「……小賢しい!!」
全ての風が消されていく。最後の風が消された瞬間、舞う埃の中飛び出してきたのは太刀の柄を両手で握ったまま突進してくるガイアだった。
それでもセシルは驚かない。
斬りかかってきたガイアの太刀を、自分の剣で抑えた。
ゴツンッ!! という木製ならではの音が鳴り響く。
ここで驚くべきは、奇襲に取り乱さなかったことではない。風の魔法の使用を示す緑色の光と、風を纏ったガイアの太刀をなんの魔法も使っていない剣で防いだということだ。
「ぐっ……」
「どうした、この程度か」
競り合い。段々と、セシルが押し始める。
危険を感じたガイアは押される勢いを利用して後ろに跳んだ。セシルからの追撃は来ない。彼はもっと攻撃して来いと言わんばかりに剣を構えている。
悔しそうに唇を噛み締めたガイアは風によって加速し、再び突進する。
そして、縦に横に斜めに。時に体を回転させながら太刀を振り回した。
だが、セシルはそれを冷静に体を動かして避けたり、剣を使って捌いたりして対処していく。
風だけが空を斬り、彼の長くさらさらとした銀髪を靡かせていた。
強い。恐らく、ゼロと同等の実力。
このままでは、勝つことはおろか彼にダメージを与えることも出来ないだろう。
「少年、貴様の力がこの程度ならこの学校には不要だ。最初の抜刀の構えでもしかするとと思ったが……もう限界なら、ドロップアウトするのが賢明だぞ」
「はっ、冗談!」
見栄を張ってはみるものの、彼の息は荒くなっていた。さらに、体力だけでなくマナの量にも徐々に限界が近づく。
このまま続けてもマナが尽きるだけだ。
(……やるしか、ないのか。この模擬刀で出来るかは分からないけど、ああ畜生!!)
ガイアはステージを思いっきり踏み付け、回転しながら空中に飛び上がった。そして、その回転を利用して太刀を振り抜く。
これをセシルは後ろにさがって回避。
その行動を、待っていた。
「さあ、風に乗ろうぜ」
着地したガイアは、体を左に捻り、太刀再び脇構えへと。彼を中心に、激しい風が渦を巻いていく。
「……なんだこれは」
流石のセシルも、目の前の状況に驚いたような声を漏らす。そして、構えた腕の隙間から睨みつけるガイアの目に気付いた瞬間、彼は察知した。
自分の身に迫る危険を。
「『疾風斬』!!」
「――っ!?」
気付けば、ガイアの姿が眼前にあった。
「喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
放たれるは、巨大な一閃の風刃。最初の攻撃とは桁違いの威力のそれが、セシルに迫る。
その瞬間、騒がしかった闘技場に静寂が訪れた。
そして、その静寂をかき消すかのように爆音が鳴り響く。
もくもくと舞い上がる黒き煙。その中から、飛び出してきたのはガイアの体。
地面に叩きつけられた彼はすぐに立ち上がり、顔を歪ませながら大きく息を吸う。
「はぁっ……な、何が!?」
煙は、突如として左右に分かれ、霧のように消えていった。
分かれ目には、剣を振り下ろした格好のセシル。彼の剣は、赤く光っている。直後、それは赤き炎に包まれた。
「まさか、私に魔法を使わせるとは……予想以上だ。やはり貴様は……」
炎は強さを増し、遂にセシルの体をも包み込んだ。
「少しばかり本気を出すとしよう。限界を超えてみせろ」
初めて、セシルが攻撃を仕掛けてきた。炎をまとって突進してきた彼は、剣を突き出すようにして炎を放出。
「畜生、こっちはもうマナが切れそうだってのに!!」
ガイアは横に転がって炎を回避する。だが、転がった先には既にセシルが構えていた。
「嘘だろおい!?」
「さあ、ここからどうする?」
振り下ろされる焔を纏いし剣。ガイアはしゃがんだまま上から来るそれを太刀で受け止めた。その瞬間、風とそれに乗せられた炎が波紋を生み出し、美しい大輪の花を咲かせた。
しかし、このままでは抑えきれない。
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……!」
「ガイア・ユーストゥス、それで終わりか!!」
「終わるかっ!!」
ガイアは太刀を滑らせ、自らも横に転がる。ステージに叩きつけられたセシルの剣は爆発を起こし、地面を抉った。
「マジかよ……」
魅入っている余裕など無い。剣を構えなおしたセシルがすぐに迫ってくる。
そこで、ガイアは風を纏った太刀をステージに叩きつけた。その風の勢いで、彼の体は上空へ。
「ほう……」
位置関係の反転。ガイアはセシルの背面に移動した。
彼はセシルが振り返る前に抜刀の構えを作った。
「さあ、風に乗ろうぜ……」
『疾風斬』が放てるのは、恐らくあと1回。それ以上はマナが不足してしまう。故に、これで決める必要がある。
「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」
突進。そのスピードはまさに疾風の如く。
しかし。
「甘い」
渦巻く炎が、セシルの剣を包んでいた。それは一瞬で大きな剣を形成し、周りの景色を歪ませるほどの灼熱が。
炎の大剣。それが、駆けてくるガイアに向かって振るわれる。
先ほど放った『疾風斬』を防いだのはこの技なのだろう。ならば、このまま『疾風斬』を繰り出しても無駄に終わる。
だから、ガイアは跳んだ。太刀を下に振って風を起こし、再び上空へ。
上空で体を捻った彼は逆さまになりながらも、その太刀を振り抜く。
ここだ。ここが、最後のチャンス。
放つ、必殺の一撃。
「『疾風斬』!!」
完璧な攻撃だ。剣を振り抜いたセシルは驚きの表情を浮かべている。
そうこれで決着がつく。
――はずだった。
「『烈火』」
突如、紅蓮の炎が一閃、『疾風斬』を斬り裂き、ガイアへと襲い掛かる。
「――っ!!」
空中では体の自由が利かない。そう、最早避けることは出来ないのだ。咄嗟に太刀でガードしようとしたが、マナの尽きた彼はもう風を纏えない。
ただの模擬刀となった太刀は砕かれ、紅蓮の斬撃がガイアの体に直撃した。
大きな爆発音と共に、彼の体は数メートル飛んで地面に叩きつけられる。
「が……はっ!!」
背中に走る鈍痛。そして胸部に走る鋭い痛み。
体が動かない。出血こそ少量ではあるものの斬撃を受けた場所は熱を帯びて、どくどくと脈打っているのが分かる。
広がる青空。湧き上がる歓声。
学校長が何かを叫んでいたが、今のガイアには聞こえない。何故なら――
敗北。
その感覚が、空を仰ぐガイアに襲い掛かっていたからだ。




