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風と歌と勝利のΔ(ラブ・トライアングル)  作者: シャクガン
第二章  変態と歌姫と裏切り者のΔ
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第15話  待たせてすまない

「ガイア……君!?」


 アリシアに跨っていた男を吹き飛ばし、仰向けに倒れている彼女の前に立った人物に、彼女は驚きを隠せないでいた。

 何故人払いが発動しているこの路地に彼が来たのか。


 困惑するアリシアに、彼――ガイアは振り向かずに告げる。


「間一髪だったな……間に合ってよかった」

「き、君がどうしてここに……」


「もう、誰かを見捨てるなんてごめんなんだよ」

「これは僕の問題だ……君は下がって……ぐっ!」


 アリシアは言いながら立ち上がろうとしたが、激痛に顔を歪ませ再び背中を地面につけた。


「おいおい、誰だよ俺の邪魔をしたのはぁぁ!!」


 仄暗い路地に浮かぶ男の姿。着ている鎧は紛れもなく王国騎士のそれ。そして、その叫び声には明確な怒りが籠っていた。

 こいつが昨日の事件を起こした犯人か。いや、それだけではない。1年前に何人もの女性を殺し、アリシアに変態仮面として活動することを決意させた殺人鬼。


 ガイアは思わず唾を飲み込んだ。

 そして、刀の切っ先をこちらに近づいてくる殺人鬼に向けたまま、


「お前が昨日の事件を起こした犯人だな」


 だが、歩く殺人鬼はガイアの言葉に答えない。こちらを睨みつけ、ぶつぶつと呟きながら右手に持った小刀をくるくると回している。


「ったく、変態仮面だけ釣るつもりが面倒なことになったなぁ……男は趣味じゃないんだよ」

「……答えろ! お前が昨日の事件を起こした犯人なんだな!?」


「ピーピーうるせえんだよ餓鬼ぃ……邪魔するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 お前の言の葉など、聞くつもりはない。そう伝えるかの如く、殺人鬼はこちらに向かって駆けてきた。片手に握る小刀には怒りを象徴するかのような炎が灯っている。

 戦いのゴングは既に鳴っていた。ガイアも口を固く結び、太刀を構えて駆けだす。


 敵は王国騎士の鎧を身に纏っている。仮に殺人鬼の正体が王国騎士であっても、そうではなく近場にいた王国騎士を殺して奪ったものであっても、いずれにせよ彼の実力は王国騎士級のものであることに変わりはない。


 すなわち。


(殺さないように、とか言ってる場合じゃない……殺すつもりでやる!!)


 2つの刃がぶつかる直前、殺人鬼は纏った炎を斬撃として放つ。だが、この程度の攻撃であればガイアは当然に対応できる。風の刃を放つもよし、風を纏った太刀そのもので弾くもよし。ガイアがとったのは後者の行動だった。


 しかし、次の瞬間炎の斬撃はガイアの太刀をすり抜け、彼の体にぶつかった。


「ぐっ――!?」


 制服のおかげで体を切り裂かれることは無かったが、その衝撃で彼の体はのけぞってしまう。

 一瞬の隙。そしてガイアの得物は太刀。体勢を復帰させようにも、殺人鬼の小刀のスピードには敵わないだろう。


 だから、彼はのけ反った勢いに逆らわず、太刀を指で握るように持ち替えてバク転した。その途中、彼が起き上がるのを狙ったであろう殺人鬼の攻撃が腹の上で空を斬った。


 立ち上がったガイアは更にバックステップ。そこに炎の斬撃が3つ飛んできた。

 今度は彼も風の斬撃を放つ。だが、炎の斬撃はそれさえもすり抜け――


「がぁぁぁぁぁ!?」


 2つは制服に当たった。最後の1つは彼の左腕を切り裂いた。凄まじい熱と痛みが脳に直接伝わってくる。

 それに、呻いている暇などなかった。


「おらおら、死ねよクソ餓鬼!! 男なんかいたぶる価値もねぇ!!」


 無数の斬撃が、次々と。

 その全てがガイアの太刀をすり抜け、彼の体を襲う。


 制服は徐々に焦げ付き、彼の肌には朱色の絵の具が塗られていく。

 ガイアはようやく殺人鬼の使う技を理解した。しかし、だからと言ってどうすることもできない。


(あいつの斬撃は対象以外を貫通する……だが、もし対象が『俺』じゃなくて『人間』だったら)


 今、彼の後方にはアリシアがいる。万が一対象が『人間』だった場合、ガイアが避けるとアリシアに当たる可能性がある。


(くそ、痛ぇ……このままじゃ死ぬ! 何か、あいつが何を対象にしているのかが分かるものはないのか!?)


 激痛に耐えながら必死に考える。そして、殺人鬼の叫ぶ言葉に気づいた。


「早く死ねよぉぉぉぉ! 俺のお楽しみの邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 思い返せば、殺人鬼はずっとガイアに対して怒りをぶつけていた。その怒りの意味は何だ。あいつは何に対して怒りを抱いている。


「……お、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 全身の痛みに歯噛みしながら、ガイアは真っ直ぐ駆けだした。そして見えるだけの斬撃を紙一重で避ける。もちろん避けきれないものもあったがそれらは全て制服に当たるもの。生身に当たるのを回避し、ようやく彼は殺人鬼を自らの間合いに捉えた。


「――っ!」


 ガイアの接近に驚いた殺人鬼は逆袈裟に振るわれたガイアの太刀に小刀をぶつける。次の瞬間、小刀が纏った炎が風に舞った。

 ただ、鍔迫り合いは長くは続かない。


 すぐさま殺人鬼はガイアの腹部に前蹴りをし、彼を吹き飛ばす勢いで自分も後ろへ下がって距離をとる。


「しぶといなぁ。いい加減くたばれよ餓鬼」

「やっぱり、お前の魔法は1つの目標にしか当たらないんだな」


「あ?」

「その魔法の対象は『人間』とか『紙』とかいう広い概念じゃない……『目の前の人間』だとか『そいつがもってる刀』だとかの特定の物しか指定できないんだ」


 制服には当たるところを見ると、完全にそのモノだけを攻撃するわけではなく一定の範囲はありそうだが、これで分かった。ガイアが避けてもアリシアには当たらない。


 現に、彼女は後方で戦いに加わるため必死に起き上がろうとしている。

 つまり、ガイアは普通の戦いが出来る。


「それが分かったからって、どうなるってんだよ」


 そう、これは殺人鬼の魔法の攻略法ではない。単なる分析だ。


「もう面倒くさいんだよ餓鬼。いい加減……死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 叫びに呼応するように殺人鬼の小刀の炎が大きくなる。歪む周囲の景色が、その炎がどれほどの熱なのかを語っていた。


 それを見たガイアのイヤリングが揺れた。しかし、先ほどの蹴りでガイアと殺人鬼の間には距離が出来ている。再びガイアの間合いに持ち込むには、またあの炎の斬撃を避けきらなければならない。それも、その威力は以前より強くなっている。


(ここは狭いから真っ直ぐ駆けだすしかない……でもあれを避け続けるのは体力が持たない。どうすれば――!!)


 気づけば、殺人鬼が叫びながら小刀を振り回していた。無数の、短くも巨大な炎が迫る。



 ――常識はぶち壊していかなきゃ!



 思い出したのは、1人の少女の言葉。あの金髪の王女様は、その前に何と言っていた。


(……やるしか、ないか!!)


 『それ』を、ガイアはやったことがない。そもそも、路地裏で戦ったことなどないのだから。それでもこの状況を打破するためには『それ』しかない。


(動いてくれよ俺の体……)


 意を決し、ガイアは前に進む足を横に向けた。そして、足元に向けて太刀を振り風で体を持ち上げる。次に足をついたのは、この場所を狭い場所たらしめている壁だった。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 動け。動け。

 歯を食いしばりながら彼は壁を走る。放たれていた炎はどれも虚空に消えていった。


「なっ、はぁっ!?」


 殺人鬼はガイアの行動に驚き、慌てて彼の方に向かって炎の斬撃を放つが、最早後手。炎はむなしくも壁をすり抜けて消えていく。


(まだだ、ここで近づけてもあいつのそもそもの実力に押される。だったら、常識をぶち壊してやるさ!!)


 太刀を構え、ガイアは風の刃を殺人鬼に向けて放つ。直後、彼は踏み込む足で壁を思いっきり蹴り、宙へと飛び上がった。


 そして、足元で太刀を振ることでさらに上空へ。

 殺人鬼の真上に到達した瞬間、ガイアは体を捻り太刀の切っ先を殺人鬼の脳天に向けた。


「喰らえ……喰らえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」


 墜ちる。重力に従って、彼の体は下へ下へ。

 太刀に纏った風は殺人鬼の脳天が近づくほどに威力を増す。殺人鬼はと言えば、先にガイアが放った風の対処に行動が遅れ、頭上のガイアに対して驚愕していた。


 だが、それだけでは終わらない。殺人鬼は決死の思いで小刀を頭上に構え、巨大な炎を纏う。

 そして太刀と小刀が激突した。


 爆発音のような音が路地に響く。

 ただ、結果は見えていた。かたや落下によって威力を増した一撃、かたや急ごしらえの防御。当然、炎は風に散らされ、殺人鬼の体は吹き飛ぶ。


 同時に、ガイアの太刀は地面に突き刺さり彼自身は片膝をつくような体制で着地した。轟音が響き、地面は抉れ、その破片が宙に舞う。


「はぁ……はぁ……どうだ!」


 例えるなら、上空から降ってくる槍。その衝撃は『疾風斬』に近いはずだ。いくら王国騎士の鎧を着ているとはいえこれほどの衝撃には耐えられまい。

 しかし、足音が聞こえた。


 アリシアの物ではない。これは殺人鬼の物だ。歩く、というより足を引きずるという表現の方が正しいか。


「餓鬼ぃ……お前、一体何者だよ……」

「そんな、これでもダメなのか!?」


 もう同じ手は使えない。逡巡していると、殺人鬼が突進してきた。

 重いタックルにガイアの体が少し浮き、続いて蟀谷(こめかみ)に蹴りが来た。そのままガイアはなぎ倒されるが、転がるようにして立ち上がり、垂直に振り下ろされる拳を回避。


 だが、体勢を立て直そうとするガイアに飛んできたのは、炎の斬撃だ。両腕に2つ、頬に2つ、足に3つ、上体に5つ。次々と飛んでくるそれらに、脳を揺さぶられたガイアは対処できなかった。


「ぐっ……があっ!」

「楽になれよ餓鬼。その制服も限界だぞ」


 言われて気づいた。先ほどから制服を着ているのに胸部や足にも鋭い痛みが走っていることに。

 原因は、制服が焦げ付き破れたことだ。


 養成学校の制服にはダメージを軽減する防御魔術が仕込んである。詳しい作りは省くが、端的に言えば制服そのものが魔術陣の役割を果たしているのだ。

 すなわち、制服が破ければその防御魔術は意味を為さなくなってしまう。


 全身の灼熱のような痛みにも関わらず、ガイアの体に寒気が走った。自分を守ってくれるものはもう無い。炎の斬撃は防げない。必死に避けようにも、体がついていかず直撃する数の方が多くなっている。


(畜生……もう、ダメか……)


 人払いの魔術が発動しているこの場所では、これ以上の救援は望めない。

 遂にガイアの膝が崩れ落ちた。


「……やっと限界かよ。まあ、ここまで戦った根性だけは認めてやらあ。だから……死ね!!」


 太刀を地面に突き立て、なんとか膝立ちの体を支えるガイアに近づき、殺人鬼は息を荒げながら言った。握った小刀の炎は煌々と燃え上がり、それはまるでようやく獲物にありつけるという殺人鬼の喜びを表しているかのようだった。


(ああ……もう声すら出ねぇ。何かないのか、逆転の一手みたいなやつは)


 構えられる小刀。灼熱を纏ったそれが振るわれる。



 ――その直前、1枚のカードがガイアの視界に飛んできた。



 上空で止まったそれからは巨大な水流が出現し、殺人鬼の体に直撃。そのまま彼の体は吹き飛ばされた。


「っ!?」


 驚くガイアの肩に、誰かの手が置かれた。

 紅く長い髪の毛が彼の頬をくすぐる。


「待たせてすまない……僕にも戦わせてくれ」


 その華奢な体は震えていた。白い肌からは髪と同じ色の液体が流れている。それでも、彼女の顔だけは凛々しかった。決意に満ち溢れた瞳で、真っ直ぐ前を見つめている。


「がっ……あ、アリシ……ア……?」


 アリシア・”ペルソナ”・メンダシウム。

 その決意に最早嘘など存在しない。

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