第11話 僕の命をかけてでも
後ろ髪の毛先を1本に纏められた灼熱の色した艶のある美しい髪、ルビーのように輝く大きな瞳、逆三角形の顔にぷっくりと弾力のありそうな唇。凛とした顔立ちは、真剣に眺めてみるとやはり女性らしく、しかも美人だ。
スタイルも誰もが羨むほどスレンダー。街中に出れば男女問わず彼女の姿に1度は振り振り返るだろう。
そんな女性と狭い部屋で2人きりで向かい合っている。もし彼女が変態仮面ではなかったら、ガイアも緊張していたはずだ。
「そうか、僕を誘き出すために女装していたんだね……僕はまんまと引っかかったというわけだ」
ガイアから女装の話を聞いた変態仮面は額に片手を当て、俯きながら首を横に振る。かなりショックを受けているようだ。
「まあ、お前も半ば男装してたみたいなところはあるけどな」
「……バレたのは君が初めてだよ。まさかあそこまで近づかれるとは思ってなかったから、油断した」
言いながら、変態仮面は苦笑いしていた。彼女にとって、ガイアの行動は全く予想していなかったものなのだろう。だがそれは、変態仮面の正体についても同じことだ。
「もう1回確認しておくけど、お前は女なんだよな?」
「その通りだ。全く、たとえ敵とはいえ女性の胸を鷲掴みにしたのは感心できないな」
「ちがっ、それはまさかお前が女だとは思わなくて!」
「ははは、そんなにムキにならなくても分かっているよ。これも魔術なんだ。簡単に言うなら錯覚を起こさせる感じかな。見た目を作り替えるわけじゃないから、触れられるとバレる。だから僕は女性に必要以上に近づかないようにしてるんだ」
変態仮面がタキシードの胸ポケットから1枚のカードを取り出すと、直後、彼女の胸のふくらみが露になった。あの時触った感触から大きい方なのだろうとガイアは思っていたが、タキシードのパツパツ具合を見る限り、予想よりも大きいらしい。
「その、マジマジと見ないでくれるかい……流石に恥ずかしいよ」
頬を赤くしている変態仮面に言われ、ガイアも思わず顔を赤くして目を背けてしまう。別にやましい気持ちで見ていたわけではないのだが、2人の間に気まずい空気が流れた、
「……そもそも、なんでお前は変態仮面なんかやってるんだ?」
静寂を切り裂くように、本題を口にする。
変態仮面も今までとは打って変わって真剣な表情を見せ、組んでいた足を解き姿勢を正していた。
「1年ほど前、この路地で女性が殺される事件が多発していたのは知っているかい?」
「いや、俺は最近王都に来たばかりだから聞いたことないな」
正確には、旅ばかり続けていたためあまり情報を入手していなかったと言うべきか。ヴィクトリアの情報以外のことに関して、ガイアは疎かったのだ。
「王国騎士が駆けつけても既に犯人はいないし痕跡も残っていない。王国騎士たちも最早パトロールするくらいしか対策が出来なかったくらいだ」
その口ぶりからして、犯人は未だ捕まっていないのだろう。
次の言葉を吐くのに、変態仮面の動きが止まった。何かを堪えるかのように口をギュっとつむぎ、彼女は俯いて言葉を継ぎ始めた。
「それで……僕の親友がその事件に巻き込まれたんだ。王都観光の帰りだったらしい。彼女は自分の魔法に自信を持ってたから、恐らく自分は大丈夫だと油断したんだろう。路地は危ないって知っていたはずなのにね」
案の定手掛かりを全く掴めなかった王国騎士への苛立ちと、親友を殺されたという怒り。様々な感情に支配された変態仮面は自らもその路地に向かった。親友を殺した犯人を打ち倒すために。
「僕はその犯人に接触することが出来た。まあ、向こうからしてみればただのカモだったはずだ。もちろん応戦したよ。でも、勝てなかった。向こうは炎の魔法を使っていたから、相性は最悪だったけどそれにしても完敗だったよ」
安全策として用意していた座標転移の魔術でそのばから離脱した彼女は、どうにかして被害を食い止められないか模索。
たどり着いた答えが――変態仮面。
「あの路地に入ってくる女性をすぐに追い返す。僕が先に接触すれば、奴に襲われることも無い。そう考えたんだ」
「でも、だからって変態仮面は……」
「恥辱というのは、精神的にクルものだからね。それに、これなら悲鳴もあげられやすい。まあ後は……趣味さ」
「で、王国騎士がすぐに駆け付けるってことか。っていうかやっぱりただの変態じゃねぇか」
実際、ここ1年は女性が殺される事件は起こっていない。手段がどうであれ、変態仮面の効果は大きかった。
「もちろん、よくない効果もあるんだけどね」
事件の風化。
というより、上書きと言った方が正しいのか。
最近では変態仮面の印象が強すぎて、あの事件が忘れられている。たとえ変態仮面に出会ったとしても、殺されるわけではないから大丈夫だろう。下着くらいどうということはない。
そう考える者が増えてきたのだ。故に、逆効果。
「あの殺人鬼はまだ捕まってない。それだけは揺るがない事実なんだ。だから、僕はあいつが捕まるまで止めるわけにはいかない」
これが、変態仮面の『やらなければならないこと』。所謂、大義というやつだ。
「理由は分かった。でも、その犯人はもう別の場所に行ってると思うけどな。邪魔が入らないどこかに」
「実際、あの路地以外で同じような事件が起こったという情報はない。それに、これは僕の勘だけど……やつはまだあの路地を狙っているはずだ」
「お前の言う通りだったとして、そうなると今度はお前の身が危ないんじゃないのか? 1年間も邪魔され続けてる犯人がお前を殺しに来る可能性もあるだろ?」
犯人にとって変態仮面は獲物を横取りし、あろうことか逃がしてしまう邪魔者。再び女性を殺すためにはこの存在をどうにかする必要がある。
言われて、変態仮面は肩をすくめた。深く息を吐き、深紅の瞳でガイアを見つめながら、
「その時は、僕の命をかけてでも奴を討ち果たす」
冗談などではない。彼女の瞳は、そう語りかけてきていた。
「……正直、お前を誤解してたよ。悪かった。ただの変態じゃなかったんだな」
「気にしないでおくれ。分かってくれればいい――」
「信念のある変態だったんだな」
「……変態は否定しないんだね。というかそれだと、僕が女性の下着を絶対に奪い取るという信念を持ってるみたいになるんだけど」
自ら変態仮面と名乗っている女性は苦笑していた。
ようやく、部屋の空気が柔らかくなる。
「俺も協力できないか?」
「ふむ、そうだね……僕の名前を広めてくれればそれでいい。無関係の人間を危険に晒すわけにはいかないからね」
「多分、数日間は俺もあの路地を回ることになると思う。出来るだけ人を近づけないようにするよ」
「じゃあ1つアドバイスだ」
ガイアが首をかしげると、変態仮面は両手を横に広げたまま肩をすくめ、首を横に振りながら得意げな表情で、
「女装はやめた方がいいと思うよ」
「いや、あれは不可抗力というか! 違うんだって!!」
「ははは、大方男がいると僕が現れないんじゃないかと考えての行動だろう? 正解だよ。僕は女性と一緒に男性がいたら現れない。その子を守れる人が傍にいるのなら、僕は不要だろう。あとは、男のパンツなんか興味がないからかな」
どこまでが本音で、どこからが冗談なのだろうか。掴みどころのない女性だとガイアは思った。
「じゃあそろそろ僕は仕事に戻るよ」
「ああ、最後にもう1つ」
椅子から立ち上がった変態仮面を、ガイアは呼び止める。振り返った彼女の容姿に一瞬心を動かされかけながら、彼は尋ねた。
「どうして俺の顔が分かったんだ? いくら戦ったとはいえ、髪形も違うのに」
思い返せば、不思議なことである。服装も髪の長さも異なるのに、彼女は何故ガイアをあの路地で戦った人物だと判断できたのか。
会う時間が指定されていたのなら、判断のしようがあるが今回は何の指定もなかった。ガイアだって、彼女が変態仮面だと断定できなかったのに、どうして。
すると、変態仮面はまるで当然のことだとでも言うようにふんすと大きな実が2つ実った胸を張り、どや顔でこう言った。
「一度見た女性の顔は覚えるものだろう? まあ君は女性ではなかったわけだが」
そして、変態仮面は部屋のドアに手をかける。そのまま出ていくのかと思いきや、1度動きを止めた彼女は振り返らずに、
「そういえば、君の名前を聞いていなかったね」
「ガイア……ガイア・ユーストゥスだ」
「うん、良い名前だ。もう2度と会わないことを祈っているよ」
「あ、おいちょっと待て! お前の名前は!?」
ガイアの名前を聞いた変態仮面は呼び止める彼を無視して足早に部屋から出て行ってしまった。
1人残された彼は、不満そうな表情で呟く。
「2度と会わないことを祈ってる……か。じゃあ何で名前聞いたんだよ」
ため息を吐いたガイアは1度部屋の中を見渡し、ドアを開けた。どうやら支払いはもう済んでいるらしく、店主はこちらを気にせずいつの間にか入ってきていた客と話をしていた。
店の外に出ると、眩い光が目に入る。
未だに前方にある広場ではお祭り騒ぎ。王国騎士も数人混じっているのが気になるが、これこそ平和の象徴なのだろう。
学校のことを考えると、もう少し仕事をしてほしいものではあるが。
「あ、うちの学校門限あるんだった」
広場にある時計台を見ると、割とギリギリの時間であることに気づく。どうやら変態仮面と会ってから思ったよりも時間が経っていたらしい。
流石に慌てたガイアは寮への帰路を急いだ。




