第2話 そういうのいらないから!
気持ちの良い朝。
広がる青空、日の暑さを緩和するかのように吹く涼しい風。
そんな心地よい屋上で、3人の生徒が話をしていた。
両目を隠さないように横に分けられたストレートの黒髪の少年、ガイア・ユーストゥス。耳につけた雫形のイヤリングは、彼の師匠であるゼロ・フィーニスから受け継いだものだ。
彼の正面にいる、彼と同じ色の柔らかそうな長い髪の少女がルカ・フォールティア。白いスカートからスラリと伸びるストッキングを履いた脚や、逆三角形の凛とした顔立ちなど彼女の容姿は皆が羨むものであろう。一部分を除いては(胸元に視線をロックオン)。
そして、ルカの隣にいるボブカットの金髪の少女がミライ・スペースだ。赤色のカチューシャや、宝石のような輝きを放つ灼眼からは少しだけ幼さが残っているように思える。しかし、彼女のスタイルを見ればそんな思いは吹き飛ぶだろう。
彼らが身に纏っているのは、白を基調とした高潔なる騎士をイメージさせる制服。女子はスカートのため、こちらについては騎士と現していいのか疑問ではあるが。
風に、髪や制服(主にスカート)が靡く。
「……さて、そろそろ聞かせてくれないか。ミライの力について」
真剣な表情で、ガイアは言う。
事の発端は昨日。ここ数年で勢力を伸ばしているテロ集団、『レース・ノウァエ』が学校を襲撃してきた。昨日は2度目の襲撃であったが、その目的はガイアの殺害であった。
大人数相手に苦戦を強いられたガイアを救ったのが、目の前にいる2人の少女。彼女たちが来なければ、ガイアは今ここにはいなかったはずだ。
その際、ガイアは不思議な体験をした。彼らとの乱戦の中で、ミライに唇を奪われて(?)、彼の体内のマナ量が跳ね上がったのだ。跳ね上がった、というよりも彼の体以外の場所から供給され始めたという方が正解か。
あれは何だったのか。それをミライたちに尋ねると、彼にとっては衝撃的な答えが返ってきた。
――『勝利の女神』、それが私の力の名前。
他人への、マナ譲渡。それ自体もあり得ない力ではあるが、ガイアが驚いたのはそこではない。『勝利の女神』という名前だ。
その名を、彼はずっと探していた。
師匠であるゼロと別れる際に託された言葉。それが、ヴィクトリアを守ること。ヴィクトリアとは、このイニティウム王国の王女を指すらしい。
それを、人名だと思っていた。しかし、王国騎士団養成学校にはそんな名前の少女はいなかった。彼が掴んだ情報ではここにいるはずだったのだが。
そう、実際は人名などではなかったのだ。ならば、当然見つかるはずがない。
「『勝利の女神』……俺が捜し求めてた名前と同じだ。つまりその……ミライは王国の……」
ガイアは小声になりながら尋ねる。一応の配慮であろう。この会話を聞かれるわけにはいかない。
ハリのある頬を掻き、ミライは恥ずかしそうに体をクネクネさせて答える。
「うん、王女……っていうのかな。ガイア君が探してた人と同じだと思う」
「――っ!」
何年も求めた。そうしてようやく掴んだ手がかりが、ここで実を結んだ。
確かに高揚感はあるが、それ以上に感じるものもある。
「王女、殿下」
畏敬の念。仮にも相手は王国の最上位層にいるべき存在。寧ろ、普通に接する方が難しかろう。
だが、ミライは畏まるガイアを見てうろたえていた。目を点にして、隣にいるルカと眼前のガイアとを何度も交互に見る。
「ちょ、やめてよガイア君! その、そういうのいらないから!」
彼女が大きく体を揺らすたびに2つの巨大な何かも揺れているのだが、それは無視しておこう。そんなミライはガイアを宥めながら、ルカに助けを求めていた。困惑の目を向けられたスレンダーな体形の少女はため息を吐きながら、
「はぁ……いいわよ小さくならなくて」
「でも、相手は王女だぞ!?」
「あんた、少しは考えなさいよ。あたしたちが畏まってたら、ミライが王女かもしれないってバレるじゃない。折角身分を隠してるんだから、あんたも合わせなさい。それに……友達、でしょ」
「……それは、そうだな。えっと、み……ミライ」
「っ! 何?」
「俺の目的は、ヴィクトリアを守ること。つまりは……その、お前を守ることだ。そのためにここに来た」
彼の言葉に、ミライは静かに頷く。
「だから、まあ、なんだ。これから、宜しく頼む。守るといっても、大げさにやると寧ろミライを危険な状況に追い込むから、今まで通りにな」
要するに、普通に友達として宜しくということだ。それが、今は最善なのだとガイアは悟った。
「うん、こちらこそ宜しくね!」
満面の笑顔。それは、異性は愚か同性すらも打ち砕いてしまうほどの破壊力。流石のガイアも少しだけたじろいだ。
なんかルカが睨んでいるような気もするが、ここは考えないようにしておこう。
「とりあえず、今は普通に学校生活をこなしていくしか無さそうだな」
「そうだね……じゃあ、そろそろ教室に――」
ミライがそう言って、屋上の出入り口に踵を返した直後、そのオンボロの扉が勢いよく開いた。
そして、ガイアが着ている制服と同じような格好でさらに白いマントを靡かせながら1人の男性が屋上へと踏み込んできた。
腰には剣を下げ、男性とは思えない長く美しい銀髪を揺らしながら3人へと近づいてくる。
「『白騎士』……!?」
それは、男性の通り名。驚愕する彼らを気にすることなく、男性はガイアに詰め寄りその両手を拘束するように握った。
そして、ずいっと顔を寄せ、銀色の瞳で睨みつけ、
「ガイア・ユーストゥス。話が聞きたい。私と共に来てもらおう」
困惑する2人の少女を置いて、ガイアは『白騎士』に拉致されてしまった!!
日の光が窓から差し込み、中央にテーブルと2人分の椅子が置かれているだけの部屋を照らす。まるで独房のような場所だ。
はて、独房とは。
凛とした顔立ちのガイアは、椅子に座ったまま放心していた。
「裏切り者、ねぇ……」
天井のシミを眺めながら、呟く。
『裏切り者』。
その言葉の意味は、レース・ノウァエによる2度の襲撃にある。
学校は王国騎士団直轄のもの。王国騎士が警備をしているほどだ。
それなのに、学校はレース・ノウァエの侵入を2度も許してしまった。1度目は警備の油断で片付けられたが、2度目はそうは行かない。即ち、学校の情報が漏れていた。
となれば、学校関係者の中に情報を流した者がいるはずだ。この点について、ガイアも同意見である。これは後述するとしよう。
「まあ、俺が裏切り者だって思われるのも仕方無いんだけどな」
仲間の中に裏切り者がいる!!
しかも、最近仲間に加わった奴がいる。そいつの素性はよく分からん!!
さて、誰を疑う? つまりはそういうことだ。ガイアが裏切り者だと思われるのは、至極当然。寧ろ、疑われない方が異常だろう。
加えて、レース・ノウァエが侵入したのは彼が編入してすぐ。
だが、考えてみて欲しい。
「あいつらは、特に2回目は俺を目標にしてた。なのに俺が裏切り者……はっ、こればかりは納得がいかないな」
右耳につけている雫形のイヤリングに触れながら、彼は怪訝な顔をした。
レース・ノウァエはガイアを殺すために2度目の侵入を決行した。その証拠に、わざわざガイアが闘技場に来るときを狙って襲ってきていた。
ガイアが闘技場に来ることを知っていたという点で、彼も裏切り者がいるということには納得していたが、そもそも彼自身が被害者である点で疑いには納得できていない。
大体、裏切り者が自分の仲間と戦って倒すわけがない。
だが、王国騎士の言い分はこうなのだろう。
『仲間割れだろ』
可能性としては否定できない。それに対抗できる材料をガイアは持ち合わせていない。
「……はあ」
「深いため息だな、ガイア・ユーストゥス」
ガイアがため息を吐くのとほぼ同時に、部屋に1人の男性が入ってきた。
長く、女性のように綺麗な銀髪、見つめるのも躊躇うほど整った顔。高身長でスラリとしたスタイルの彼は、早歩きで椅子に座ると、真剣な表情でこう切り出した。
「強引に連行したこと、素直に謝罪する」
「え……」
「こうでもしないと、上が納得しないのだ。2度の敵襲を許した王国騎士団が、まだ容疑者すら見つけられていないとは……流石に言えないだろう」
「それは、そうかもしれないけど……にしたってやりすぎじゃないですか『白騎士』様?」
「だから、謝罪すると言っている。それから、その名で呼ぶな。貴様に呼ばれると、痒い」
いたずらっぽく言うガイアに、男性は後頭部を掻きながら困ったように告げた。
『白騎士』と呼ばれた彼の名は、セシル・アルブス。王国騎士団の副団長にして、王国最強の騎士。『白騎士』とは、彼の通称のようなものだ。
「ガイア、私は貴様を疑ってなどいない。これは団長も同じだ。だが、先ほども言ったが上層部はそうは思わないだろうな」
突如として現れた編入生。その素性はよく分からない。そんな格好の的がいれば、注目はそちらに向く。
「だから、貴様には1つの大命が生まれた」
「……大命?」
「簡単なことだ。真の裏切り者を見つけ、自分への疑いを晴らすこと。出来る限りの協力はしてやる」
「疑いは、自分でどうにかしろってことかよ」
「端的に言えばな。一応、貴様には通常の学校生活を送ってもらうことになるが、それと併行して裏切り者を探せ。ちなみに今日から、生徒たちにもそれぞれ任務……まあ、課題のようなものだ。それを課すことになった。実践経験を積むという所か。もちろん、貴様も受けることになる」
目が回りそうだ。
つまり、今まで通りの生活をしつつ、さらに学校から課せられる任務をこなしながら真犯人を探すこと。それが当面の目標。
「もし、裏切り者を見つけられなかったら?」
「……言わなくとも、分かるだろう」
その声に、偽りはない。
もし見つけられなければ、ガイアが裏切り者として処罰されることになる。
そうこれは、ガイアの人生をかけた大命なのである。
だが、この大命が大きな事件に発展することに、この時のガイアは気付いていなかった。




