第21話 君は殺せる
多対一。それくらい、ガイアも経験したことがある。
流石に30人近くが一斉に襲ってきたことはないが、対処出来ないわけではない。人数が増えたところで、多対一における戦い方はそこまで変わらないからだ。
幾重もの攻撃に慄かず、1つ1つの攻撃を丁寧に裁いていく。もしくは先手必勝で雑魚を一気に倒すか。
いずれにせよ、勝ち目がないとは限らないのである。
リーダー格以外が、所謂雑魚であればの話だが。
故に、今の状況には当てはまらない。
「く、そぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
四方八方から迫ってくる敵は、全員が実力者であった。それぞれが自らの魔法を自在に操り、且つ連携を意識している。
誰かが正面から迫れば、次は後ろ、右そして左。剣や槍、ハンマーなど各々の武器で確実にガイアを追い詰めていく。
炎が噴出し、刃となった水が空を斬り、大地の力で強化された武器が地面を抉る。
反撃などする余裕は無い。ガイアはダンスでもするかのようにステップを踏みながら、時には風を纏った太刀で攻撃をいなし、時には屈んだり飛んだりして攻撃を避ける。
徐々に、マナはおろか体力も減っていくのが分かる。
ガイアは苦悶の表情を浮かべながらも、足を止めずに動き続けた。
(このままじゃジリ貧だ……畜生、突破口は無いのか!?)
自分の攻撃すらさせてもらえない状況で、突破口などあるはずがない。
今度は後方から炎を纏ったハンマーが襲い掛かってくる。ガイアは横に転がって避け、続いて正面から振り下ろされる土魔法で強化された大剣を太刀で受け止めた。
すぐさま両隣から追撃が来る。
太刀を大剣から滑らせるようにして自らは前転、右方左方の攻撃を逃れた。しかし、終わらない。
前転した先には槍を構えた敵が。突き出されたそれからは、熱線が放出される。回避のために転がろうと思ったが、既に退路は断たれていた。
囲まれた。
歯噛みし、舌打ちしたガイアは熱線に向かって太刀を振りぬき、風圧を飛ばす。当然これでは防げないのだが、拮抗している間に左にいたハンマーを振り下ろそうとしている青年の懐へ。
風の力で加速したガイアは間髪入れずに青年の胴を斜めに斬り裂く。これが、彼の初めての攻撃である。
倒れる青年から噴出した血はガイアの白い制服を汚す。直後、彼のすぐ後ろを熱線が通過していった。
「はぁっ……はぁっ……!」
ようやく1人。だが、まだ31人の敵が残っている。仲間が倒れたことに驚いたのか、レース・ノウァエの攻撃が一瞬だけ止まった。その間にガイアは立ち上がり、太刀を構え直す。
周りを見回すと、武器を構えている者だけでなく遠方で何も持たず両掌をこちらに向けている者もいる。恐らく、魔術使いだろう。
(キリが無い……確実に負ける! それにあのリーダーが攻撃してこないのも気になるし……)
昨日ガイアと戦った青髪の青年、ゼアスは攻撃には参加せずステージの端で薄ら笑いを浮かべながら立っているだけ。
槍の先端を地面に突き刺し、両手を添えて体重を預けている彼はガイアの視線に気付いたのか、笑顔で口を開く。
「どうして俺が攻撃して来ないのかって顔してるね。答えてあげよう……そんな必要が無いからだよ」
ゼアスの言葉を妨げないためか、彼が話し出すと他のメンバーはガイアを睨みつけつつも攻撃の手は休めていた。
「俺がいなくても君は殺せる。俺がそう判断したから、何もしないのさ」
彼の口調では、この言葉がとても軽いものに感じてしまうから不思議だ。だが、ガイアにとっては軽いものではない。
言い換えれば、『勝ちは確定している』。つまり、『ガイアはここで確実に死ぬ』。
荒い息を吐くガイアはその意味を理解していた。それでも、刃を敵に向け続ける。
ゼロとの旅で学んだことの1つ。
どんな状況でも刃を背けないこと。これは単に刃を地面に向けたり、鞘に納めることを意味しているのではない。ここでいう刃は精神的なもの。つまり、諦めないということだ。
彼のその姿を見て、ゼアスはため息を吐いた。
「この状況で諦めない、か。まあ、降参した所で君は殺すんだけど」
ゼアスが話は終わりだと告げると、ガイアを囲んでいたメンバーが動き出す。
ここで、先手を打つしかない。囲んでいるとはいえ、少しの距離がある。ここで攻撃できなければ、再び防御地獄に陥るだろう。
だから。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
全身に風を纏い、駆け出す。加速したガイアは、一気に正面にいた女性の眼前へ。
彼女がたじろいだ一瞬を逃さず、太刀を――
「ぐっ……!?」
袈裟斬りしようとした瞬間、わき腹に雷撃が。恐らく魔術使いの攻撃だろう。ノーガードの場所を突かれたガイアは横っ飛びに吹っ飛ばされる。
制服に組み込まれた防御術式により、ダメージそのものは軽減されているがその威力は打ち消せない。
地面を転がった先には、大剣を構えた大男。しかし、彼は大剣を振り下ろさなかった。転がってきたガイアを蹴り飛ばし、仲間の足下へ。
重い一撃。重量級の蹴りは、ガイアに更なるダメージを与えた。こみ上げてくる胃液を吐き出しながらガイアの体は別の敵の足に当たってようやく止まった。
しかし、それだけでは終わらない。なんとか立ち上がろうとする彼に、ハンマーが力一杯振り下ろされる。
直撃は免れたものの、衝撃波によってガイアの体は宙を舞う。そこへ、灼熱一閃。誰かの刀から放たれたであろうそれが迫る。
ガイアは空中で脇構え。無理な体勢ではあるが、仕方がない。このまま放つ必殺の刃。
「さあ、風に乗ろうぜ……『疾風斬』!!」
太刀に集まった風は、一筋の巨大な斬撃となって迫り来る豪炎をかき消し、複数の敵が集まる場所へと。結果として避けられはしたが、ガイアは着地し立ち上がることに成功した。
口元に垂れる唾液と胃液の混じった液体を袖で拭い、周囲を見渡す。
逃げ場は無い。勝ち目も無い。あるのは、敗北――否、死という結果のみ。
肉体的にも、精神的にも疲弊したガイアに巣食い始める諦めの意思。そして、死に対する恐怖。
もう、ゼロとの約束すら彼の頭からは抜け落ちていた。
(戦う……戦って、どうなる? このままじゃ苦しみぬいて死ぬだけ……だったら、いっその事……)
刃が、段々とその輝きを失っていく。
ガイアの戦意が薄れていくのを感じ取ったのか、囲んでいた敵が追い討ちをかけるように動き出す。
「――っ!?」
刀が、ハンマーが、槍が、魔術が。360度あらゆる方向から襲い掛かる。
震える唇を血が滲むほど噛み締めたガイアは、自分を鼓舞した。まだ諦めちゃいけない。勝つ必要などないのだ。誰かがこの襲撃に気付くまで粘ればいい。
たとえ闘技場での戦闘が模擬戦だと勘違いされていたとしても、どこかで違和感を感じた者が様子を見に来るはずだ。そこまで粘ることが出来れば、少なくとも死だけは回避できる。
ガイアは風を纏った太刀を構え、1回転。彼を中心として風の渦が発生した。その風圧に、襲い掛かってきた者たちは吹き飛ばされる。魔術は風に相殺され、その瞬間回転するガイアの姿が露に。
当然ながら、追撃は止まない。近づけなかった敵が再び飛び掛ってくる。
今分かるのは、『疾風斬』を放つにはタメが長すぎること。それ以上は考える余裕が無い。とにかく、まずはこの状況を打破せねばならない。
ガイアは右からくる敵に向かって太刀を振り、風圧を起こす。そして前の水の太刀の青年と衝突。彼らを中心に大きな波紋が広がった。
さらに左。突き出される槍の軌道を風を纏った足でズラした。バランスを崩した槍の主は止まりきれず、よろけながらこちらに向かってくる。それをガイアは蹴り飛ばした。
「おぉぉぉぉぉぁぁぁぁあああああっ!!」
ガイアは張り合っている太刀を押し返そうとしたが、目の前の青年も退かない。このままでは後方から攻撃を受けてしまう。一瞬の判断で、ガイアは太刀を反時計回りに回し、お互いの切っ先を地面に向けた。
直後、柄から左手を離し、青年の首元を掴んでこちらに引き寄せる。
ゴチン!! という原始的な音が響いた。ガイアが選んだのは頭突き。鼻から血を零して絶叫する青年を押し倒し、後方へ体の向きを変える。
そこには、今にもハンマーを振り回そうとしている男が。
太刀で受けとめることは出来ない。力任せに吹き飛ばされるのがオチだ。
だから、ガイアは後ろに飛んだ。これならハンマーの直撃は避けられる。代わりに、ハンマーから放たれた水が波状となって彼に迫った。太刀でガードは出来たが、その衝撃波大きく、彼の体は1メートルほど後方へ。
ここで、ガイアは自分の選択が誤りだったことに気付く。
太刀をステージに突き立てて滑り止めをした所で、背中に鋭い痛みが走った。
「がっ……!?」
正体は、槍。土の魔法で強化されたそれを、敵は突き出すのではなく袈裟懸けのように動かし、ガイアの背中を切り裂いた。
痛みに耐えながら回転して背後の敵に太刀を振り回すが、既に槍の主は離脱済み。
後は、一方的だった。
動きの鈍った彼をハンマーが容赦なく襲い、わき腹を直撃。あばらの折れる感覚と共に走る鈍痛。地面を何度もバウンドしながら、数メートル。
ようやく止まった体を起こそうとしたが、そこへ一筋の光線が迫る。ガイアは横へ転がろうとしたがそれは彼の額を掠め、あふれ出てきた血はその視界を阻む。
息つく暇も無く、ガイアが触れている地面が赤く光り、下から熱線が噴出した。
転がって避けた先でも下から炎の柱が。遠くでは魔術使いが地面に手を当てながら詠唱しているようだ。
転がり転がった場所。
もう熱線は湧いてこなかった。代わりに、生まれたての小鹿のように体を震わせながら立ち上がろうとするガイアを、数人が囲んだ。
「チェックメイト、ってとこか?」
複数の得物が突きつけられる中、そんな言葉が聞こえてきた。声の主が歩いてくると、囲んでいた者たちが1人分のスペースを空ける。
ゼアス。彼が、哀れむようにガイアを見下ろす。
「よく粘った方なんじゃないか? この人数でここまで苦戦させられるなんて予想外だ。ところでさ、そろそろ違和感に気付かないか? たとえば……どうして誰も様子を見に来ないのか、とか」
「…………」
言われてみれば、確かに。
もう長いこと戦闘が行われているというのに、警備の騎士はおろか学校の教師すら駆けつけてこない。
「簡単なことさ」
ゼアスが爽やかな笑顔で言い放つ前に、ガイアは答えにたどり着いていた。絶望に、彼の表情が歪んでいく。
「人払いの魔術。流石に結界張ると膜が見えるからな。さて問題……この魔術の効果は?」
人払い。基本的な魔術の1つではあるが、その効果は使い方によっては術者を優位に立たせる。簡単に言えば、その場に用の無い者(つまり、近付く意思の無い者)を絶対に近寄らせないというもの。
厳密には用の無い者の認識からその場所を疎外させる。
だから、そもそもこの場所が模擬戦闘に使われるとしか思っていない者たちはここには来ないのだ。
「分かっただろ、チェックメイトとはこういう意味なんだよ」
「……くそ。くそぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!」
立ち上がろうと両腕に力を込めるが、上手く行かず滑って顎を地面で強打してしまう。
今のガイアには、歯噛みし、絶叫し、ゼアスを睨みつけるしかできない。
「ははは、残念だったなぁ少年! もう、君は、終わり、なんだよ!!」
邪悪な笑顔。醜く淀んだ瞳が、ガイアを弄ぶ。
「希望など無い、さあ殺せ。そろそろ撤退するぞ」
そう指示を出したゼアスは背を向け、離れていった。彼が抜けた穴を埋めるように、他の仲間がお互いに近付く。
向けられる無数の得物。
逃げ場も、対抗策も、希望も失われた。
しかし。
希望は、何も自然と存在しているものだけではない。
時としてそれは、誰かから与えられるものである。
思い出して欲しい。人払いの魔術にどのような性質があったか。
その時、闘技場に声が響いた。
「ガイア君!!」
この闘技場に用のある者たちが、いたではないか。




