第17話 自慢だけど
ベッドの横にある大きめの窓から、心地よい朝日が差し込む。
いや、彼にとっては煩わしい、だろうか。目を擦り、辛うじて開いた瞳は光に眩み、ガイアは光を避けるために寝返りをうった。
眠気を我慢しながら起き上がると、ぼやけた視界に入ってきたのは誰もいない、いつもの光景。
「……またか、イカロス」
誰もいないのがいつもの光景、というのは2人部屋の学生寮では稀有。早朝の自主特訓を行うにも、流石に6時という時間は早すぎるだろう。
廊下に設置してある洗面台に向かったガイアは、欠伸をしながら昨日の夜のことを思い出していた。
「歓迎会、か……楽しかったな」
ガイアには友人と言うものがいなかった。もちろん、ゼロと旅をする中で同年代の者たちと話したことはあったが、彼自身すぐにその町を去ってしまうため友情が芽生えることは皆無。
だからこそ、彼らの厚意がより温かく感じる。たとえあれに皆の不安を取り除く目的があったとしても。
同時に、だからこそイカロスにかける言葉が見つからない。彼は独りを好んでいるかのようだった。こんな時、友人なら、ルームメイトならどのような言葉をかけるだろうか。
ガイアにはまだ分からない。
「……つか、ちょっと起きるの早すぎたな。うーん……そうだ、ランニングでも行ってみるか」
思えば、ここ数日忙しすぎて(?)ゼロと旅していた時から続けていたトレーニングをしていない、と彼はようやく(!)思い出した。
そもそも、魔法が使えるからと言って本人の体力や筋力が0では意味が無い。だから、ゼロはガイアが旅に同行し始めた頃から基礎体力強化のトレーニングを毎日欠かさずにさせていた。
決意したガイアは洗面台の横のタオルで濡れた顔を拭き、部屋に戻る。
「確か、トレーニングウェアも貰ったっけ」
学校長から支給された服は、制服の他にもう1種類。学校外で唯一身に着けられる制服ではないもの、それがこのトレーニングウェアだ。
胸の部分に校章があるだけの白い半袖シャツと膝まで隠れる藍色のハーフパンツというとても簡単なものではあるが、動きやすさは制服以上だ。
とはいえ、正直ダサい。それに通常の制服でもトレーニングは行えるため、これを使う者は少ない――らしい。
「ダサいって自分で言う辺り、学校長はどこかおかしいと思うがな」
ぶつぶつ言いながら、彼は学校長公認のダサいトレーニングウェアに着替える。部屋の中で少しだけ準備運動をして廊下に出ると、同じタイミングで隣の部屋から出てきた少年と目が合った。
「お、えっと……確か、ロッドだっけ?」
「ロイドだよ。人を杖みたいに呼ばないでくれ……」
四角い青縁眼鏡が特徴の青髪男子。男にしては身長が低く、体も華奢だ。制服をきっちり着こなしており、高潔な騎士を目指す意識の高さが伺える。
彼らは共に階段を降りていく。
「ところでガイア、君はどうしてトレーニングウェアを?」
「ああ、まだ学校始まるまで時間あるし、ランニングでもしようかなって」
「流石は期待の編入生……それなら、学校の周りを走るといいんじゃないかな。うちの学校広いし、警備も強化されてるはずだから、その辺が安全だよ」
何故か悔しそうな表情を見せたロイドは眼鏡を弄りながら、情報を与えてくれた。その直後、僕もやったほうがいいんだろうかでも適材適所と言うし、とか俯いてぶつぶつ言っていたが、ガイアは突っ込まなかった。
「ん、そう言えばロイドはなんで下に?」
「この時間でも朝食は食べれるからね。少し食べてから学校の自習室に行くつもりだよ」
なるほど、これぐらいの時間から準備しなければ自習室は取れないのか。そう聞いてみたが、ロイドから返ってきたのは否定の言葉だった。
「いや、そうでもないよ。寧ろ僕は勤勉な方じゃないかな」
「勤勉って、自分で言うものじゃないと思うんだが……」
得意気に言うロイドに、苦笑するガイア。
確かに、まだ登校しようとしている生徒はいない。もし自習室の競争率がそんなに高いのなら、イカロスの行動にも合点がいったのだが。
「じゃあ、僕はここで。ランニング頑張ってね」
「ああ、ありがとう」
ロイドと別れたガイアは無駄に大きな木製の扉を開け、外に出る。寝起きでは恨めしかった太陽の光による、彼の瞳への攻撃も今は心地いい。
もう1度準備運動。大きく深呼吸。
「よし、行くか!」
最初は早歩き、徐々にそのスピードを上げていく。手の動きも加わり、寮が見えなくなる頃には完全にランニングの形となった。
しっかりと呼吸でリズムを取りながら、ガイアは学校に向かって走っていく。
恐らく昨日の夜から周辺の警備をしていたのであろう騎士たちが、欠伸をしながらこちらを見ていた。なんか、若いっていいなー的なことを言っている気がするが、いやお前たちは俺以上に体力無いといけないんじゃないかとガイアは思った。
学校の周辺までたどり着いたのは3分後。隔てる高い壁に沿うように外周を走る。
数分後、彼は見知った後姿を発見する。
「あれは……ミライか?」
さらさらの金髪から振り撒かれる汗は瑞々しく、何故かいい匂いがしてきそうだ。ガイアと同じくトレーニングウェアを身に着けており、細い体を上下にリズムよく。
ガイアは少し躊躇ったが、思い切って声をかけてみた。すると、後ろからかけられた声に振り返ったミライは笑顔で小さく手を振ってくれた。
ガイアは彼女と並走し始める。
「はっ、はっ……ミライはいつも走ってるのか?」
「うん、ほぼ毎日、この時間帯にね。ガイア君は初めてかな?」
お互い、チラチラと視線を合わせる。
だが、ガイアの視線はたまに彼女の顔よりも下に向くことがあった。
彼の名誉のために言っておくが、ガイアも一応思春期の男子。隣で走っている女子が、たわわに実った魔性のお山を2つも揺らしていれば目が向かないわけがない。
幸いなのは、ミライがそれに気付いていないということか。いや、もう1つ。ここにルカもいたらぶん殴られてたかもしれない。
「学校に入って、初めてのランニングかな。師匠と旅してた時は毎日欠かさなかったんだけど……」
「ふーん。なんでちょっと顔赤いのか気になるけど、でも流石だねガイア君。やっぱりあの強さの秘訣は基礎トレーニングかぁ」
楽しそうに微笑む少女。しかし、ガイアはこの時点で気付いていた。
彼としても結構スピードを出しているのに、ミライは涼しい顔で並走しているのだ。毎日走っているというのは、伊達じゃないらしい。
「中々やるな、ミライ……」
「ガイア君こそ。自慢だけど、私は男子とも張り合えるくらいの体力あるんだよ?」
お互い、ニヤリと笑い、加速。ぐんぐんと景色の移動する速度が上がる。
足音が連続し、彼らのスピードに警備の騎士たちは驚いているようだ。
「えへへ……じゃあ、そろそろ本気出すね!」
「……はぁっ!?」
正直、ガイアは既に全力で走っていた。なのに、ミライは未だに涼しそうな表情。その言葉は、ガイアに恐怖を与えた。
この少女、侮りがたし。
しかも、言葉で表現出来ないほどの圧倒的な速さ(乳揺れ率上昇)だ。
視界を遮る大量の汗、徐々に地を踏みしめる力が弱くなる足。ミライとの距離がどんどん大きくなっていく。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。いくら数日運動をサボったとはいえ、流石に可憐な女子に追いつけないのは悔しいではないか。
「う……ゲホゲホッ!! う、おぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!!」
今こそ、己の限界を超える時――!!




