第16話 露骨なサービスシーンも
部屋の電気が点いている。ガイアに電気を点けっぱなしにしていたという記憶が無い以上、それは誰かが既にここにいるということを示す。
更に言うと、ここは学生寮で2人部屋。ならば、自ずと部屋にいる誰かの正体は見えてくる。
「イカロス、帰ってきてたんだな」
部屋に入り、机に座っていたイカロスに声をかける。筋骨隆々の大男は振り返らずに、肯定の返事をした。それは簡潔で、これ以上会話をする気は無いという意思表示のようにもとれる。
だが、こうやってイカロスと話せる機会は中々無い。同じ部屋だというのに、この2日間で交わした会話といえば、初めて会った時の数秒程度だ。
ガイアは大きな背中を見せたまま何かを書いているイカロスに続けて話しかける。
「なあイカロス、今日は大変だったな」
「…………」
「つーかお前、どこにいたんだよ。学校にいなかったのか?」
「…………」
返ってくるのは沈黙。
ガイアは肩を落としながら、反対側にある自分の机へと向かう。
「どうして、何も答えないんだ?」
振り返らず、なるべく低いトーンにならないように。
「……話す気がないからだ」
お互いに相手を見ようとしない。次第に、部屋の中を重い空気が支配していく。ガイアは机を撫で、それ以上何もせずにベッドに寝転がった。
話す気がない、と言った相手に対してさらに会話を続ける手段を彼は知らない。下手なことを言えば、それこそ本当に何も答えてくれなくなるかもしれない。ならば、最善の方法は。
仰向けに寝転がったまま、赤髪の大男に視線を向ける。彼は黙々と作業を続けていた。こちらのことなどお構いなし。
(前途多難……なんか、そんなレベルの話じゃない気がしてきた)
イカロス・プロディティオー。
謎に包まれた彼は、しかし、その背中がどこか悲しそうで。
学生寮はそれぞれの部屋にお風呂が設置してある。しかも、バスユニット付き。加えて、1人で使うにはいささか広い。イコール、2人で入ることも出来るということだ。
1人が風呂に浸かっている間にもう1人が体を洗う。当然のことだが、2人で背中の流し合いや一緒に風呂に浸かることも可能だ。
ところで、年頃の乙女2人が一緒に入っている浴室にはほんのり湯気が立ちこめていた。換気扇は動いているが、どうやら張った湯の温度が少しばかり高かったらしい。
証拠に、先に湯に向かった金髪の少女は高めの温度に体を馴染ませるようにゆっくりと浸かっていく。
「ご、ごめんミライ。温度設定間違ってたみたい」
「別にいいよ。これはこれで気持ちいいし」
引き締まった美しい体、細い腕が持っているシャワーの音が浴室に木霊する。ルカの黒髪が上から流れ落ちてくる水分を床に流れ落としていく。
「なんか、今日は色々あったね。怖いことも、楽しいことも」
ミライは手を組んで両腕を上に向けて伸ばす。背伸びの快感に身を震わせ、思わず声が漏れた。
「んー……」
「ねえミライ、本当にあれで良かったの?」
シャワーを止めて、高そうなシャンプーのボトルを2回プッシュ。髪を丁寧に洗いながら、ルカはそう問いかけた。
「あれって?」
「……あんたのことよ。まだあいつが信用できるって決まったわけじゃないのにヒントを与えるようなことして、本当に大丈夫なの?」
目に入りそうになる泡にまぶたを閉じ、薄めでミライを見る。彼女は人差し指を顎に当てて天井を仰いでいた。
「ガイア君は、悪い人じゃない。悪い人だったら、屋上で私たちを守ってくれるわけないもん」
「でも……」
「それに、ガイア君がいい人だってことはルカが1番知ってるはずでしょ? 何てったって、ルカのお気に入りの男の子だもんね」
その言葉に、ルカは思わず目を見開いた。直後、泡が目に入った彼女は短い叫び声を上げて、反射的に目を強く閉じてしまう。染みるような感覚が無くなるまで、彼女は俯いたままじっと我慢していた。
「そうやって照れちゃう所、単純だよね」
「どういう意味よ!」
ようやく目を開けれるようになったルカは涙目でミライを睨む。
「べ、別にあいつのことお気に入りってわけじゃないし」
「へー、でも編入試験の時にガイア君を見てからルカの様子がおかしいから、気になってるのかなって」
「違うしっ。あの『白騎士』から合格を勝ち取った存在だから……そう、ライバルよライバル! 大体、ミライだってあいつのこと気にかけてるじゃない」
「それは、それ。これは、これ」
両手で箱を持つようなジェスチャー。それを横に置く動作をミライは2回繰り返していた。
髪を洗い終え、泡をシャワーで流しながら(顔の泡は念入りに)その動作を見たルカは思わずため息を吐く。
「殆ど変わんないわよ、あたしもミライも」
「えへへ、そうかな」
「なんで嬉しそうなのよ」
「なんとなく」
ルカは次に体を洗うために、シャワーの近くにおいてあるタオルを手に取る。と同時に、ミライがお湯から出る音が聞こえた。驚いて視線を向けるが、そこに彼女の姿は無い。
代わりに、ルカの決して豊満とは言えない胸部の小さな膨らみを、後ろから伸びてきた2つの手が鷲掴みに。
「ひ――っ!?」
「うむ、少し育ってる気がするね。いい傾向である」
「な、ななな……はぁぁぁぁっ!?」
頬だけでなく、おでこの天辺まで真紅に染める貧乳少女。対し、豊満少女はニヤニヤしながら両手を動かしていた。自分の顎をルカの肩に乗せ、耳元から声をかける。
「いやあ、ルカのは柔らかいね。まあ、揉み応えはまだまだだけど」
「喧嘩売ってんのかしら……? じゃなくて、ちょ、止めなさいよ!」
「露骨なサービスシーンも偶にはあったほうがいいでしょ?」
「誰に向かって言ってんのよ! しかもそんなの必要な――ひゃんっ!?」
「お嬢さん、ここが弱いんだねぇ……」
「どこのエロオヤジよあんた! っていうか、さっきから背中に当たってるの地味に不愉快だから離れてくれる!?」
「ふっふっふ、甘いねルカ。当たってるんじゃなくて押し付けてるのよ」
そう言って、ミライはさらに体を押し付けてくる。密着しているが故に分かる彼女のすべすべの肌。何より、故意に押し付けてくる2つのお山。極めつけに、ミライはルカの耳に向かって優しく息を吐いてきた。
全身が、震える。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!! み、ミライぃぃぃぃぃぃっ!!」
「きゃー、ルカが怒ったー」
棒読みで言いながら、ミライは楽しそうにルカから離れ湯船に戻った。もう温度に慣れたようで、今度は一思いに浸かる。
「ぜ、絶対許さない……!」
「あはは、落ち着いて落ち着いて。次は私が体を洗う番だから」
「絶対何もしないしっ!」
子どものように頬を膨らませ、先ほどとは原因が異なる涙目でミライを睨むルカ。ミライとは距離があるにもかかわらず、華奢な腕で上半身を隠している。
「素直になった方が可愛いのになぁ、ルカは」
「余計なお世話よ」
ようやく警戒を解いたルカは体を洗い始めた。束の間の静寂、聞こえてくるのはタオルがルカの柔肌を擦る音と換気扇が回る音。
あまりにも静か過ぎる。気になったルカは湯船に目を向ける。そして、静寂の原因を突き止めた。
「……寝てるし」
よく耳を澄ますと、ミライは小さな寝息を立てていた。全身の力を抜き、頭を湯船の端に預けたまま、すやすやと。
「昔から、変わらないわよねミライの自由な所」
ルカは言いながらため息を吐く。あれだけ好き勝手してきたくせに、今はおとなしい。だが、彼女は憎めない性格である。
「これから、どうなるんだろう……あたしたちの生活」
レース・ノウァエ。
あのテロリスト集団はヴィクトリアという生徒が学校にいると確信しているらしい。となれば、再び襲撃してくることも容易に考えられる。
学校だけではない。普通に町を歩いている時に襲われることだってあり得るのだ。今度は、自分だけの時かもしれない。
だとすれば、強くなる必要がある。今以上に、肉体的にも、精神的にも。特に後者に関しては深刻な問題と言えよう。
「悔しいけど、あいつみたいには戦えない。誰かを守りながらなんて……」
それでも、いつかは立ち向かえるように。逆に、あの少年に借りを返せるほどに。
「……あいつ、本当に覚えてないのかな」
「ニヤニヤ」
唐突に聞こえてきた笑い声(と言うべきかは疑問だが)。驚いて声のした方を向くと、ミライが口に手を当てて肩を震わせていた。
「なっ、あんたいつから起きて……!」
「『……寝てるし』」
「最初からじゃない!」
怒号と、楽しそうな笑い声が浴室に響く。
さて、少女たちの花園を覗くのはここまでにしておこう。続きは秘密だ。
夜は更け、新たな朝日が昇る。
波乱の1日が終わり、今までとは違う日常がここから始まる。




