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風と歌と勝利のΔ(ラブ・トライアングル)  作者: シャクガン
序章  ゼロとガイア
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第2話  お前の力試しだ

 ゼロはガイアの師として、且つ親として共に旅を続けていた。

 前者としては過去に一度経験があったため問題はなかったのだが、後者については彼も四苦八苦している。


 それでも3年。

 彼らは山を越え谷を越え、様々な町を歩いた。その合間にガイアに剣術を教えている。


 指南していくうちに分かったのだが、どうやらガイアはゼロと同じ風の魔法を使えるらしい。だから、ゼロは彼に太刀を与えた。


 風だから太刀というわけでなく、そうする方がゼロとしても指南しやすかったからだ。自分が使わない技を教えるよりは遥かに楽だろう。


 その甲斐あってか、ガイアも強くなった。もちろんまだゼロには到底及ばないが、そこら辺のゴロツキになら対処出来るはずだ。


 ゼロは彼の成長速度に驚き、評価し、そして畏怖していた。いつか自分を超えるかもしれない。それは師としては嬉しくも、1人の人間としては悔しく。


 だから、ゼロも自分の修行を並行して続けている。結果的に、ガイアの存在は彼にとってもプラスとなったと言えるだろう。


 お互いを高めあう。

 師と弟子、というよりはライバルに近い関係か。


 さて、彼らは現在とある町で休んでいた。

 辺境の町で、家や出店などが並ぶばかり。煌びやかなものなど有りはしない。


 だが、人々は優しく、旅人である2人にも寛容に接してくれた。

 マントローブで全身を覆っていて怪しいこと極まりないのによく受け入れてくれたものだ、とゼロは心から思う。


「それにしても、風が心地いいな。お前の故郷に近づいた時に感じたのと同じくらいに」

「俺の……故郷」


 宿の一室。狭くも無く広くも無い。

 2人分置いてある、決してふかふかとは言えないベッドに腰掛けながらガイアは少し寂しそうに呟いた。


 彼ももう10歳。顔つきも少しずつ大人びてきており、くりくりだった目も頼もしく見える。

 窓を開けて風を楽しんでいたゼロは、失言だったかと思ったが出してしまったものは仕方がない。そう考えて、言葉を継いだ。


「この3年で、お前は強くなったよガイア。それこそ、故郷に戻ってもいいくらいだ。さすがに復興も進んでるだろうし……お前は歓迎されるぞ」


 これは本心。

 10歳とはいえ、もうガイアは一人前になったと言えよう。このままいつ終わるかも分からないゼロの旅に同行し続けるよりは、故郷に戻って平和に暮らした方がいいのではないか。


 だが、ガイアは否定した。


「俺は、師匠と一緒に行きます。それは、変わりません。それに……今更引き返すのも嫌ですし」

「……はは、そうか。お前がそう言うのなら、俺はそれを尊重する」


 実は、ゼロは旅の目的をガイアに教えていない。きっと、言っても理解出来ないと思っていたからだ。

 しかし、もう言ってもいいのかもしれない。今の彼ならば、理解してくれるかもしれない。


 そう思い、口を開こうとした瞬間、彼は心地よい風に似合わない景色を目の当たりにしてしまった。

 すなわち。


「ガイア、マズいことになってる。行くぞ!」

「師匠……まさか、山賊が?」


「そのまさかだ。そうだな……お前の力試しだ。全力で行けよ」

「っ! 了解!!」


 外から激しい音や、悲鳴が聞こえてくる。どうやら何人かが山賊と戦っているようだが、状況は分からない。


 高ぶる気持ちを抑えて後ろをついてくるガイアを一瞥し、ゼロは外に出ないよう制止しようとする宿の主をかわしてドアを蹴り飛ばした。


「これは……」


 多い。

 目の前の通りだけでも、3人の山賊。この町は家々が建ち並び、どこも狭い通りになっている。そのため、全体像は見えないが、聞こえてくる戦闘音から少なくとも敵は10人。


 いくらゼロが強くとも、全てを倒している暇は無い。


「案の定だが、ここの自警団も苦戦しているし……仕方がない、か」


 振り返らず、ゼロはガイアに告げる。


「ガイア、ここの3人はお前が倒せ。俺は他の場所の支援に行く。力試しが、完全な実戦になって悪いな。死ぬなよ」


「任せてください師匠」

「……風に乗れ。そうすれば勝てる」


 直後、ゼロが抜いた太刀が緑色の光を発した。そして、太刀を中心として風の渦が出来上がる。それは彼の体をも包み込む。


「間に合ってくれ!!」


 瞬間、強い風とともにゼロの体が消えた。これが彼の成長の1つ。最早、彼自身が風となっているようにも思える。


 彼の予想通り、別の路地でも戦闘が起こっていた。ここでは4人の山賊。

 出来るだけ早く片付けてガイアの支援に行かねばならない。そんな焦りを抑え、彼は通りを駆け抜けた。


「な、なんだこの風!?」


 疾風一閃。

 屋台の天井にかかっている布を吹き飛ばし、山賊やそれと戦う屈強な男たち、そして身を隠している者たちの衣服を激しくはためかせ、ゼロは通りの中心で止まった。


 マントが揺れ、その姿に全ての人間が釘付けになる。

 そして。


「俺が相手だ、山賊ども」


 自警団は疲弊している。その言葉は、彼らに対する退けという意味も込められている。それを理解した男たちは周りに隠れていた者たちを抱きかかえたり、誘導したりしてこの場から離れさせた。


「おいおい、テメエ1人かよ?」

「うるさい。時間が無いんだ……黙ってろ!!」


 一瞬の出来事だった。

 たった1人の援軍に嘲笑を浮かべていた山賊たちが、1人、また1人。次々と道を赤黒い液体で汚しながら倒れていく。


 その度に周りには強い風が吹き荒れる。


「え……はぁっ!?」


 最後の1人。

 無精髭(ぶしょうひげ)を蓄えた男は腰を抜かし、道に座り込んでしまった。握っていた短刀を無意識のうちに手放し、がたがたと体を震わせている。


「去れ。俺は無駄に命を散らしたくはないんだ」

「あ、ああ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 恐れを感じた人間がとる行動は3つ。

 逃げるか、がむしゃらに立ち向かうか、それとも体を動かせずその場で震えるか。


 山賊は3番目だった。叫んだものの、体が言うことを聞かない。ゼロはそんな山賊を睨みつけ、別の通りに移動した。


「急げ、急げ! いくらガイアが強くなったと言っても、もし敵のボスなんかと鉢合わせになったら!」


 今のガイアなら、最初の3人くらいは既に倒しているはずだ。となれば、彼も別の山賊を倒そうと動くはず。そこでこの集団を率いる者と出会ってしまったら。


 ゼロの脳裏には、ガイアと出会った町での戦いが浮かんでいた。

 あの時、山賊を率いていた大男は強かった。あのような、場数を踏んでいる輩に勝てるほどガイアは強くない。


 いや、強くないというのには語弊があろう。

 場数が足らないのだ。だから、実力を発揮出来ない。ゴロツキはその程度で倒せても、ボスレベルは。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 風が、町を駆け抜ける。












 一方、ガイアはゼロの予想通り最初の3人を倒していた。

 ゼロほど軽快にはいかなかったが、それでも彼の年齢ならば王国からの表彰ものだ。


 その後、ガイアは他に襲われている人がいないか探すべく、ゼロが向かった方向とは逆方向に向かって走った。たまに聞こえる激しい音、そして天高く舞う布や屋台の食べ物。


 全て、ゼロによるものだろう。

 ガイアは誇らしくなった。自分は、こんな人に剣術を教わっているのだ。


「へへ、へへへ……!」


 笑ったのも束の間、通りを曲がるとゼロよりも大きな男がいた。山賊らしからぬ豪華な甲冑。

 ハンマーを構え、向かってくる男を軽々となぎ払う。彼が向かうは、角で怯えている親子らしき2人。


 逃げ遅れたのだろうか。

 母親と、ガイアと同い年くらいの女の子。その傍らには、なぎ払われた父親らしき男が気を失って倒れている。


「――っ!!」


 最早彼女らを守る男はいない。

 山賊は嬉しそうに笑いながら2人の所へ。ゆっくりと、彼女たちが怯えるのを愉しみながら。


「待て!!」


 ガイアは太刀を握る手に力を込める。すると、微弱な風が彼の太刀に集まっていった。


「んだよ、これからお楽しみだってのに……あ? はっはっは!! おいおい、餓鬼じゃねぇか。餓鬼はそこら辺でビクビクしてろよ」


 軽くあしらうように手を振り、山賊はガイアのことを気にも留めなかった。

 だが、次の瞬間。


「これでも、餓鬼だと笑うか……?」


 ガイアは風の力で加速し、前かがみになった山賊の背中を利用して宙を舞った。そして、山賊の前に着地し、太刀の切っ先を向ける。


「ふん、鍛えられた餓鬼か。だが、身の程を弁えるということを覚えるべきだな!!」


 轟音が響いた。

 山賊が両手に持っていたハンマーを振り下ろしたのだ。それが当たった瞬間、地面が抉れ、衝撃波でガイアは後ろに吹き飛ばされてしまう。


「……土の魔法!」

「流石にそれくらいは分かるか」


 茶色の光。

 山賊のハンマーがそれを纏っていた。


 山賊は体勢を立て直そうとするガイアに容赦なく追撃を加える。

 巨体には似合わないほどの身軽さ。重そうな装備だというのに、風を纏っていない状態のゼロと同じくらいだ。


「おらぁっ!!」


 太刀で応戦しようにも、ハンマーとではそもそもの地力が違う。それに山賊の巨体との差も加わり、正面からでは勝てない。


 しかし、この狭い通りでは側面に回ることが出来ない。どう動こうとも、山賊の巨体ならば簡単に正面に捉えられてしまう。


 加えて、避けるべきはハンマーだけではなく、抉れた地面の破片も。造られた地面の下にある自然のものが所々見えている。


 向かい風。今吹いているのはガイアに不利なものだ。

 どうすれば。


「勢いよく現れた割には、やっぱり餓鬼だな」

「くっ……!!」


 土を抉るハンマーを避けることしか出来ない。後ろに、後ろに。

 そして、遂に。


「捕まえたぞ」


 ガイアの後ろに壁が。つまり、行き止まり。

 この狭い場所では、横に動いたとしても山賊が1度ハンマーを振るっただけで捕らえられてしまうだろう。


「あ、しまっ……」


 必死に逃げ場を探すガイアの目に飛び込んできたのは、こちらを見つめる少女の目。母親が彼女を抱きしめながら震えているのに、少女はこちらを怯えた目で見ている。


 黒髪の少女の目に宿るは、懇願。だが、そこには2つの意味がある。

 助けを請うそれと彼の死を見たくないというそれ。


 彼女の瞳に、ガイアは賭けに出ることを決意した。そして、太刀を逆手に持って上空へと投げる。


「っと……無駄な足掻きは――っ!?」


 回転する刃にのけ反る山賊。これを、ガイアは見逃さなかった。

 小柄な体を生かして、山賊の大きく開いた股の下をスライディングで潜り抜ける。これで、立ち位置が逆転した。


 さらに、山賊が攻撃するためには1度振り向かなければならない。

 ではガイアは? 彼は今武器を持っておらず、格闘で勝てるほど体格差は拮抗していないではないか。


 そこへ、天から降ってくる一縷の希望が。

 それを手にした瞬間、ガイアの脳裏に浮かんだのは師匠の言葉。すなわち、



『風に乗れ』



 風が変わる。

 向かい風ではなく追い風に。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 幼き叫び声に、迫力は無い。

 だが、太刀を中心に再び纏った風は確実に強く、激しく。


 切っ先が届く。山賊が振り返るよりも早く。

 

 甲冑が斜め一閃に斬り砕かれ大きな背中から、決して少なくない量の血がガイアに降り注ぐ。流石に貫通とまでは行かなくとも、これは致命傷になり得るだろう。


 山賊が倒れ、地を震わすような音が響いた。そして、太刀を振りぬいた格好のガイアは大きく息を吐く。


「はぁっ……た、倒したのか? はは、や、やった!」


 太刀を鞘に納め、後ろにいる親子の方を向く。今度は母親もこちらを見ていた。

 2人に向かって、ガイアは笑みを浮かべた。しかし、そこで気付く。今になって極度の緊張感が襲ってきていることに。


 脚が震え、笑顔が歪み、その場に座り込んでしまう。

 なんとも情けない姿。大人の男なら、こう思うかもしれない。


「は、はは……」


 初めての強大な敵。一瞬でも判断を間違えれば死んでいたかもしれない。精神的な負担は、幼きガイアにとって非常に大きなものだった。 


 ああ、勝ててよかった。

 安堵の息を吐き、ようやく動くようになった足で親子の元へ向かう。


 母親の腕に抱かれた可憐な少女は、一瞬嬉しそうな顔をした。それに、ガイアは心を打たれたような感覚に陥る。


 だがそれも束の間。

 直後、その少女の顔が大きく引きつった。視線を上げると、母親も恐怖に怯えている。


 2つの視線が注がれているのは、ガイアの後方。つまり――



「調子に乗るなよ餓鬼がぁ……!!」



 口から血を吐きながらも、ハンマーを振り上げて立っている山賊。

 彼の表情から余裕は消え、代わりにガイアに対する殺意が全面に現れている。


「あ、そん……な」


 今から太刀を抜いても間に合わない。

 仮に間に合ったとしても、文字通り太刀打ち出来ないだろう。


 勝利の可能性はゼロ。それどころか、この場を凌げる可能性も。

 幸いなのは、ここでハンマーを振るわれても辛うじて後方の親子には届かなかろうということか。


「死ねクソ餓鬼!!」


 振り下ろされる死の鉄槌。

 ガイアは思わず強く目を瞑った。もう終わりだ。自分は結局、何も守れないのか。強くなれたと思っていたのに。


 恐怖と悔しさに、涙が溢れてくる。

 その刹那、後ろから強い風が吹いてきた。それはガイアの髪やマントを大きく揺らす。


 同時に金属がぶつかる激しい音が響いた。

 ガイアの肩には、大きく優しい手が添えられる。この手を、彼は覚えていた。



「よく頑張ったなガイア……あとは任せろ」



 聞きなれた声。

 それが、どれほど心強かっただろうか。幼き体は篭っていた力を無くし、大きな手に導かれて後方に引き戻される。


 目を開くと、山賊のハンマーを抑えている太刀が、次に大きな背中が見えた。

 はためく黒きマントからは柔らかな、どこか安心できる心地よい匂い。


 ゼロ・フィーニス。


 頼れる師が、間に合った。

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