第13話 このまな板!!
各々が自由に過ごしている大教室。だが、その様子は昨日とは違う。少なくとも、楽しい雰囲気ではないだろう。
ガイアは椅子に座ったまま、腕を組んで黒板の近くにいる王国騎士を眺めていた。その行動に特に意味は無い。要するに、ただぼうっとしていただけだ。
「ねえ、ガイア君」
隣から、ミライが彼の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。綺麗な灼眼が彼の目をしっかりと見ている。流石のガイアもこれにはドキッとして、彼は目を泳がせながら返事をする。
「ど、どうしたんだ?」
「その……ありがとう、助けてくれて」
「いや、感謝されるほどじゃないさ。現に、あいつには勝てなかったわけだし」
「ううん、ガイア君は私たちを守ってくれた。そこに勝ち負けなんか関係ないよ」
それは彼女の本心なのだろう。ミライは爛漫な笑顔を見せた。そして、隣にいるルカを小突いて彼女もお礼を言うように促した。
「……ありがと」
「もう、ルカは素直じゃないなぁ。あ、そうだガイア君、学校案内の件だけど」
そう言えば、ガイアはこの2人に学校案内をされている途中だった。ただ、こんな状況だ。案内は諦めるしかなかろう。彼はそう思ったのだが、
「この埋め合わせは必ずするね。そうだなぁ、今度は町案内でどう?」
どう、と言われてもガイアは答えられなかった。確かに彼は王都に来て日は浅い。だが、学校案内の埋め合わせに町案内というのが理解出来ない。そもそも、学校案内が中断してしまったのは彼女たちのせいではないのだから、埋め合わせなど必要ないはずだ。
「不思議そうな顔してるね。んー、じゃあ今回助けてもらったお礼も兼ねて、ということで」
なるほど、これがミライの人間性ということか。何度考えても隣にいるルカとは正反対の性格である。
ガイアとしても、お礼を言われることは悪い気はしない。加えて、王都のことも知っておきたかった彼はミライの申し出を受けることにした。
「悪いな、色々と。助か――」
言いかけて、思い出した。今朝、この言葉がミライの笑いのツボに入っていたということを。しかも、今も彼女は笑いそうになっている。口に手を当て、小さな肩を小刻みに震わせて我慢しているようだ。だから、ガイアは言葉を引っ込めた。
「お言葉に甘えることにするよ」
「ふふ……」
結局彼女は笑った。
「ガイア君、固いよ。もっとこう、友達! みたいな感じで来てくれると嬉しいな」
「と、友達みたいな感じ……か」
正直、どの程度が友達なのか彼には分からない。確かに、これまでの接し方は素の彼ではないのだが、どこまで素を出したらいいものか。
悩んでいると、ミライがこう提案してきた。
「んー、じゃあ試しにルカを弄ってみて?」
「ちょ、なんでよっ!?」
いきなりの発言にルカは机を叩いて抗議した。
「まあまあ、ガイア君と友達になるためだよ」
「意味分からないんだけど。なんであたしが弄られないといけないのよ!」
「なんとなく?」
「あんた、ぶっ飛ばされたいのかしら?」
「さあガイア君、遠慮なく! 例えば……このまな板!! とかっ!」
「それただの悪口じゃないのよ! って言うか、あたしだって少しはあるし!」
遂に怒りが沸点に達したルカは顔を真っ赤にしてミライの首を絞めあげ始めた。無い胸――もとい、控えめな胸を強調的な胸を持つ少女の背中に密着させる。
ほれ、少しはあるだろ!!
と、彼女は必死に叫んでいる。
ミライはルカの腕を叩きながらも、楽しそうな表情をしていた。
あんな事件の直後なのに、こんなやり取りが出来る彼女たちは実はガイアと同じように凄いのかもしれない。
2人のやり取りは学校でも有名なようで、教室にいる者たちは皆彼女たちを見て笑っていた。
暗い雰囲気だった教室が、明るく。遂には、3人の周りに生徒たちが集まってきた。
ミライがルカを弄れと言ったのは、こういう意図もあったのかもしれない。いや、無いのかもしれないが。
「あ、そうだ。ねえみんな、今日の夜ガイア君の歓迎会をしない?」
そう提案したのは、別の女子生徒。ハーフアップにされた緋色の髪の少女は、元気っ子なのだろうか。言葉にジェスチャーが付随している。
手を合わせたり、そのまま両手を広げたり。特に意味は無さそうだが。
「いや、俺は別にそこまでしてもらわなくても……」
困惑するガイアに、ミライ(ルカのホールドからは解放済み)が小声で、
「ここは遠慮しちゃダメだよ。みんなと仲良くなれるチャンスだから」
「そ、そうなのか……?」
結局、ガイアの歓迎会は賛成多数(1名ほど、意見表明無し)で決定した。襲撃されたその日なのに一体何を考えているのかと思われそうだが、寧ろこうやって騒いだ方が恐怖心を振り払えて良いのかもしれない。
会場は寮。一区画を丸々買い取っていて近くに他の家は無いため、どれだけ騒いでも迷惑にはならない。
そして、波乱の夜へと時間は進む!
と、その前に。
王国騎士団を束ねる2人、ラルドとセシルが馬に乗って学校に到着したのは夕方のことであった。人数が増えた警備の騎士たちに声をかけ、校門前で馬から降りた2人は走って校舎へと向かった。
走りながら、2人は屋上の異変に気付く。
「おいおい、ありゃどう見ても戦闘の跡だよな」
「ああ……まさか、誰かが応戦したのか?」
その瞬間、彼らの頭には同じ人物の顔が浮かんだ。顔を合わせ、お互いの認識の合致を確認。ニヤリと笑ったのはラルドだ。
「ラルド、不謹慎だぞ」
「バカ言え。お前だってちょっと嬉しいくせに」
「……うるさい」
ただ、応戦した者がいるとはいえ生徒たちは大きなショックを受けているはずだ。元々実戦経験が無い分、テロリストの襲撃を受ければ恐怖を抱くのは当然のこと。
いずれ実戦経験は積ませる予定であったが、これを早めるよう要請しなければならないと彼らは思った。
「今はとにかく、生徒たちのケアだな。かなり落ち込んでるはずだぞ。よしセシル、お前1発芸をしてこい」
「貴様……ふざけて言っているのならここで叩き斬るぞ」
そんな会話を交わしながら、彼らは大教室へとたどり着き扉を開けた。次の瞬間、彼らは呆気にとられることになる。
何故なら、お通夜のような雰囲気の教室を予想していたのに、実情は全く正反対だったからだ。
「……心配はいらなかったみたいだな」
腕を組み、肩をすくめて安堵の息を吐くラルド。
そう、教室は賑やかだったのだ。全員ではないものの、生徒たちは輪を作るように集まり楽しそうに話をしている。
輪の中心には3人の人物。内1人の姿に、ラルドだけではなく遂にセシルも微笑した。
「ガイア・ユーストゥス。不思議な少年だな、貴様は」
「まるであの頃の俺たちを見てるようだ。ったく、学生ってやつは本当に羨ましいな」
自分たちは年をとった。ラルドはそう言いたいのだろう。
しかし、この状況は所謂集団心理が働いているもの。皆といるから安心なのである。故に、生徒個人のケアは必要だ。
ちなみに、正確にはこの集団の中心人物はガイアではない。もちろん、集団形成にガイアが関わっているのは事実だが。
ラルドはセシルに近付き、小声で、
「セシル、俺はお前の1発芸、割と本気で見たかったんだがな」
「…………」
「無言怖いぞ」
苦笑するラルドと、彼を睨むセシル。彼らはそれ以上言葉は交わさず、教壇へと向かった。そして生徒たちに対して今後の動向などを説明した。
生徒たちは『白騎士』の姿に興奮していたが、話自体は真面目に聞いていた。
話が終わった後、寮に帰れるのか、少しくらい外に出ても大丈夫かなどと聞いてきた彼らは肝が据わっていると言うべきか、それとも強がっていると見るべきなのか。
いずれにせよ、今はまだ大丈夫だ。そう、2人は思った。




