第10話 意外とやるなぁ
「お、いるじゃん。3人か……まあ大丈夫だろ」
突如として爆発した屋上の入り口に警戒しているガイアたちの耳に、そんな言葉が聞こえてきた。足音と共に、黒い装束姿の人物がその姿を現す。
「誰だ……お前」
「あん? ほれ、このマークが見えないか?」
そう言って、フードを深く被り全く顔の見えない黒装束は右肩をこちらに見せ付けてきた。
2本の刀が交差しただけのシンプルな紋章。四角形の枠の底部には、1つの言葉が書かれている。
それを見た瞬間、ガイアは開いた口を塞ぐことが出来なくなってしまう。
「レース……ノウァエ……!!」
「流石に知ってるだろ? いやあ、俺たち有名人ってな!」
声のトーンからして、この人物は男なのだろう。楽しそうにフードに覆われた顔を押さえながら笑っている。
対照的に、ガイアは段々と顔を怒りに歪めていく。
「い、一体何なのよ! 何でテロリストがここに!?」
ガイアの後ろで身を寄せ合っている2人の少女。その片方、ルカが黒装束の男に向かって叫んだ。
「あー、そりゃそうなるわな。ちょっと探し人がいるんだよ……ついでに聞くが、そこのお嬢さん方、どっちかヴィクトリアっていう名前だったりしない?」
「ヴィクトリアだと?」
「男じゃないのは確かだからさ、少年君は黙っててくれるかな。で、どうなのお嬢さん方?」
黒装束の男は全く気にしていないようだったが、ガイアは更に衝撃を受けていた。『レース・ノウァエ』に『ヴィクトリア』。
繋がった。ようやく、ゼロが残したあの言葉の意味が分かったのだ。
つまり、さっさと王女を見つけ出してこいつらから守りぬけ!!
「ヴィクトリアなんて名前、聞いたこと……」
「この学校にいるってことは分かってるんだ。出来れば嘘は吐かないで欲しいな……手荒なことはしたくないし。というわけでもう1回。君たち、ヴィクトリアって名前だったりしない?」
「何度も言わせないで! あたしたちはそんな名前、知らな――」
直後、ガイアの顔の真横を何かが通過して行った。そしてそれは必死に言葉を継いでいたルカの頭上へと。
水の光線。黒装束がいつの間にか取り出していた槍から放たれたそれが、ルカの後ろの柵の一部を壊してしまう。
激しい音、崩れ落ちる黒髪の少女。ミライも彼女に寄り添うようにしゃがみこんだ。
「嘘は吐くなって言ったよね? 殺すよ」
冗談などではない。この男は本気だ。フードの下の顔は笑っているのかもしれないが、声から彼の意志が伝わってくる。
「あ……え……?」
恐怖から、最早ルカは喋る事すら出来ない。彼女の手を握っているミライも、黒装束の男を見つめてはいるものの、その華奢な体を小刻みに震わせていた。
ガイアは彼女たちを一瞥。この状況を把握する。
2人は恐怖で動けない。ならば、今この状況を打破出来るのはガイアのみ。
「んー、とりあえず1番大きな教室に来てくれるかな。他の生徒たちもそこに集まってるみたいだし」
仲間から通信が来たのか、片耳に手を当てながら黒装束はそう言った。1歩1歩、ガイアたちへと近付いてくる。
「君は1人で行けるよね少年。でも、お嬢さん方は腰を抜かしているみたいだ。君も彼女たちを連れて行くのを手伝ってくれ」
言って、黒装束はガイアの隣を――
「『その身を大きく』」
金属同士が衝突する音が響く。
ポケットから取り出した小さな太刀を元の大きさに戻したガイアが、そのまま鞘を抜いて横を通り過ぎようとした黒装束に向かって振り回したのだ。
黒装束は持っていた槍でこれを受け止めた。
「なんのつもりだい、少年。まさか、俺とやりあおうってわけじゃないよね?」
「それ以外、何があると思う」
「そうかい……身の程知らずが。君と俺とでは場数が違うんだよ!!」
黒装束は一旦後ろに下がり、ガイアと距離を取る。槍を構えなおし、突進の構え。
「ガイア君!? む、無茶だよ! だってその人はテロリスト!」
声すら出ないルカの代わりに、ミライがそう叫んだ。いくら『白騎士』との試験に合格したとはいえ、あれは殺し合いではなかった。
だが今は違う。この戦いは、ともすれば本当に命を落としてしまう。それに、殆ど戦闘経験がない自分たちが、場数を踏んでいるであろうテロリストに対抗できるわけがない。
ミライの考えは正しい。普通の生徒なら恐怖で足がすくみ、戦うどころか歯向かうことすら出来ないだろう。ちょうど、彼女たちのように。
しかし、それはガイアが『普通』だったらの話だ。
彼女はまだ知らない。ガイアが何故あんなに強かったのか。単に修行しただけ? いい師匠がいたから?
それだけではない。彼はゼロとの旅の中で幾度となく修羅場を潜り抜けてきた。
だから、突進してきた黒装束の攻撃を捌けたのも当然のことである。
「っ!? おいおい、勘弁してくれよ……本気出さなきゃいけなくなるじゃんか!!」
真っ直ぐに突き出された槍を太刀で弾かれた黒装束は再び距離を取り、叫んだ。次の瞬間、彼の槍が青色に光りだす。
青色の光は、水の魔法の表れ。どこからともなく出現した水が、槍の周りにとぐろを巻いて行く。
「降参するなら今のうちだぜ?」
「黙れ」
風が吹いた。
気付いた時には、ガイアの太刀が黒装束の眼前に。
「うおっ!?」
風を帯びた緑色に光る太刀を、黒装束は槍の持ち手で受け止める。とぐろを巻いた水がガイアの風によって散らされ、屋上の床に濡れ跡が点々。
「この、クソ餓鬼が!!」
叫ぶ黒装束の蹴りを腹部に喰らったガイアはそのまま後ろに吹き飛ばされてしまう。即座に、追撃が。
「ほらほら、どうしたぁっ!!」
乱れ突き。
右に左に、上に下にそして斜めに。何度も繰り出される突きに、ガイアは守ることしか出来ない。太刀で防げないときは体を捻り、後退しながら避け続ける。
「く……しまった!」
コツン、と。
ガイアの踵が何かに当たる。柵だ。行き止まりを知らせる音は、しっかりと彼の耳に響いた。
「終わりだクソ餓鬼」
止まらない突き。獲物を捉えたと思った黒装束はとぐろを巻いた水を回転させた。高速で回転する水は槍を包み、さらに大きな槍と化す。これが当たれば待っているのは死だろう。
後ろへは逃げられない。かと言って、定点で凌ぎ続けるのには無理がある。
そこで、ガイアはあえて1歩踏み込んだ。
水の槍を体を横に反らしてかわし、それに太刀を沿わせて相手の突きを阻みながら前に出る。水が触れた頬からは出血していたが、そんなことを気にしている余裕はない。
風と水。お互いの武器に纏われているものがぶつかり、激しい音が響いた。そして、ガイアの行動に驚いている黒装束の懐に、彼の太刀が。
このまま斬り上げれば黒装束の胴体に一閃、大きな傷を負わせることが出来る。
だが。
「舐めるなよ。槍が咄嗟の近接戦に対応できないと思ったら大間違いだ」
一瞬。
黒装束は槍を引き、先端ギリギリの場所を片手で持つ。そのまま、ガイアの太刀を上から槍の先端で打ちつけた。
何度目か最早分からない衝突。水流と風圧による衝撃は、ガイアはおろか黒装束さえも後方に吹き飛ばしてしまった。
お互い、即座に体勢を立て直しにらみ合う。
「お前……素人じゃないな。何度も場数を踏んでる。ったく、聞いてないぞこんな奴がいるなんて」
「はぁ、はぁ……」
「ま、もう疲れてるみたいだしそろそろ終わらせないとね」
息を荒げるガイア。対して、黒装束は少しは乱れているようだが支障をきたすほどではないようだ。
槍を縦に持ち、その先端を自らの顔に近づける。
「『水葬』」
水の回転の向きが変わる。それは先端へと集まっていき、大きな渦を作り出した。構えられる槍。向けられる渦。
そして、黒装束は力一杯槍を突き出した。強く足を踏み込み、先端を前方の少年へ。
もちろん、距離的に槍自体は届かない。
狙いは槍の先端の渦。突きの動きに押し出されるように、渦は一筋の水流となりてガイアへと一直線。
巨大な水流はガイアの体など簡単に凌駕している。
これを喰らうわけにはいかない。横に転がろうと思ったガイアだが、あることに気付く。それすなわち、
「計算済みだったのか……!!」
彼の後ろには2人の少女がいた。しゃがみこみ、体を震わせ、こちらをじっと見つめている。正確には、ガイアを見ているのではない。迫ってくる水流を見ているのだ。
その目に宿るは、絶望か奇跡の懇願か。いずれにせよ、ここでガイアが避けてしまったら水流は彼女たちを飲み込んでしまう。
ガイアは歯噛みし、すぐに抜刀の構えを作った。
「さあ、風に乗ろうぜ……」
風が、彼の太刀へと集まっていき3人の髪を激しく揺らす。もちろん、彼のイヤリングも激しく揺れていた。
「『疾風斬』!!」
抜刀一閃、巨大な風の刃が放たれる。
拮抗する両者。その間に、ガイアは2人の腕を強引に掴み、その場から離脱。結局『疾風斬』は水流に勝てず、打ち消されてしまった。
水流は勢いを絶やさず、一直線に進み、ガイアたちがさっきまでいた場所の地面を抉り、轟音と共に柵を木っ端微塵。
残ったのは、その傷跡のみ。地面も柵も、ぽっかりと穴が空けられたように。
「なんだ、避けたのか……いやあ、お嬢さんたちまで殺してしまうかもと思って焦ったぜ」
言いながら、黒装束は槍をこちらに向けている。
「にしても、少年。意外とやるなぁ。うちにスカウトしたいくらいだ」
「ふざけるな、お前たちは師匠の仇だ!」
「ああ、何? 俺たちの名前聞いて急にやる気出したのはそれが原因? あちゃー、そりゃダメだわ。うんうん、スカウトは諦めた。殺す」
ガイアは太刀を構えたが、荒い息によって肩が大きく上下している。これ以上戦っても、勝ち目はないだろう。
しかしここで、異変が起こった。
槍から片手を離し、こちらに先端を向けながらもその手を耳に当てた黒装束が大きくため息を吐いたのだ。
「はぁ……時間切れかよ。『水葬』、使わなきゃ良かったな。絶対バレた原因これだろ」
突如として戦闘態勢を解く黒装束。槍を肩に立て掛けるようにして持った彼は額を押さえて首を横に振りながら、
「おい少年、お前のせいだぞ。ったく、作戦の練り直しだ」
「……一体、何の話を……」
「次会ったら、まずはお前を殺す。覚えておけ」
そう言って、黒装束は水流によって破壊された場所へと走っていき、そのまま屋上から飛び降りていった。
緊張が解け、よろめきそうになる体をガイアは地面に太刀を突き刺して杖のように扱うことで支えた。呼吸を整え、柵が壊されたことでよりダイレクトに吹くようになった風を感じる。
静寂。
屋上に王国騎士が数人駆けつけたのは、それから数分後であった。




