七話 登録試験
所変わって今俺たちは訓練場にいる。
訓練場は想像していたものより広く、百メートル四方は優に超えていそうだ。
先ほどまで訓練していた冒険者たちはギルドマスターが現れたことにより訓練を中断し、これから何が起きるのか観ようと壁際に集まっている。
ギャラリーがこんなにいる中で戦うとなると緊張するな。
いや俺が戦うわけじゃないんだけどさ。
ギャラリーの一角にはジョッキ片手に枝豆食ってるやつもいる。お前は休日のおっさんか。これからやる闘いは見世物じゃないんだぞ?
内心おっさんに愚痴っていると、俺たちをここへ案内した後どこかへ消えていたベンジャミンが戻ってきた。後ろにはメリーさんがついてきている。
「待たせてごめんね。ココ君の準備は整ったかな? ……うん! どうやら準備万端のようだね。さて肝心なココ君の対戦相手なんだが、メリー君にやってもらうことにしたよ。おおっと、ココ君を馬鹿にしているわけじゃないよ? うちのギルドの受付嬢はみんな冒険者に屈しないよう毎日鍛錬してもらっているんだ。おかげでそこらへんの冒険者より強い。だから躊躇うことなく戦ってくれたまえ」
ベンジャミンがそう告げるとメリーさんが前に出てくる。
「ギルドマスターが言った通り、私はそこそこできるわよ。本気でかかってこないと冒険者登録させないつもりだからそれを理解しておいてね。まあお互い頑張りましょう」
メリーさんが握手を求める。
うん。対戦前の握手か。スポーツマンシップに則った正々堂々した戦いになるといいな。
ってあれ? なんでココは握手に応じないんだ? メリーさんに失礼だろ?
「そんな手に引っかかるほどココは馬鹿じゃないのです。どうせ手を握ったらそのまま組み伏せるつもりなのでしょう?」
「あらよく分かったわね。そうよ、もう試験は始まっているのよ。素人なら今のに引っかかると思ったけど案外そうでもないのかしら?」
なにぃ!? スポーツマンシップはどこに行ったんだ!?
しかもココは見抜いていたのに、俺だけ分からなかったなんて恥ずかしいじゃないか……。
「えーと、イケメン君は分かっていなかったみたいね……。イケメン君はイケメンだから気にすることないわよ……」
もじもじしていたらよく分からんフォローをいれられた。くそ〜超恥ずかしいじゃんかよ!
ココもそんな可哀想なやつを見る目をしないでくれよ! ネロのライフはとっくにゼロよ!
「仕切り直しするのです。お互い十歩ずつここから離れます。そこから十秒数えたら再開するのです」
「いいのかしら?私から一本取るには出来るだけ近い場所からスタートした方がいいと思うのだけれど」
「仕切り直しなので構わないのです。さっさと離れるのです」
お互い相手から目を離さないように後ろ向きに十歩下がる。そしてカウントダウンを始める。
「「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――スタート!」」
0と同時に飛び出したメリーさんだがすぐに足を止めた。否、足を止めざるを得なかった。
なぜなら十数個の火の玉が彼女を取り囲むように浮かんでいるからだ。
「自分から距離を取るなんておかしいと思ったけど、魔法を使うからだったのね。狼人族だからてっきり前衛職的行動をするかと思ってたのに……。でもこの程度の攻撃は毎日の訓練で受けているのよ!
άνεμος σφαίρα!」
火球と同じ数の風球を創り出し、ぶつける。風によって乱された火は全て消えてしまった。
「いい手だったけどまだまだね。あの程度の数を操れる魔法使いはこの世界にごまんといるのよ!」
「へー、今の世の中だとかなりの人があれくらいできるのですね。じゃあこれはどうなのです?」
今度はさっきの五倍はありそうな数の火球を創り出す。大量の火が出てきたことにより訓練場の温度が上がる。見学していた冒険者たちのボルテージも一緒に上がる。
「すげぇ! あの年齢であんなに火球を操ってるぜ!」
「メリーちゃんが瞬殺できないやつなんて初めて見たぞ?! あの獣人の子だいぶ強いな!」
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ! 獣人なんかがあの数を操れるはずがない。長年琢磨してきた儂があの小娘より劣ってるわけがない。そんなの認めんぞ!」
概ねみんないい反応だけど、なんか一部やばい奴が混じってるな。
けど気にしない。あの球の数で負けてるような雑魚魔法使いのじじいにココが負けるわけないからな。
「なんで?! そんなに創れるなんて聞いてないわよ! ッ! άνεμος σφαίρα
άνεμος σφαίρα
άνεμοςσφαίρα〜〜〜!!!」
必死の抵抗も虚しく、大量の火球が直撃する。
ドォォォン!!!
激しい音を立てながら周囲に土煙が立ち込める。
まだ試験は続行なのか?と固唾を飲んで見ていると徐々に煙が晴れてきた。
みんなが注目する中、メリーさんはどうなっていたかというと、無事?気絶した状態で見つかった。
しかも受付嬢の制服をぼろぼろにされ際どい姿をしている。アニメだったら謎の光が確実に入っているな。
「うほー!!! 獣人の嬢ちゃんナイスだぁ!!!」
「あのメリーさんのあられもない姿が見れるなんて!」
「誰か記録石を持ってこい! 早くこのシーンを撮るんだ!」
「安心するずら、もう撮っているずら」
「「「「さすがぁ!!!」」」」
ギャラリーの冒険者も喜んでいるのでいいだろう。きっとエリーさんが復活したらボコボコにされるだろうけど……。
「いやーココ君だいぶ強いね。メリー君はギルド内でも上位を争う強さだったのに。ここまで見せつけられたら登録を許可しない訳にはいかないな。付いてきてくれたまえ。あとネロ君はメリー君を抱えて連れてきてくれ。あそこに放置しとくと冒険者たちが何をするか分からないからね」
「別に俺じゃなくてベンジャミンさんが運べばいいじゃないですか」
「メリー君もイケメンの君に運ばれた方が嬉しいだろう。仮に僕が運んだらセクハラとか言われると思うし」
そこまで言うなら仕方ないな。あの野獣のような目をした冒険者たちからメリーさんを助けてあげるか……。
ココはとても強い子です。本気を出せば火球ごとき星の数ほど創り出せます。でもそんなことをしたらどうなるか分かっているので今回は手加減をしてました。