三話 狼人族の幼女
拳を握りしめ、力が入ることを確かめる。どうやらカトレアの魔法らしきものは解除されたらしい。二日間力が入らないままじゃなくて良かった。
ベッドの下から袋を取り出す。
まったく、この袋のせいで大変なことになってしまった。とりあえず深淵さんを呼ぼう。
袋の口を開けるが中から何も聞こえない。もう触手プレイは終わったらしい。
「もしもし、俺だよ俺。風邪ひいて声が変だけど気にしないでくれ。それより会社の金使ってFXやってスッちゃったんだよ。このままだと会社にばれて裁判になっちゃうから、ある程度まとまった金を貰えないかな?」
「……いくらなのです?」
お、返事があった。しかもお金をくれそうだ。詐欺師として金を稼ぐのもいいかもしれない。
あっ、俺監禁されてるから無理じゃん。
「まずはそこから出てきてくれない? 話し合いたいんだよ」
「ん、少し待っててなのです」
……………………遅い。少し待っててと言っていたくせにもう三十分は過ぎてるぞ。
「お、お待たせなのです……」
おっ、ようやく出てきたようだ。けどどこにいるんだ? 姿が見当たらないぞ?
「おーい深淵さんどこだい?」
「私ココ、今あなたの後ろにいるのです」
驚いて振り返ると狼人族の幼女がいた。白くて長い髪に黄色の瞳が映えている。しかもケモ耳に尻尾付き。
……素晴らしい!!! 幼女だけでもポイントが高いのに白髪の狼人族だなんて!
お、お、落ち着くんだ俺。興奮したまま話しかけたら引かれてしまうぞ。心頭滅却、心頭滅却……。
「深淵さんじゃなくてココって名前なの?」
「はい。深淵さんじゃなくてココなのです」
まさかの深淵さんではなくココちゃんだった。見た目だけでなく名前も可愛いなんて。
ひとまず、俺も自己紹介と現状の説明をしないと。
「俺の名前はネロ。そして今俺たちは監禁されています。そこでココに相談しようと思って呼び出したんだよ」
「なら今すぐ脱出するのですっ! ココ早くあの本を使ってみたいのです!」
「あの本って俺があげたあの魔導書?」
「なのですっ! 前にあの本を調べていた時は次元の狭間に飛ばされちゃったのです……。けど今は違うのです! あの魔導書を完璧に使いこなせるのです。大陸全土が敵になっても楽勝なのです!」
もしかしてカトレアの言ってた狼人族ってココのことなのか?
「脱出したら一緒に世界を回るのです!」
それって世界征服って意味じゃないよね? 世界を見て回りたいだけだよね? でもカトレアから逃げるのに道連れがいるのはいいかもな……。
「と言うわけで今すぐ脱出するのです!」
「あっ、それなら明日、妹のアテネが城にカチコミに来るだろうから、その隙をついて逃げ出そう」
「明日です? なんで来るって分かるのです?」
「あいつ俺が家に帰らないとブチ切れるから、三日目の明日が限界じゃないかな?」
そう、俺はアテネが幼い時から英才教育を施して生粋のブラコンに育てきた。将来妹に養ってもらうためにしたことが、こんなところで役に立つとはな。
「何か今クズみたいなこと考えなかったですか?」
「いえ全くそんなことございません! 一緒に世界を回ることだけを考えてました!」
危ない、危ない。幼女に軽蔑されるところだった……。
「ほんとっ?! 楽しみなのです!」
すぐ機嫌が良くなった。幼女は単純で可愛いな。
「まあとりあえず今日は寝ようか。明日の何時にアテネが来るかも分からないから、身体を休ませとかないとね」
「そうですね。じゃあ寝るのです。おやすみ〜なのです」
そう言うとココはベッドに潜り込んで寝てしまった。
…………俺はどこで寝ればいいのだろうか?床か?でも床は寒すぎるぞ。
……まだベッドのスペースはあるから一緒に寝ればいいか。
★☆★☆★
「ネロ〜、起きて〜、起きるのです!」
なんて心地よい声なんだ。ゆさゆさと小さな手で揺すられる。ここは天国なのか?そうなのか?
「早く起きないと本当に天国に送っちゃうのデスよ?」
「はいッ! 起きました! 起きてます! だからその杖と魔導書しまって!」
命の危機を感じ、慌てて飛び起きると、魔導書を片手に杖を振るっていた。
なんなの? 女は男を起こす時、殺そうとしないとダメなの? 最近女の子の間で流行っているの? そんな物騒なことはやめようよ。
「やっと起きたのです……。もう起こし始めて二時間は経ったのです?」
「うそ? ほんと? マジ?」
全く記憶にないんだけど。ロングスリーパーだからその弊害なのか?
「ほんとなのです! さっきから上で爆発音が聞こえるから必死に起こしてたのに、スースー呑気に寝てたのですっ!」
耳をすますと確かに上から爆発音と何かが壊れていく音が聞こえる。
これ絶対アテネだ。アテネがガチギレして魔法を乱発しているんだ。見つかったら俺殺されるんじゃ……。
「に、逃げよう! さっさと逃げよう! マッハで逃げよう! 俺殺されちゃうよ! ムカ着火ファイアーで炭にされるよ! ココさん頑張ってあの扉壊して下さい!」
「壊すのです? 壊さなくても逃げれるのですよ?」
「逃げれるならなんでもいいから急いで!」
「では、μετάβαση! なのです!」
瞬間ココの魔導書から大量の光が溢れた。あまりの眩しさに目を瞑る。
光が収まったのが分かって目を開くと、そこは王城の外だった。