閑話 ココの奮闘記Ⅲ
セレーネ家襲撃を決意してから二日後、ココは行動を開始した。
昨日は宿の部屋にこもり、作戦を練って英気を養った。
おかげで今日のココのコンディションは完璧だ。今なら単身でドラゴンを倒すことすら可能だろう。
そう思えるほど、ココの顔は自信に満ち溢れていた。
★☆★☆★
時刻は夕方。食事前で人の気が緩みやすい時間帯。
そこをココは狙う。
欠伸をしてぼっー、としている門番に闇魔術のύπνοςをかけて眠らせる。
「よしよし、予定通りなのです」
崩れ落ちる門番を尻目に、大胆にも正門から侵入を果たす。
「さて、ここで一つ挨拶をしとくのです」
以前ベスタの街の冒険者ギルドで、受付嬢のメリーと闘ったときに使用した巨大な火の玉を創り出す。
それを――
「ファイアー、なのです!」
玄関ホールに打ちこんだ。
一拍おいて蜂の巣をつついたような騒ぎが起きた。
夕食の支度をしている最中に火事が起きるなど最悪の事態だ。パニックになるのも必然と言えよう。
ココは混乱に乗じて、火の手があがる玄関から押し入る。
屋敷の者たちは既に避難を始めている。すれ違う者などいないはずだ。
頭の中に屋敷内の見取り図とネロの部屋の位置を思い浮かべる。
二階のリゲルの執務室の隣だ。
ネロは非合法に取引された奴隷である。そんな彼を野次馬の集まる外に連れ出しでもすれば、彼は誰なのかと問われた時に言い訳ができない。
ならばどうするか?
答えは簡単だ。
――焼死させればいい。
焼死体が発見されたところで使用人の一人が亡くなったとでも言っておけばいい。炎に包まれれば、使用人の服も奴隷の服も見分けがつかない。
完璧な犯行だ。
ココはこのように考えた。 実際リゲルも同じ判断を下していただろう。
しかしココの考えには誤りがあった。
それは――ネロが首都クティノスへ出かけていたことだ。
ココは全力で廊下を駆ける。
愛しのネロまであと少しだと信じて。
執務室の前を通り過ぎようとしたその瞬間、
「ぴょん!」
扉を蹴破って一塊の白い物体が飛び出してきた。
否、物体などではない。リゲルだ。
「くっ!」
吹き飛んできた扉を避けるためココは前方に転がる。
「ネロまであと少しだと言うのに! いったい何なのです!」
執務室から出てくるリゲルを睨みつける。
「その言い草は酷いのではないかね。屋敷に火を放ち、あまつさえ窃盗まで犯そうとしているのに」
そのリゲルはパイプに火を灯し悠々とココの前に姿をあらわす。
その姿はさながら歴戦の猛者のようであった。
「そしてネロとはいったい誰のことなのかね? そのような者はうちには居らぬが」
「それは嘘なのです! セレーネ家がネロを買い取ったとの調べはついているのです!」
「そうか……。ではその肝心のネロとやらはどこにいるのだい?」
「そんなのここに――ッ!」
執務室の隣の部屋を開けるがそこには誰もいない。
「ネロをどこに隠したのです!」
「隠したもなにも、私はネロなんて人物を知らないんだから答えられないよ」
「チッ!」
急いで屋敷の全体像を思い起こす。しかし、どう考えても不自然な空間や地下室があるとは思えなかった。
焦るココを眼前に、リゲルも内心おおいに慌てていた。
(誰だ、こいつは! 彼に仲間がいたなどあの奴隷商人からも聞いてないぞ! さらにはなんだ、この圧倒的強者のオーラは!)
背中を向けて逃げだしたい気持ちを当主としての矜持をもって抑える。
「お互いこのままでは炎に包まれ死んでしまう。今日のところはひとまず引いてもらえないだろうか」
「……本当にネロはいないのですね?」
「ああ、いないとも。安心するがいい」
「もし死体が見つかったらこの国ごと滅ぼしてやるので覚悟しとくのです」
そう言い残すと窓から飛び降り、去っていった。
その後ろ姿を眺めリゲルは物思いにふける。
(あの少女はこれからもネロを奪還するため度々襲撃してくるだろう。屋敷もめちゃくちゃになってしまったことだ、ルナと一緒に父上のところへ送るか……)
屋敷の建て直しなど、今後のことを思うと胃が痛くなるのを感じた。
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