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五話 インプレス

「驚くほどのことかね? 何せあの見た目だ。今まで沢山の家庭教師をつけさせたんだが皆ルナを怖がって二日目から来なくなってしまうのだよ……。給金も弾んでやったのに忌々しい奴らだ」


 リゲルはかつての家庭教師たちを思い出し吐き捨てるように言う。


 しかし家庭教師たちがそこまで怯えた理由が気になる。リゲルはルナの見た目に原因があると言っていたが俺はルナと他の兎族に違いがあるようには見えない。まだ一度しかルナを見ていないから気づかなかっただけという可能性も大きいけど……。


 外はすでに暗くなり始めているが家庭教師になったからには今からでもルナと会って話をしたい。


「今からルナお嬢様に会わせてもらうことはできるでしょうか?」


「突然どうしたんだ? 別に会わせてやらんこともないが明日会うのだから今日でなくても良いのではないか?」


 脈略もなしにルナに会わせてくれなんて言ったせいでリゲルが俺を胡乱げな目で見てくる。

 まあ当然だよな。今日購入したばかりの奴隷である俺が夜にルナに会おうとしたら普通に考えて怪しいもんな。

 しかしこっちにはどうしても今日じゃないとダメな理由があるんだ。


「はい、今日話しておけば明日ルナお嬢様のもとへ参ったとき『この家庭教師は今までのやつらとは違う』と思ってもらうことができるでしょう。そのためにも今日中にお嬢様と会いたいのです」


「そういうものなのか?」


「そういうものなんです」


 リゲルは俺の説明に納得しルナに会う許可を出してくれた。

 せっかく許可を取ったからにはルナにはぜひ俺に対する良い印象を与えたいものだ。




 ★☆★☆★




 さっそくルナの部屋に行くと彼女は驚いた顔をしながらも出迎えてくれた。

 なんでも過去の家庭教師たちは授業当日まで顔を合わせようとせず、挨拶に来るのは俺が初めてなため驚いたとのこと。



「で、何しに来たわけ?」


 俺が部屋の中をチラチラ見ているとルナは椅子に座って尋ねてきた。

 もちろん俺の席はない。奴隷だから立ってろってことかコンチクショー。


「用ってほどでも無いんだけどルナちゃんの家庭教師になったから挨拶をしようかな〜と」


「はぁ? そんなこと知ってるんですけど? マジで挨拶だけしに来たわけ? それとルナちゃんって何よ? あんたはうちの奴隷なんだからルナ様って呼びなさい。そして会話は敬語で。分かったかしら?」


 う、うぜ〜〜。確かに雇い主の娘に舐めた口聞いた俺が悪かったかもしれないが今の返事はないだろ。

 こいつの教育どうなってんだ?親の顔を見てみたいぜ。あっ、リゲルが親か……。


 器のでかい俺は苛つきをおくびにも出さず応える。決してリゲルの顔が頭をよぎって怖くなったわけでも、授業中に仕返しをしてやろうなんて考えたわけでもない。


「そうですか、すいませんねルナ様? ではせっかくの機会ですし、今までの教師たちからどこまで学んだか教えてもらえますか?」


 その瞬間空気は重くなり俺は時が止まったかと錯覚した。


「…………何よ、私が何も知らないバカって笑いたいわけ? そうよ! どうせ私は何も知らないおバカさんですよ! 笑いたければ笑えばいいじゃない!」


「……」


 突然の怒りに俺は返す言葉が見つけれなかった。

 どうやら俺はルナの地雷を踏んでしまったみたいだ。授業の進度を知りたかっただけなのにこんなのないぜ……。

 さらに言うとこの状況は大変よろしくない。屋敷の誰かに見られでもしたらすぐにリゲルの耳に届き俺はモザイク必須な姿になるだろう。

 ……一秒でも早くルナの怒りを鎮めないと!


「ごめん! 俺が悪かった! 授業がどこまで進んでいるか知りたかっただけなんだ! 悪意はないんだ! 許してください!」


 何が悪かったか分からないけどな!


「嘘よ! 絶対私のことをバカにするため聞いたんでしょ!」


「違う! 神に誓ってそんなことない! 本気で明日の授業のことを考えていたんだ!」


 明日の授業でどうやればお前に嫌がらせできるかをな!


「どうせ明日になれば授業しに来ないくせに白々しい!」


「分かった! 明日授業に俺が来なかったらお父さんに今日のことを伝えていいからひとまず許して! ルナちゃんと言い争っているのを聞かれたら明日授業ができなくなっちゃうから!」


 俺がそう言うとルナはようやく落ち着いた。


「ふーん、どうせ来ないだろうけど今のところは許してあげるわ。あーあ、明日からまた家庭教師を探すことになりそうね。それと様付けと敬語忘れてる」


「あっ、すいません」



 俺の目的は達成したがルナに悪い印象を与えてしまったかもしれない。それが少し心残りだった。



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