二話 筋肉ダルマ
「おい、起きろ」
身体を大きく揺さぶられ、俺は意識を取り戻す。
どうやら俺はソファーに寝かされていたようだ。そのくらい寝起きの頭でもわかる。
でも、筋肉ダルマのおっさんがそばにいる理由が分からない。誰だこいつ?
倒れていた俺を介抱してくれたってわけでもなさそうだし。もしそうならココがいるはずだもんな。
「どうやら混乱しているようだな。まあ仕方ねえか」
筋肉ダルマはバツが悪そうに自身のスキンヘッドをかく。
「お前気絶する直前の記憶はあるか?」
俺は筋肉ダルマの言葉に頷く。
確か、道を塞いでいた倒木をどけようとしていたところ、後ろから何かに殴られたんだよな。
「憶えているようだな。そして俺がお前を殴った犯人だ」
「なっ?!」
自ら犯人だと名乗りでるとは……俺が訴えても捕まらない自信があるのか。いや、あるんだろうな。そうでもなかったらバラすわけないか。
「どうしてそんなことをしたんだ」
僅かながら怒気を含ませて問う。
「そう怒るなって。俺だって仕事だから仕方なくやってるだけだよ。そうしないとおまんまを食い上げちまうからな」
仕事? もしかしてカトレアがこいつに俺を攫うように依頼したのか?
あいつなら国中の人に俺を捕まえるよう命じててもおかしくないか。
「カトレアの指示で俺を誘拐したのか?」
仮にこれがカトレアの指示だとしたらかなりまずい。ココがいない現状、城に連れて行かれたら逃げ出す手立てがない。そうなったら死ぬまで監禁されるのは目に見えている。
それだけはなんとしてでも回避しなければ。
「カトレア? 誰だそいつ? 俺がお前を攫ったのは、奴隷としてベスティアで売るためだぞ」
「は?」
しかしその応えは予想だにしてないものだった。
奴隷ってあれだろ? 買った人をご主人様と呼び、媚びへつらうやつだろ?
「俺を奴隷として売る?」
「おうさ、何と勘違いしてるか知らんが俺は奴隷商人だぞ。商品を売らないでどうする」
そうか、また俺は奴隷になってしまったのか……。するとココとはもう会えないってことか。
あ!咄嗟のことで自分の心配しかしていなかったけどココは無事なのか?!
「俺が降りた馬車に乗っていた人たちはどうなった?」
「あいつらならお前が倒れたのを見た途端急いで逃げてったよ。お前は置いていかれたことが許せないと思うが、正しい判断だからなぁ」
いや、ナイス判断だオヤッサン。ココが助かったならそれでいい。
お互いベスティアにいるんだ。そのうちココが俺を助けに来てくれる機会があるはず。
ならその時を待てばいいだけだ。助かる可能性が見えたのは僥倖だな。
「ところでお前は読み書きや計算ができるのか?」
「それなりにできると思うけど」
そりゃあ商家の息子として産まれたんだからある程度の教養があると自負している。しかしなぜ今そんなこと尋ねてくるんだ?
俺が応えると筋肉ダルマの眼の色が変わった。
「本当にできるのか?じゃあ十二×十三は?」
「百五十六」
「おお合ってるのか知らないがすぐに答えられたからきっと合ってるんだろう!」
おい、自分が分からない問題をだすんじゃねぇよ。
「よし決めたぞ! お前をこの国の貴族向けに行われるオークションに出そう!」
筋肉ダルマは嬉しそうにニヤつく。
「いや、ちょっと待て。貴族向けのオークションってなんだ? そんな話聞いたことないぞ」
「ああ、お前知らないのか。教えてやるからとりあえず座れよ」
その後の筋肉ダルマの話をまとめると……、貴族にとって優秀な者を沢山囲むのはステータスであり、貴族の中でも上の階級――伯爵、侯爵、公爵――になると奴隷を購入してでも他者と差をつけようとするらしい。
なので今度開かれるオークションではかなり地位の高い貴族の客がほとんどだと言う。
そして国の奴隷制度もしっかりしているためオークションで買われればそこらの一般家庭より良い生活が送れるそうだ。
まあ貴族に買われるのは奴隷の中でも一握りだけのようだが。
それにしても貴族向けのオークションか。面倒なことが起きる予感がするんだよな。何も起きなければいいんだけど……。




