十七話 口移し
ココのおそらくファーストキスを奪うことに罪悪感を覚える。
こんな事態にならなければココは俺なんかよりもっといい男と甘いファーストキスをしていたんだろうな……。
「ごめんココ」
やむを得ないこととはいえ、どうしても謝らずにはいられなかった。
俺が口移しを躊躇っている間にもココの息は徐々に荒くなっていく。
「おい、あの嬢ちゃんは魔力欠乏症なんだよな? 普通、欠乏症でいきなり倒れたり、呼吸が荒くなったりするか?」
背後の観客が会話しているのが聞こえてくる。
もしかしてココは魔力欠乏じゃないのか? これは聞き捨てならないな。もっと詳しく聞かせろ。
「だけどあの娘はこんなに巨大な氷のドームを作ったんだぜ? 一般の症状に当てはめて考えちゃダメだろ」
「でもこんな症状は聞いたことないぞ? 何か他の病かもしれないし」
「そんな風に言われると魔力欠乏じゃない気がして――ウオッ!」
「おい!どうし――ッ!」
耳をそばたてていると突然2人の声が途切れた。
何があったのかと急いで振り向く。
そこには顔が青ざめ、ガクガク震える男2人がいた。
「おい! 大丈夫か?!」
慌てて声をかけると、ビクッと肩を揺らし俺に詰め寄ってきた。
「コ、ココの姉さんに早くポーションの口移ししてください! そうしてもらわないと俺、俺!」
「お、おう……」
それだけ言い残すと男は気を失って倒れた。
その鬼気迫る表情は、まるで恐ろしいものに脅かされているかのようである。
和やかな会話からの、この変わりようだ。怖すぎる。
一瞬の間に何が起きたというのだ。
この二人に詳しい話を聞けなくなった現状、実はココは魔力欠乏ではないので、口移しする必要がないという希望は絶たれてしまった。
俺が魔力欠乏について人並みに知っていれば悩まずに済んだのに!
今さら悔やんでも知らないことは知らないのだから現実を受け止めるしかない。
ココも頬が真っ赤になって辛そうだ。急な魔力欠乏で身体が火照っているのだろう。
正直これ以上、辛そうにしているココを見ていられない。
「ああ、もうなるようになれ!」
ココの口のそばに近づけていたポーションを口に含む。
そしてココに口づけ。
するとココは俺の頭をがっしりホールドし、口に舌を突っ込んできた。
「〜〜ッ!!!」
驚いて声を上げようとするが口を塞がれているので声にならない。
その間もココによる口内蹂躙は続く。
舌を吸ってきたり、歯茎を舐めてきたりとなかなか激しい行為が行われる。
こんなディープをしてくるなんてココはファーストキスじゃないのか?!
必死の抵抗も虚しく、まるまる一分は吸われ続けた。
俺とココの予想外の行動に場の空気が完全に固まる。
敢えて無視していたけど、ついさっきまで躍起に氷のドームを壊そうとしていたクズ親子でさえ口をあんぐり開け固まっている。
ああ! 恥ずかしすぎて死んでしまいたい!
赤面して顔を上げられない俺とは違い、ココは魔力欠乏が治ったようで満面の笑みを浮かべている。
心の中で母親の裸を思い出し、興奮を冷ます。
「ココもう大丈夫なのか?」
正直な話、まだココの顔を恥ずかしくて直視できないが肝心なことは聞いておかないと。
「はい! ネロのおかげで助かったのです!」
「そ、そうか。ところで……魔力欠乏しているときの記憶はあるの?」
あまりにもキスが激しすぎたから思わず聞いちゃったよ! ココだって女の子なんだから、こんなデリカシーのない質問はすべきじゃなかったか。
「やっぱり答えなくていいよ! ごめんな、変な質問しちゃって」
挙動不振な俺に対しココは可愛らしく首をちょこんと傾げる。
あー可愛いな。ココを見ていると癒されるよ。
こんな可愛い子とキスできたんだから役得だよな。それで全ていいじゃないか。
俺はそのように決め込むことにした。
「じゃあそろそろ今日の宿を探しに行くとするか」
「そうするのです!」
そうして俺とココは訓練場を後にするのであった。
去り際「助けてくれ! 俺らが悪かった! ベスタの街最強の称号も、有り金も全部渡すからここから出してくれ!」と聞こえた気がしないでもないが幻聴だろう。




