プロローグ
「はぁはぁはぁ!」
豪奢な調度品が飾られている廊下を少年は1人走っていた。
彼の背後からはガチャガチャと騎士達が追いかけてくる音が聞こえる。
「待てー!!!」
騎士の誰かが少年に止まるよう叫ぶ。
しかしそんなこと言われて止まるようなやつはいない。
「勘弁っ、してっ、くだっ、さいよっ!」
少年は走り続けて肺が悲鳴をあげているにも関わらず律儀に返事をする。その時少年の肺も足ももう限界だった。
普段運動をしていない少年と、日々鍛錬している騎士ではどちらが持久力があるかなど誰でも分かることだろう。
だが少年は足を止めることを許さなかった。
なぜなら……
「早くこの隷属の首輪をつけてくれ!そうしないと我々が怒られるんだ!」
そう、騎士達は少年に隷属の首輪をつけようと追いかけていたのだ。
この隷属の首輪をつけられた者は主人の命令に逆らえない奴隷になってしまう。
なので少年は必死に騎士達から逃げていた。
しかしここで少年の逃走劇は唐突に終わりを迎える。前方の曲がり角から別の騎士達が現れたのだ。
少年は絶望した。もう逃げ場がない、と。
少年は止まりざるを得なかった。
少年が止まったのを確認すると前方の騎士達が左右に分かれる。
騎士達の間から出てきたのは1人の少女だった。
その少女は金髪碧眼で出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる完璧なプロポーション。更には見るものを虜にする優しそうな笑顔。初めて見た人は彼女を聖女だと思うことだろう。
そんな彼女のことを国民はこう呼ぶ。
王女 カトレア・オモルフィと……
しかし今の彼女が少年を見つめる目は狂気の色で濁っていた。
「ふふふっ。やっと捕まえましたよ。今日この時が来ることをどれだけ待ち望んだことか……。
でももういいんです、ネロさんはもう私のものになるのですから」
鈴を転がしたかのような聞き心地の良い声。だが彼女の言っている内容は狂気で満ちていた。
「世の中では結婚するとき、男性が妻となる女性に指輪を送るそうじゃないですか。しかし私たちの場合はこの首輪でいいですよね?」
そう言いながらカトレアは、先ほど首輪をつけるよう叫んでいた騎士から首輪を受け取る。
「女性から男性に送ることになってしまいましたけど気にしないでください。
今つけてあげるのでそのままでいてくださいね」
少年は動かなきゃ逃げなきゃと思ったが、恐怖で体が震え動くことができなかった。
カトレアが一歩、また一歩と近づいてくる。
その光景が少年には死神が歩み寄って来るようにしか見えなかった。
そしてカトレアは少年の前で止まる。
「これからずぅーっとずぅーっとよろしくお願いしますね!!!」
そう言いながら首輪をつけられた。
首輪がつけられたことを感じるのと同時に少年――ネロ・ナダリヤの意識は闇に落ちていった。