感謝を込めて
雑貨店を見て回る。
問屋が商品の一部をバラで売っているような店ばかりだが、それでもイラインと同じく「都会のショップ」という感じがした。
ふと目に留まった、陳列されたアクセサリーを手に取り、手の中で感触を確かめる。
銀細工の硬質な感触に、僕は軽く頷いた。
細い銀線で編まれたようなメッシュ状の腕輪の中央に、大きな赤い玉が填まっている。
テトラの髪の色に負けず、燃えるような真っ赤な色だ。
「おお、坊主、良いもんに目を付けたな。紅電気石の腕輪か」
見ていると、店主が声をかけてきた。黒眼鏡の、何だかうさんくさそうな人だ。
「紅電気石、…ですか?」
「そうだよ、何だよ、疑うのか?」
電気石とは、変わった名前だが……。
どういった物だろうか、と尋ねようとしたところ、先に店主が動いた。
「見てろよ」
そう言いながら、吸っていた煙草の火種を手に移し、転がしながら今度は箸で腕輪を掴む。
そして、腕輪と火種を近づけると、パチンと火花が弾けた。
いや、違う。これは放電だ。
青白い火花を出し、パチパチと放電を繰り返している。まるで線香花火のように火花を机まで飛ばしていた。
「あ-、電気石ってそういう意味なんですね」
熱すると放電する石、だから電気石、か。
「何だ、電気石を知らなかったのか」
「ええ。初めて見ました」
呆れたように店主は眼鏡をズリ下げるが、知らなかったのだから仕方が無いだろう。
「でもこれ、大丈夫ですか? 付けてるときに焚き火にあたったりすると自分の手が痺れたりとか」
「そこはこれ、ちゃんと考えてあるよ。銀線の方に電気を通して、付けてる奴には伝わらないようにしてある。そこそこ威力はあるが、護身用には火種でも持ってないと使えないがな」
なるほど。ならば安心だ。
「それにしても、紅電気石も知らねえんじゃ、何でこれを手に取ったんだ?」
店主は不思議そうにそう尋ねた。
自分の所の商品に興味を持たれることが信じられない、という発想の方がおかしい気がするが。そこはツッコまないでおこう。
「綺麗な銀細工ですからね。そっちに目が留まったんです」
その言葉に、うんうんと腕を組み店主は頷いた。
「そうだな、綺麗な石だもんなー!」
「細工も見事ですよ」
そう褒めると、店主は嬉しそうに笑う。眼鏡を直しながら、照れるように目を逸らした。
「嬉しいねぇ。そこそこ値は張るから無理強いはしねえが、買ってくか?」
「はい。ちょうど良さそうですしね」
僕はもう一度その腕輪を手にとって、大きさを確かめる。
僕にもちょうど良さそうだが、填めるのは僕ではない。
僕が大きさを確認している様子を見て不思議そうにしているテトラに歩み寄り、その手を取った。
「うん、ぴったり。今日のお礼はこれでいいですかね」
「ほ、ほぁ!?」
何故か素っ頓狂な声を上げるが、それを無視して僕は店主に問いかける。
「これおいくらです?」
「銀貨五枚……と言いたいところだが、褒めてくれた坊ちゃんに免じて……」
恐らく値下げしようとしてくれているのだろう。
だが、贈り物を目の前で値切るのは失礼だろう。僕はその言葉を遮った。
「いえ、五枚で良いです。物には物なりの値段を付けなくちゃ、ね」
銀貨を取り出し、店主に差し出す。店主は呆気にとられた顔でそれを見ると、絞り出すように「毎度あり」と呟くのだった。
贈り物ではあるが、だがそれは気に入られなければ意味が無い。
要らなかったら捨てるなり売るなり好きにして欲しい。
そう伝えようとしたが、大丈夫だったようだ。
「……気が利くじゃない、あんた」
「どうも」
どうやら気に入ってくれたらしい。テトラは腕輪を見ながら、頬を綻ばせていた。
「さて、僕はお昼ご飯を食べたら帰ります」
「え? もう帰っちゃうの?」
もうすぐ昼になるという頃、僕はテトラにそう告げた。
「だってもう、やることがありませんからね」
もはやテトラに敵はいない。ヘレナを使っていた町長は死に、その手足となってテトラを狙っていた傭兵団は壊滅した。
町長を殺した以外にも、レイトンは何かやっているのだろう。だからこそ、レイトンも「あとはテトラがヘレナを働かせれば終わる」と言ったのだ。
つまり、残る仕事はそれだけだ。
そしてその仕事は、僕には出来ない。
力になろうとしても、恐らく逆効果だ。僕が隣にいるだけで、ヘレナはテトラの話に耳を閉ざしてしまう。
観光旅行も終わりだ。とても楽しかったが、商業地帯はもう歩いた。飽きる前に終わりにしておきたい。
だから、僕がいる意味はもう無い。早々にイラインへ帰ろう。
「街の案内、ありがとうございました。最後にもう一つ、ご飯の美味しいお店でも紹介してくれると嬉しいんですけど」
「あんたは本当にそればっかりね……。じゃ、わかったわ。最高の店を紹介してやろうじゃない」
「期待しますよ」
「期待してなさいよ」
そう短く言って、テトラはさっと後ろを向いてしまった。何か考えているようで、唇に手を当てて悩んでいた。
その姿を後ろから見ながら、僕の口から軽く息が零れる。
二日前にイラインを出てから、ようやく色々なことが終わった。
勝手な想像ではあるが、きっとテトラの肩から荷も下りている。今この場で、今日の昼ご飯を何処で食べようか、なんて他愛もないことに悩めるようになっているのだ。
傭兵を殺し、魔物を運んだ。ただそれだけだが、きっと僕は彼女の手助けが出来たのだ。
少し誇らしかった。
テトラの考えがまとまったのか、気恥ずかしそうにこちらを振り向く。
「私の行きつけだった店でいいわよね」
「美味しければ、どこでも」
「じゃあ大丈夫ね。あそこの緑の煮込みは絶品よ」
鼻を鳴らしながら、胸を張るテトラの様子が可笑しくて、忍び笑いが漏れたのは気付かれなくて良かった。
「あら、久しぶりね、テトちゃん。いらっしゃい」
「ハシランさんお久しぶりです」
入った店には、髪の毛を頭頂部でタマネギのようにまとめた女性がいた。
「ええと、そちらの人は初めてなんね。お友達?」
ハシランと呼ばれたその女性はまずテトラに挨拶をし、そして僕に目を向けて物珍しそうに尋ねてきた。
「初めまして。僕は」
「も、もしかして! テトちゃん!?」
僕の返答も聞かず、少し興奮した様子でハシランさんはテトラに詰め寄る。そしてテトラの首を抱えると、僕に背を向けて、話し始めた。
「誰!? ついにテトちゃんに春が? 春が?」
「いや、そういうんじゃ……」
「来たんね? 来たんね? うっひゃー! おめでとう!」
内緒話のつもりらしい。全部聞こえているのだが。
「ええっと、ハシランさん? テトラさんも困っているので、お仕事お願いします」
「おおっ? 彼、つれないねー!」
「僕らそういう感じじゃないんで」
「ほお……」
早く料理を出してくれ。やんわりとそう言うと、意味ありげに笑い、ハシランさんはそれ以上何も言わなくなった。
「……おばちゃんはこんな感じだけど、料理は美味しいから安心しなさいよ」
少し顔が赤くなっているテトラは、どかりと椅子に座るとそう言った。
それが聞こえたのか聞こえないのか、ハシランさんは、厨房に体を引っ込めながら叫ぶ。
「いらっしゃい! 今日のお勧めは緑の煮込みだよ!」
「いつもそれしか出さないんだけどね」
「はぁ……」
美味しければなんでも良いけど。




