助けてください
7/27 日付を少しずらしました
・一月七日
患者はどんどんと増え続けている。
確認されている病は二十種を超えた。ほとんど有効な手立ては見つからない。
渇望症の患者の管理に無理が出てきた。
拘束衣と猿轡をしていても、食事が出来なければどうしようもない。
今日、ジントが患者の猿轡を外したとき、指が噛み切られた。重大事故の発生。
他の治療師は、やりたくないと言い始めている。どうしたらいい?
第二十五治療院で増殖人面疽への新薬投与実験が始まったらしい。
妖精様のご子息が作った秘薬らしい。
私たちもそのおこぼれに与れないものだろうか。
院長は私たちに現場を任せたっきり。
現場は患者があふれている。
どうしたらいいのだろうか。神に祈れども答えてはくれない。
そろそろ観葉植物に水をあげないと。
・一月八日
灰血病の患者の受け入れが私の院でも始まった。
第四治療院から続々と患者が送られてくる。
寝台の数が足りなくなったので、発注をかけた。
木工ギルドの職人が、嫌そうだった。私だって嫌だ。
渇望症の治療の手立ては見つからない。試していない精神治療薬はもう私には思いつかない。
以前、鼻から脳に針金を入れて精神治療を行うという手技が存在すると聞いたことがある。院長に相談したら、青い顔で却下された。
・一月九日
熱が出た。目眩がする。
今日は休みたいと院長に申し出たが、却下された。
確かに仲間たちが手一杯な今、休むわけにはいかない。
頑張らないと。
・一月十日
良い報告。
増殖人面疽の薬に奏効が見られたらしい。例の妖精のご子息のものだ。
完治はしないらしいが、成長を完全に止めることが今のところ可能ではないかという噂だ。
私たちの担当している渇望症も、何かいいことがあればいいな。
肉桂を溶かした水飴はやっぱり美味しい。
でも、露天でご飯を食べられる店が少なくなってきたのを実感。
・一月十二日
ジントが家から出てこないらしい。
昨日今日とその分忙しかった。
最悪。
疲れたから早く寝る。
・一月十五日
どんどんと治療師が減ってきた。
ジントだけではなかった。他にも二人来なくなった。
院長に理由を聞いても教えてもらえない。
何で?
明日鉢植えに水をやるのを忘れないこと! ←絶対!!
・一月十六日
私だけ頑張ってる気がする。
もう嫌になってきた。他の治療院に応援を呼んでも来ない。
苛々して後輩に当たり散らしてしまった。ごめん。ここで謝っても意味ないけど。
灰血病の患者に対応するため、私もそろそろ資料を読んでみた。
感染症(恐らく)。四肢の弛緩が主な症状。血液が灰色に変化する。
瀉血は意味がないらしい。貧血の症状が強く出る。
論文が全然読めない。専門分野じゃないってきっと言い訳。
勉強不足がよくわかって自己嫌悪。鬱。
・一月十七日
灰血病の患者に高熱が出始めた。それも大勢に。
解熱してもすぐにまた熱が上がる。出血あるらしくて、全身の毛穴から血が噴き出して死ぬ。
これを書いている時点で既に五人死んだ。
まだ手当の目処は立たない。どうにかしろって院長は私たちに怒鳴り散らしていたけど、私たちに言われてもどうしろっていうの?
氷で冷やし続ければある程度は大丈夫なことはわかっている。
夜も交代で休みを取ることに決まった。私も少しだけ寝てまた早く行かないと。
・一月二十日
疲れた。
患者の隔離に成功したようで、死者は十二人で止まった。
でもそれぞれ個室に近い状態にするために、治療院の部屋が足りなくなってきた。
この前の戦争のときみたいに治療院の外に天幕を作ることを提案したが、地域住民の反対で没になりそう。
帰り際に、患者の子供らしい男の子に「神様が助けてくれるよね」って言われたから、頷いておいた。
どうしてそうだよって言えなかったんだろう。
でも頑張ってって言ってくれた。嬉しい。まだ頑張ろう。
・一月二十三日
蘇った死体が歩いていた、という噂を聞いた。
そんな悍ましいことあるわけないと言いたいけど、もう言えない。
信じられないことが起きすぎている。何を信じれば良いのかもうわからない。
あのときの男の子が今日患者として来た。
草で腕を切った傷から、血じゃなくて透明な液体が出てきたということで、第三治療院に紹介になった。
不死の首だったら、どうしよう。今度の勉強会の時に様子を見れたらいいけど。
・一月二十四日
今日は少し吐いた。
花が枯れてしまった。
・一月二十五日
灰血病の患者の大量死について、喚問を受けた。
私たちの衛生管理が悪かったらしい。なんだそれは。
確かに私たちも悪かったのかもしれない。でも仕方ないと思う。今は災害の中で、そんなところまで手が回らない。
この治療院で動ける治療師はもう五人だけだ。院長は頼りにならないし、私と他には一等治療師が二人だけ。あとは二等の見習い。
なのに何故私たちが責任をとらなければならないのだろう。
私たちは寝る間を惜しんで働いているのに。
悔しい。
でも、たしかに、死んだのは私たちの責任なのかもしれないと思う。
反省しなくちゃいけない。
まだ生きている人たちのことを見なくちゃいけないから。
頑張ろう。
・一月三十日
少しだけ良い報告があった。
渇望症の瘴気源が野良犬ではないかという説が浮上した。
渇望症の患者は数日以内に犬に噛まれているのではないかという報告が上がったのだ。
ならばこれ以上の拡大は防げるのかもしれない。直ちに犬の管理を!
帰り道に買い食いしていた屋台が全部閉まっていた。
最近道を歩いている人が少ない。食堂も閑散としている。私にとっては死活問題だ。
街の元気がなくなっているのを感じる。
早く、私たちがどうにかしなければ。
友達と会ったら、酷い臭いがすると注意された。
身だしなみにも気をつけないと。
・二月五日
野良犬じゃなかった。
野良犬だけど野良犬じゃなかった。
見てしまった。もう逃げたい。
・二月六日
違う街に異動願いを出した。
でも多分、受理されない。
この頃街の中で叫び声がよく聞こえる。
夜になると静かになるからもっとよく聞こえる。
もうきっとこの街は終わりだ。
神よ、助けてください。
私はもう救えません。
――とある治療師の日誌




