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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
いつか魔法使いになる君へ

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わからなければわかるまで




 王都一番街にある治療院は、かつてこの国と聖教会の契約を担う最重要の拠点だった。

 エッセン王国と聖教会との契約。エッセン王国内に聖教会の治療院を設置する際に、治療院の建設に関わる費用や経費を一部負担する。その代わりに、聖教会は有事の際に中立の垣根を越えてエッセン王国に協力する。


 治療院は宗教施設であると同時に、民衆にとっては保健施設だ。傷病を癒やし、精神を含めた衛生の管理を指導する。聖教会が根を生やし治療院を建てた国と拒んだ国とでは、健康寿命が二十年ほど離れることすらもある。

 癒やし手である治療師たちは皆聖教会の敬虔なる信徒で、彼らに救われた民衆は、自然と聖教会の教えである神の愛や隣人との助け合いを理解することになる。


 病を癒やし傷を癒やし、また人心というものすらも癒やす彼らの助けもあり、千年もの間エッセン王国は大禍なく過ごせたということもあるだろう。


 だがその契約は、既に破棄された。

 エッセン王の失策によって。




「始めてくれ」

「はい」

 特等治療師エンバー・スニフクスがぼそりと呟くように促せば、会議室の空気がシンと冷えた。

 

 王都の一番街にある治療院、その奥にある会議室は、他の部屋と同じく青々とした光沢ある石の壁で囲まれている。

 大きく細長い机の両脇に並び座るのは、この王都や近隣で勤める治療師たちの中でも有力な者たち。特等治療師や高等治療師という聖教会の中でも特に上の等級の者も含めて二十名。

 中には、ソラリックのような一等治療師もいる。

 ただし彼女は今、机の長辺の端、壇上の黒板の前に立っていた。


「まず私たちから報告するのは、第九拘置所を中心に集団発生した特異的な腫瘍を発生させる病です」

 ソラリックが居並ぶ面々を見つつ口にすると、同時に紙を探るような音が会議室の中に響く。彼女が勤務している治療院の者たちと協力して作り上げた手書きの資料は十五頁以上。その内容ではなく図柄を確かめるように、幾人かがぱらぱらと最後まで流し見しつつ捲っていた。

「僭越ながら、ここでは仮称としまして、私たちは『人面疽』と呼ばせていただきます」


「……人面疽……」

 ざわ、と誰かが改めて呟く。長年勤め、病に関しては素人ではないはずの治療師たちすらも聞いたことのない病名。または症例。当然まだ馴染み深くはない。

 ソラリックはざわめきが落ち着くのを待って、自分の手元の資料に目を向ける。すべて暗記している彼女にとっては不要だが、それでも念のために。


「現在確認されている罹患者は十五名。主な症状は、身体の表面に現れる瘤です。初期の段階では痣様の皮膚の色調変化が現れますが、数刻で激痛を伴う腫瘤に成長します」

 その様子を思い出しながら、ソラリックは資料を背中に隠すようにして後ろに回す。視線の先では、ソラリックの用意した資料を見た治療師たちの多くが神妙に顔を硬くしていた。

「成長した腫瘤の特徴としまして、表面の凹凸が人体の組織を模した形状に変化します。顔や手足など様々ですが、その腫瘤の形状を決定する法則は見つかっていません」


 治療師たちが、複数枚の素描を綴じた紙の束をパラパラと見て、隣へと回す。腹部や顔、関節に現れた顔や手足が克明に描かれたその絵は、やはり彼らとしても見慣れたものではない。


「そして更に成長すると、……十日ほどかけ、現在二名がそのような状態ですが……」


 絵の中には、一つ異様なものがある。

 描かれているのは患者の腹部。最初に発症した二人は、既に腫瘤から次の段階へと進んでいた。

「成長した腫瘤は徐々に人の形を形成します。今朝の段階ではその素描よりもまた少し進み、赤ん坊の上半身が完全に腹部から突出しています」


 ソラリックの言葉を聞いて、そのときちょうどその絵を見てしまった上等治療師は特に激しく眉をひそめた。

 人面疽は成長する。まるで宿主の身体から養分を吸い上げるように育ち、その身体を作り上げていくように。

「他の患者も徐々にそのような状況になりつつあります。魔力探査から推定された腫瘤の内容物は実質性のもの。また、その資料には記載していませんが……」


 ごく、と誰かが唾を飲んだ音が響いた。

 言葉を切ったソラリックの次の言葉が、聞きたいような聞きたくないような。


「顔が形成されたものは初期の段階では筋肉に似た構成ですが、成長すると徐々にその構造物も生成されるようで」

「つまり、その赤ん坊は」

 一人の上等治療師がソラリックの言葉の先を読み、言う。そしてソラリックは頷いた。

「眼球の生成が肉眼で確認できました。上半身のうち、上部の内臓器官も既に」


「……患者本人にその他の様子は?」

 特等治療師が資料を捲りつつ呟く。

 ソラリックはその言葉に予定を変更して先の言葉を脳内で反芻した。

「食欲の減退、また特定の匂いに反応しての吐き気が見られます。食欲の減退は激痛によるものではなさそうで、むしろ消化管の症状によるものではないかと」

「体重の減少、衰弱は食欲不振によるものか……まるで悪阻だな」


 悪阻。

 その言葉を聞いて、ソラリックは内心頷いた。

 確かに、と自分も患者と直接接してそれは考えていた。

 まるで同じなのだ。人が人を生もうとしている。その際に起こる食欲不振。また、吐き気。実際には違えども、接触したソラリックの印象としては確かに。

 

 たちの悪い冗談だ、と言うように、数人の治療師たちの間で笑い声が広がる。


 だが、だから。


「『生め』ば治まる、という可能性は」

「ないとは言い切れません。現時点では、……ですが……」


 特等治療師の指摘も、同じようなことはソラリックも考えた。

 これがたとえば異所性の妊娠と同じようなものだと考えれば、生めば悪阻は治まるだろう。まだ『成長』が完全に終わったといえる患者がいないため、確認する術がないだけで。


 だが、とソラリックは言い淀む。

「日をおいて、別の箇所に二つ目の腫瘤が発生した患者もいます。集団で複数人が同時に発症し、更にそのようなことが起こるとすれば、原因を絶たなければいけないのかと」

 未だ原因は絞れていない。何かしらの毒物によるものか。人から人へ、もしくは虫や動物から瘴気が感染したものか。虚証(機能不全)というのは考えづらいだろう。


「この人面疽は、現時点で三つの拘置所で確認されています。共通点から原因を探るべく調査を続けます。また、並行して治療法も」

「……引き続きよろしく頼む」

「はい。報告は以上です」


 血色の悪い頬を動かして、エンバーが労いの言葉をかける。

 その言葉に重圧からの解放感を覚えつつ、ソラリックは頭を軽く下げて壇を降りた。



「では次に、『不死の首』についての報告を」

 エンバーは言いつつ、じろりと会場を見回す。そのくまのある惚けたような目で見つめられた次の発表者は、背筋を正しすぎたように勢いよく立ち上がる。

「はい!」



 壇に登る治療師を見つつ、ソラリックは『これだ』と思う。

 同僚の治療師が話していた噂話。処刑場で死んだはずの罪人の首が喋り出したという話。

 本当のことだったのだ、と感じ、まず同僚への謝意を胸に浮かべた。そしてそれと共に感じたのは、治療師としての『おぞましい』という恐怖。

 また、『もしかしたら』という期待と高揚。


「発見の経緯については詳しいことが資料にございますので、説明に不足があればそちらをご覧ください」

 説明者はとある上等治療師だった。

 人面疽と異なり、『不死の首』に関してはまだ一般の治療師に対しても噂の段階だ。死という神からの贈り物を受け取らなかった愚かな事象。それを広めぬべく、状況を限定するために秘されていたこと故に。


「『首』は十一日前に処刑された罪人です。三十四歳の男性。身長五尺五寸、体重は二十貫ほど。死因は斬首となるはずでした」

 はずでした、という妙な文言も、この場にいる全員が既に理解している。そのため誰も口を挟むことなく続きを視線で促した。

「斬首が行われた後に、処刑人により対象は生存が確認されました。その際の確認は、自身の生存を告げる言葉を発し、瞬きを見せたことによりなされています。また、刑吏により報告され、現場に急行した治療師……つまり私ですが、私と部下が到着するまでに明確な受け答えをしていたとのことです」


 上等治療師は、読み上げていた自身用の資料を捲りあげる。

「『首』と『身体』は現在第三治療院で保管しています。これらは共に特異的な特性を持ちます。現在わかっている最も特徴的なものは、やはり『不死』であることです」

 元々口を挟む者はいなかったが、『不死』という単語に皆が静まりかえる。衣服の音すらも消えて、固唾をのんで発表者の唇の動きを追うように見た。


「彼は生体反応上死亡しています。『首』に脈はありません。血液は切断から移送の間に全て抜け落ちているようで、それ以上の出血は見られません。しかし液体成分がないわけではないようで、切断面から浸潤する液体により、切断面は常に湿っています。この液体は血液や関節液、脳漿とは異なるようで、……採取されたものをこれから回しますが、ご覧の通りごく薄い赤みがかった透明なものです。回収当初は血液反応がありましたが、後にそれは単に血液の混入によるものだったと断定されました」

 発表者は袂の隠しから小さな瓶を取り出す。木で栓をされた透明に近い硝子瓶の中には、数滴ほどの液体が滴を作っていた。

 渡された近くの席の治療師が、恐る恐るとそれを覗き込んで壁の火の明かりに透かす。水のようでもなく粘稠性のある液体は、人の発する液体には見えない。

「呼吸などもしておりません。しかしながら空気がなくても生存ができるというわけでもないようで、密閉した容器の中に入れて小半刻で苦しみ始めました。肌から吸収している、というのが現在有力です」

「あの」


 一等治療師の一人が、震える手を上げる。

 言葉を止めて続きを促した上等治療師に、恐縮しながら会釈する。

「声を発した、とのことですが、声帯などは身体側にあったのでは」

「……それについては、副資料に詳しく」

 ソラリックの回覧させた素描と同じく、上等治療師も資料を用意していた。ソラリックと異なり複数部用意された素描集は、複数人で描いたものだ。

「切断された首の断面は、十一日経過した今現在も治癒の跡は見られません。しかしながら、特異な構造物が造成されているものが肉眼で確認されています」

 とんとん、と自らの喉を叩き、上等治療師は一等治療師を睨む。自らよりも下の地位にあるはずが、自らの話の腰を折った痴れ者に。

「声帯の代わり……」

 エンバーが呟く。上等治療師はその目つきを和らげ、頷く。

「『首』側に残った一部の声帯と周囲の組織が形状変化を起こし、声のための空気移動を含め、その代わりを為しています。しかしあくまで代用らしく音域は制限されている模様です」


 今のところ質問はそれだけか。そう口にする代わりに上等治療師は皆を見渡し、咳払いをしてまた資料に目を戻す。

「『身体』の方も同様。こちらは心拍が続いておりまして、その影響により血液全てが排出された後、切断面から先ほどの赤い液体が滲出を始めています。実験として指の一部を切断したところ、そちらからの液体の滲出も確認されました」


「…………」

 ソラリックは黙って首を傾げた。

 『不死』と聞いて、わずかに持っていた高揚感。それが少しずつ消えてゆく気がして。


「また斬首当初は麻痺していたのか平常の受け答えが出来ていましたが、徐々に切断面の痛みが現れました。本人の訴えによると『全身が痛い』とのことですが、これは幻肢痛のようなものと考えていいでしょう。『身体』側との痛覚の同期はなく、また半日に一度切断面を麻痺薬を溶解させた水槽に漬けることで安定、睡眠を取れるまでに改善しています」

 『不死』つまり、『死なない』ということ。確かにそれは、ソラリックが欲しかった事象、なのだけれども。

「食事に関しては不明確です。現在のところ糖水を経口摂取させています。ほぼ全てが切断面から流出しますが、飢餓やそれによる衰弱の兆候は今のところ見られないため、こちらに関しては引き続き状況を見て条件を変更します」


「ならば次に探るのは……」

「確実な死を与える手段、ですね」

 エンバーの言葉に上等治療師は不敵に笑う。

 治療師として最も為すべきこと。

 彼らにとってそれは、魂を行くべきところへ導くこと。

 生の世界か死の世界か。脈も呼吸も止まった彼の者は、絶対的に後者だろう。


 上等治療師は資料から目を離し、得意げに指さす。先ほど回覧した小瓶を。

「先ほどの実験で切断された指。右手の示指が鍵となりました。初期こそ指側からの浸出液が確認されたものの、半日ほどで浸出液が停止し、切断面の乾燥が見られています。それと同時に、腐敗の開始も」

「つまり、浸出液さえ尽きれば」

「まだ浸出液の止まっていない『身体』側でも実験が必要です。脳の破壊や焼却や凍結なども有効かもしれない。まだ全ての条件を解き明かしたわけではありません。けれども現時点でわかることから、彼は『不死』ではなく、『未死』と呼ぶべく状態にある。おそらく少なくとも、乾燥下に放置すれば、もしくは窒息させれば」


 ソラリックは目を伏せる。

 なんとなく、惨い、と思った。

 神の御意志に従っているはずなのに。死すべき者を魂の火の中に送る尊い行為のはずなのに。


「数日で死に至るでしょう」


 その上等治療師の笑みと不死の者と。どちらもおぞましく感じたのは何故だろうか。




 次は、と促されてまた別の症例報告が始まる。

 今回この会で報告される新症例は合計八つ。これは一度の会で行われるものとしては多く、更にその全てが新発見というのも異例のことだった。

 人面疽、不死の首。更には温厚な人間が突然凶暴な性格へと変貌する症例や、無限に続く飢餓感に苦しむという渇望症、末端から身体が砂のように崩れてゆく奇病やはたまた他の生物の皮膚と接触すれば即座に癒着し癒合するというものまで。

 

 治療師というものは、基本的には地位が高いほどに治療の業を深く修めている。故にここに集まった特等から上等の治療師は、治療師たちの中でも上澄みと呼べる。その上で、参加している一等治療師たちは将来有望な者たちばかり。

 しかしそんな優秀な治療師二十名が、いずれも知らない病ばかり。


 未知の病がこの王都付近で複数同時期に蔓延している。

 きっと、何かが起きている。

 それをその場にいた皆が確信するのには充分な事態だった。



 席を立ったソラリックが抱えた書類の束は分厚い。

 計八つの症例報告に関する資料に、また自身の覚え書きも含めた書類は、後で見返して精査する必要がある。発表の際に口にされなかったことも、資料には論文には詳細にまとめて書いてあるのだから。

 

 いくつかの治療院ごとにまとまりを見せていた一団が、一つ、一つ、と退席してゆく。

 そして後に残るは資料をパラパラとまた見返していた数人で、彼らも溜息やうんざりした顔を抱えてやがては退出していった。


 最後に残るのは。


「……あの」


 ソラリックは残っていた最後の人間に声をかける。

 何の気なし、というだけではあるが、それだけではない。

 席に座っていた男は両手で頬杖をつきながら、真剣な目で資料を見下ろしていた。視線は微動だにしない。文章を読んでいるわけでもなく、ただそこにあった素描に釘付けになっていたからだ。


 声をかけられたのはエンバー・スニフクス。この症例報告会に参加した二人の特等治療師のうちの一人。かつては副都イラインの治療院で勤めていたが、王城治療師長ジュラ・アッペの凋落に伴う人事異動の余波でこの王都へやってきた一人だ。

 エンバーは一瞬声をかけられたことに気づかなかったが、視界の端の視線に顔を上げた。

「なんだ?」

 

 まるで今の今まで眠っていたかのような無気力さを湛えつつ、エンバーは目の前の水色の髪の少女を見た。

 名前は知っている。この症例報告会の中で最年少だった一等治療師、コルネア・ソラリック。とても優秀なのだという噂も、彼女が作った先の資料から読み解ける。


「それ、『不死の首』ですけど……何かまだ気になることでも?」


 変な質問だ、とソラリックは自身でも思った。

 気になることなどあるにきまっている。自身の中にも数限りなくある。何故このようなことが起きているのか。何故彼にこのようなことが起きたのか。大きなそれすらも、今のところ解明出来ていないというのに。


「いや」


 言葉少なめに、エンバーは資料を閉じる。

 だがそれから動きを一瞬止めて、少しだけ考えた。


「…………『不死の首』の男に、妙な証言があるのは読んだか?」

「妙な証言……というのは、……」

 えっと、とソラリックは先ほど記憶した文章全てを思い返す。一読すれば大抵の文章は覚えていられる。二読すれば句点や読点の位置までも。頁一つでも、本一冊でも、本棚一つ分でも。それは彼女の特技だ。

「原因だ。あの男がその体質になった理由」

「それは、『ある晩、力を授けられた』とか」


 丁寧な言い方だが、それは脚色というものだろうと二人共に思う。

 だがその意味はきっと実際のものと相違あるまい。


「発見のおよそ四日前の夜。男は死刑囚用の房に侵入してきた青い髪の女により、その力を授けられたという。『死にたくないか』という問いに、『死にたくない』と答えたところ、何かの粉と液体を振りかけられたと」

 言いつつ、エンバーは嫌な想像に顔を歪める。

 考えるのは『青い髪』。ただそれだけだが、その共通点が無視できなかった。

 二十数年前、とある青髪の高等治療師の少女が起こした事件。それは当時を生きる上等以上の治療師の記憶には、どこか必ず残っているだろう。

 

 未だに本国には、その被害者が残っている。

 一度エンバーも見たことがある。治療師たちの中でも強い権限を持つ者しか入ることの出来ない実験室の中、水槽の中でちゃぷちゃぷと浮かぶ首。

 そうだ。彼らにとって不死の首というのも初めてではない。

 もっとも、その首には、まるで植物の張る根のように血管や一部の消化管などがぶら下がっているのだが。


「もしもその青い髪の女が、追放された治療師なのだとしたら……」

「特等治療師様は、その女性に心当たりがおありなのですか?」

 資料には『青い髪の女』としかない。そこには服装や職業に関することなど何もなく、それ以上の素性を推定できる要素はなかった。

 けれどもエンバーは彼女を治療師と疑い、なおかつ追放されたと条件まで付け加えた。

 明らかな不自然さにソラリックは追及する。

「……いや」


 エンバーは首を横に振る。そのまだ若い治療師に明かしてもよい禁忌の話か迷い。

 しかし疑念は消えない。

 本人と会ったことはないが、彼女の書いた症例報告や論文にはエンバーも目を通したことがある。誰とも違う観点から人体や病を分析し、練り直す彼女の刺激的な文に魅了された同期も多い。

 聖教会の歴史上類を見ない才能を持ち、二十代の若さで高等治療師まで上り詰めた聖女候補、エウリューケ・ライノラット。もしも堕落した彼女がまだ生きているのであれば、生きた人体の性質を作り替えることも、新たな病を作り出すことも可能ではないのかと。


 それに、たしか彼女が最も多くの論文を記し、興味を寄せていたとされる分野は……。



 ……。

「未曾有の事態だ」

 現在確認されている罹患者は、八つ全ての病を合わせて二百人近い。そして更に確認出来ていないだけの罹患者もいるかもしれないし、発見されていない病もあるかもしれない。

 死者すら既に出ている。五日前花街で突然凶暴化した男は、それを取り押さえようとした衛兵も同じく狂気に侵された影響で死亡した。

 きっと他にも。

「私も権限の及ぶ限りで資料を取り寄せる。もちろん全員が閲覧できる形で」

「はい」

 エンバーは椅子に座り直し、咳払いをした。

「お互い、力を尽くそう」


 治療師として、お互いその発言に否はない。

 差し出された手にはその誠意が宿り、ソラリックも握手に応える。


 決意する。


 手を尽くす。ならば、私も。

 ……では『彼』ならば。




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― 新着の感想 ―
[一言] 断面から出てる液体スライムっぽい感じがする
[良い点] 死なない仕組みに悍ましさよりも逆に関心を覚えちゃった私はダメかもしれん……。 人面瘡から出産……男からも産まれてるってことは通常の出産と違うだろうからエケチェンよりどっちかといえばクローン…
[良い点] 登場当時からは想像もできないソラリックの躍進。あのうるさいやつがこんなに... [気になる点] 強制懐妊なら誰でも聖母マリアになれる..ってコト!? [一言] 人の生命を助ける者達が誰かが…
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