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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
かつて魔法使いだった貴方へ

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人間なんてそんなもの




 少々の休憩の後。先ほどオトフシと僕が話していた場所、道の脇の木陰。アリエル様は騎獣の耳の横で腕を組んで浮かび、ごそごそと何かしらを話していた。

 話しているのはもちろん騎獣。虎の牙と足を持つ馬、ハク。額にある一角獣の角は、どこかにぶつけたことがあるのか僅かな罅が見えた。


「アリエル様」


 ご歓談中申し訳ありませんが、とでも本来ならばつけなければならないのだろうが。

 しかし一応敬ってはいるものの、僕たち四人ともはもはやその程度はつけない気安さになっていた。それは彼女としてもそれは望ましいことなのだろう、というのは願望ではあるまい。


 騎獣はグルと鳴き、アリエル様が振り返る。

「何?」

「この後の行程についてお聞きしたいんですが」

「? そろそろ出て後は次の街までノンストップでしょ?」

「ですが雨が降りそうで」


 また不思議そうにアリエル様が空を見上げる。

 だがオトフシと違い、すぐにうんと頷く。もう一度騎獣が何事かを言ったが、その言葉を耳に入れ、返事をしたようにも見えた。


「らしいわね」

 頷きつつも、で? とアリエル様は首を傾げた。

「旅程の変更はないですし、雨も普通、騎獣車で普通に進めると思いますが……彼はどうでしょうか?」

「この子の都合は、ってこと?」

「ええ。聞けるなら考慮したほうがいいと思いまして」


 正直独断だが、と僕は内心付け足した。

 雨や雪など、天候不順のときも、通常は騎獣の都合など考慮しない。雨でも馬は走らせるし、特に馬車ならば中の人間には雨も影響しないのだから。

 もしも雨などの際に馬を含めた騎獣の都合を考慮するとしても、彼らにはそれ専用の雨具をつけるくらいだろう。ほっかむりのような布を頭と身体に被せ、蹄があればそこに油を塗ってやるくらい。そして、走らせた後に身体を拭くくらい。


 まあ、そもそも野生の場合は身体を拭くことも出来ないし、雨具も持っていないのだ。

 それでも生活できる以上、必要ないともいえるのだが。


 アリエル様は「ふうん」と鼻を鳴らし、ハクに問いかける。

「ですって。貴方は雨でもいける?」

 目だけを彼女に向けていたハクは、少しだけ角を振るように顔を揺らし、また静かに鳴いた。

 そしてそれを聞いたアリエル様は、僕に向かって事も無げに口を開く。

「慣れてるから平気だけど、ちょっとやだって」

「……では、どこかで雨宿りですね」


 まだ降り始めていない以上、今は走ってもらうが。

 しかし、そういうことならばいいだろう。

 小降り程度ならば走らせる。その内で、休めるところを見つけるか、もしくは大降りになったら枝の間にでも布をかけて屋根を作る。

 僕の提案として、ルルたちにはそう伝えよう。


「少しでも距離を稼ぎたいので、そろそろ出発しますか」

「わかったわ」


 ルルたちに声をかけて、提案を伝えて。

 彼女らには迷惑をかけるかもしれないが。


 

「そういえば、あんた知ってる?」

「何をですか?」

 僕は振り返る。アリエル様はハクの首の上に腰かけて、自分の組んだ膝に肘をかけてむくれていた。

「昨日の夜ルルちゃんに勧められて、読んだんだけど、あたしが書いた本があるって」

「……ええ。読ませてもらいました」

 『散歩の末に森に迷い込んだ少女と、彼女を救う王子の冒険の記録』。ルルのお気に入りの本らしい。僕も彼女に勧められて読んだもので……、最後にアリエル様の献辞が書かれていたのは驚きだった。

「あの様子だとルルちゃん知らないのよね?」

 あたしが書いたことを、と言葉にせずアリエル様は付け加えたように見えた。

 その言葉にされていない問いに僕は悩みもせずに即答する。

「そうですね。作者の名前は伝わっていないらしいです。最後に英語が書かれていたので僕は気付きましたが」

「言わないの?」


 それから、アリエル様が放ったその一言に、僕は一瞬言い淀んだ。

 言わないの? というよりも、教えてあげないの? だろうか。 

 僕が一瞬黙ると、森の中を通る風が、その代わりをするようにざわざわと茂みを鳴らした


「あまり、話したくないんですよ」

 秘密にしたい、というわけではない。アリエル様がその本を書いたことくらいならば別に秘密でも何でもない。

 けれども、その事実を知り得た理由が、僕の口に閂を掛けている。


「何故それに気付いたのか、ということを話せば、必ず日本の話になる」

「そんなの適当にでっち上げればいいでしょ」

「嘘は必ずばれます。特に彼女には」


 そして嘘は彼女の最も嫌うものの一つ。

 ならば、僕は彼女に嘘をつく気はない。正直に全て話すというわけではないが。……。


「そ。ならあたしもあんたに関しては黙っとくけど。あんたは黙ってられない気がするわ」

「……どうですかね」


 永遠に秘密を守ることなど、死者にしか不可能だと僕は思う。

 いつかレイトンか誰かに言われた気がする。世の中には、秘密を抱えておけない者がいる。そういう者はどのようにしてか、秘密を自ら明かそうとしてしまうと。

 多分僕もそうだろう。


「でさ、そうじゃないのよ」

 頷いた僕にそれ以上言葉を続けず、話題を変えるようにアリエル様は足を組み替えて、目を瞑るようにして細い眉の根を寄せた。

「あたしが書いたらしい本があるじゃない?」

「書いたらしい、というのは?」

「だってあたしそんな覚えないもの。過去の私か未来の私か、そのどっちかが書いたんでしょうけど」

 むふー、と溜め息の代わりに鼻息を深くする。

「読んだんなら話は早いわ。あんたはどう思った?」

「どう、というのは?」

「あのオチ、リアルすぎて嫌じゃない?」

「現実的かどうか……ですか?」


 リアル。写実的、という風な意味ではないだろう。

 そもそもに地の文の省略や抽象的な表現が多かったような記憶がある。動作一つ一つ、表情や物体の描写を細部まで密にするような文章ではなかったと思う。

 ならば、その現象……もしくは展開のほうについての話ではないだろうか。

 アリエル様も頷いているし、きっとそうだろう。


 もう一度溜め息をついて、アリエル様はその小さな唇を開く。

「主人公の女の子は大人になって、夢の中のことなんか全部忘れてしまいましたとさ、って」

 つまらなそうに呟かれた言葉は、しかしはっきりと苛立ちが見えた。

「忘れたのは夢の中のことではなく、子供時代のことでは」

「同じことよ」

「…………。現実的かどうか、という観点であれば、子供の頃のことを忘れてしまうなどありふれたことではないでしょうか」

 あの本を読んだ頃。エウリューケの実験に付き合って実感したこと。

 僕たちには子供の頃の記憶はない。僕の今生は特殊だし外すとしても、通常の人間は子供の頃のことなど忘れてしまう。

 おおよそ三歳以前の頃の記憶を皆は持たない。エウリューケも言っていたことだ。


 あの話を読んだだけで納得したわけではない。

 偶然にもあの時見聞きした事象が、その話のオチを僕の中では補強している。


「寝ているときに見る夢だって、僕たちは覚えていないことの方が多いんです。それを考えると、あまり違和感はありませんでしたね」


 起床した直後ならば、その日見た夢を覚えていることのほうが多いだろう。

 けれども、たしか前世でもそのような論文を見た覚えがあるが、大抵の人間の脳は夢の記憶を不要と判断し、すぐに忘れさせてしまうという。

 

「……ふうん……。……やっぱ人間なんてそんなもんなのね」


 僕の答えに満足いかなかったのか、それでも納得したのか、アリエル様が転がるようにしてハクの背にしな垂れかかる。


「……あたしは嫌だったけどね」


 それからぽつりと呟いて、俯せに顔を隠す。

 早く行け、と追い払うように僕に向けて手を振った。





 雨が降るのは予定通りだ。

「降ってきました」

 木戸の隙間から素通しの窓を覗いて、ルルが呟く。

 そんなに大きくはない小さめの乗合馬車という程度の馬車。本来ならば少なくとも馬二頭か三頭で引くものだが、ハクは一頭で軽々引ける。

 四人がけの椅子が向かい合い、そこに座るのは僕たち五人。アリエル様はほとんどスペースを取らないために、皆のパーソナルスペースは余裕がある。本来ならば御者として一人馬車の外に座るのだろうが、ハクに正確に意思を伝えられるアリエル様がいるためにほとんどそれは必要なかった。


 一応周囲の見張りはオトフシの担当。それに僕もいる。周囲を威嚇することは出来ないが、それでも充分すぎる安全性があると自負している。


 幌をぱらぱらと雨が叩く音がする。

 この程度の小降りならばまだいいだろうか。


 直接当たるわけではないが、馬車の壁の向こう、湿った空気が涼しさを持たずに僕たちの身体を冷やす。

 ムジカルに近いこの辺はもう温かいはずなのに。

 ルルは自分の手荷物の中から薄い布を引っ張り出し、膝掛けとして下半身を覆った。


「暇よ」


 ぽつりとアリエル様が呟く。

 誰にとも言わずに発された言葉は、狭い部屋の中によく響いた。


「ねえ、誰か面白い(はなし)してよ」

「いきなりの無茶ぶり……」

 突然そのようなことを言われても無理だろう。

 そう思い、僕は思わず声を上げる。見回しても誰も僕と視線を合わせなかったが、サロメは目を閉じて頷いていた。


「じゃあカラスからね」

「僕も特にないんですけど」

「じゃあ今考えなさい。テーマは……そうね……」


 馬車の後ろ側、荷台の出っ張りに腰かけたアリエル様は、パタパタと踵を壁にぶつけながら悩むように視線を漂わせる。

 そして傍らにあった本に目を留めて、少しだけ目を細めたように見えた。


「テーマは、『子供の頃にあった不思議なこと』」


 膝の間に置いた両手を見つつ、アリエル様は呟く。

 それから上目遣いに僕を見て挑発的に笑う。


「もうすぐ雨は強くなるわ。それまでに話し終えるようにまとめなさい。シンキングタイムは、あんたには十秒くらいあれば充分かしら」

「短すぎませんか?」

「あら、十秒ってとっても長いわよ。文句言ってるだけだとすぐ過ぎちゃうけどね」


 チッチッチ、と口で言い、アリエル様は僕を急かす。


 ……まあ、確かに待ってるだけだと空気も悪いしそれくらいはいいだろうか、と納得するのに二秒ほど。

 しかし、子供時代とは何処の子供時代だろう、と僕の人生の複雑さに悩むのにもまた二秒ほど。

 それから今生のことと改めて決めて、慌てて僕の人生を振り返っている最中に、アリエル様は「時ー間切れー」と意地悪っぽく囃し立てた。





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― 新着の感想 ―
[一言] 赤ん坊として生まれたら森に捨てられてました。不思議ですねー 3歳どころか、0歳の頃の出来事ですが、まだ覚えています。 あら不思議ー みなドン引きするから止めなはれ
[一言] カラス「イラインにいたとき迷子の子供を助けたら親に感謝されるどころかつっけんどんな扱いを受けた。不思議だなー」
[気になる点] >「だってあたしそんな覚えないもの。過去の私か未来の私か、そのどっちかが書いたんでしょうけど」 ん? アリエル様が単純に忘れてるだけならどうしようもないけど、覚えがないって前提…
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