スニーキングミッション
町長の邸宅は、立派な石造りの家だった。
大きな塀に金属製の門扉、蔦のあしらわれたアーチに装飾など、およそこんな森の中にそぐわない、見事なものだ。
「わあ、金持ってそうですね」
閉じられた門の前に立つ。思わず僕が呟くと、テトラも同意した。
「これが、真っ当に稼いだお金なら良かったんだけどね……」
「一応、ここが村……じゃなくて、街の議会場も兼ねているんですか」
「そうね。そこはずうっと変わらないわ。もっとも、先代のときはずっと慎ましかったのに、今じゃこんな豪華な場所よ」
苦々しくテトラは吐き捨てる。その手は、今にもこの家を燃やしそうなほど熱が発せられている。
「それでは、中にいる傭兵達の始末ですが……」
「やり方はもう任せるわ。私が口を出すより上手くいきそうだもの」
「そうですか」
任されても正直困るのだが。先程の酒場とは違って、中には何人も街の人間がいるのだ。見られたとしたら、口止めしてもキリが無くなる。
死体の始末も問題だ。死体が見つかったら、いくらなんでも騒ぎになる。
埋めるか、燃やすか、どうにかして見つからないようにしなければいけない。
……そう悩む必要も無かった。そうだ。見つからないのは得意じゃないか。
となると問題は死体の処理だけだが、それはテトラに任せればいい。
「んーと、じゃあ、死体を持ってきたらテトラさん燃やしてくれますか?」
「いいけど……、持ってきたらって、あんた一人で行くつもり?」
「ええ、その方が早そうです。テトラさんは、……そうですね、あそこの屋根の上で待ってて貰っていいですか?」
僕が指差したのは、すぐ近くの家屋の屋根だった。他と比べて少し高い位置にあり、周りの建物からは見えなくなりそうだ。
流石にテトラに建物の前で待っててくれとは言えないので、咄嗟の策である。
「どれぐらいかかるのよ?」
「そうですね、四半刻(三十分)もあればいいと思いますよ」
「まあ、任せるって言ったのはあたしだし、止めないけど……。気をつけなさいよ……って、あんたには要らない心配だったわね」
「心配してくれた方が嬉しいですけどね」
僕が軽口を叩くと、テトラは頬を膨らませてそっぽを向いた。
「じゃ、行ってきます」
「……気をつけなさいよ」
そう、テトラはボソリと言った。
門には鍵がかかっているものの、魔法を使えば簡単に開いた。
カチャリと軽い音が響く。
魔法使いへの備えとかは無いのだろうか。魔法使いで無くとも、魔術師であれば開けられそう……と思ったが、よく考えてみれば闘気使いでも力尽くで開けられるのだ。
こんな簡単な門など、飾りの一部のようなものだろう。
余計、不用心な気もするが。
小さく扉を開け、滑り込むと同時に透明化する。
誰にも見られぬように注意はしていたが、そもそも周りに誰もいなかったので問題無かったようだ。
防音の魔法を効かせれば、これで邸内を自由に歩けるようになる。
五年も他人の家で暮らしていたのだ。
それに比べれば、こんな短時間誤魔化すぐらいは児戯にも等しい行為だ。
建物の中に入り、廊下を進む。たまに役人らしき人とすれ違うも、誰も気付く様子は無い。
簡単すぎてあっけないほどだった。
捜索自体はおそらく簡単だ。
先程の酒場で行った細工が発動すれば、標的は見つかるだろう。
僕は廊下から、先程の酒場に向いた窓を見上げて少し待った。
「来た来た」
ばさばさと、遠くから羽音が聞こえた。二匹の鳥。
何の鳥かわからないが、鴉のようで腹が白く、かちかちと鳴いていた。
フェルメンが団員を招集しようと準備していた鳥を、そのまま飛ばしたのだ。
テトラに見えないように魔法で拘束をしておき、先程魔力の供給を断ち拘束を解いた。タイミングが上手いこと合って良かったと思う。
その鳥たちが同じ部屋に入っていったのを確認して、僕はその部屋に急いだ。
ドアにそっと耳を当てると、薄いのか中の物音が聞き取れた。
中には恐らく二人。鳥からの手紙を受け取り、そのことについて話しているようだった。
「……やりすぎじゃないか……」
「……でもフェルメンさんがそう言ってるんだぜ? 手強い奴らなんじゃ……」
「……どうせみんな遊び歩いて……」
そうしてなかなか動こうとしない。
途切れ途切れに聞こえてくる会話から、伝言の内容に納得いっていないようだ。
行動自体はどうでもいい。だが、手紙を受け取った。
ならば、アドテスト傭兵団の残党は奴らだ。
後は、中にいる人数の確認だ。
今のところ物音から確認出来るのは二人だけだが、他に人はいないのか。魔力を使い探査をすれば、二人に気付かれてしまう可能性もある。
ドアを開けても流石に気付かれてしまうだろうし、他に確認する手段は何か無いだろうか。
と思ったが、考えてみれば簡単だった。
奴らは手紙を受け取った。招集を受けたのだから、部屋から出てくるはずなのだ。それもすぐに。
その時に確認すればいい。
部屋の周囲に防音を施す。扉が開こうとも中の音が聞こえないように。
そうしてしばらく待つと、乱暴に扉が開けられた。
扉が開き、そこに隙間が空くその瞬間、僕は中を覗き込む。
小さな部屋だ。書類のような紙片が雑多に散らばり、机には山が出来ている。
本棚のような所にもまばらに資料らしきものが詰まっており、汚らしい印象を受けた。
他は転がる酒瓶ばかりで、死角もなく誰かが隠れている様子も無い。
扉が開き、二人が出てくるまでにそれだけ確認すると、魔法を使い強引に彼らを部屋に押し込んだ。
「痛っつぅ……!? 何だぁ、いったい!?」
「備えろ! 襲撃だ!」
一人は驚き尻餅をつくが、もう一人は即座に感づき、闘気を纏う。
勘がいいことだ。いやこの場合、もう一人の危機感が無いというべきなのだろうか。
扉を閉めて、僕は姿を見せた。
人殺しはまだ慣れない。
だから姿を見せるのは、今の僕の甘えといってもいい。だがそれは、これから慣れていけばいいことだ。
「この、ガキ……!」
凄む傭兵に僕は何も返さず、ただ念動力で首を折る。
一応隠すために、血を出してもいけないし、派手な魔法や大立ち回りは出来ない。闘気の密度によっては別の手を考えようとも思ったが、それは必要なさそうだ。
ゴキリと音がして、二人の体が崩れ落ちた。
「……慣れないなぁ、やっぱ」
二つの死体を前にして、僕は呟く。
狐の首は簡単にたたき折れたし、そもそも生きるために狩りは日常だった。
命を奪う、殺しは日常だったのに。人間相手なだけでこんなに気分が違う。
それがひどく不思議に思えた。
二つの死体を担ぎ上げ、死体ごと透明化する。
自分の透明化に巻き込む形で、特に難しくも無かった。
窓から出ようか。そう思い、窓の方へ向かい、窓の端に足をかける。
ふと、横の棚が目に入る。資料が乱雑に積んである棚と違い、そこには便せんのようなものが束になっていた。
見える範囲では皆一様に、宛名が丸っこい字で「シガン様へ」と書いてある。
他人の手紙を覗く趣味は無いのですぐに目を離し、窓から跳ぶ。
もうすぐ三十分経ってしまう。テトラの元へ急ごう。
走る僕の頭の中に、何故かその便せんがこびりついていた。
待たせていた屋根の上に飛び乗ると、テトラが座り込み空を見上げてボウッとしていた。
透明化を解いて、その寂しそうな後ろ姿に声をかける。
「お待たせしました」
「……!?」
声も出ないほど驚いたようだ。振り返ったテトラの顔が驚愕に染まっていた。
「わぁああ、びっくりした!? あんた、いつからいたのよ!?」
「たった今登ってきたところですよ。何か面白いものでも見えましたか?」
「……別に。暇だから眺めてただけよ……それで……」
言葉を切り、僕がかかえている死体を見て、小さく頷いた。
「やっぱり、心配ないわよね。じゃ、燃やしちゃいますか」
「頼みました」
僕がドサリと死体を下ろすと、テトラはそれに両手を当てて呪文を唱えた。
程なくして、足の方から青い炎が広がる。
音も無く死体を舐めるその炎は、すぐに足先から死体を灰に変えていった。
匂いも煙も無く消えていく死体。足の方はもう風に散っている。
「これで、僕らの仕事は完了ですね。あとはレイトンさん待ちですが」
「そういえばあいつ、今どこで何やってんのよ?」
「僕に聞かれても」
風のように何処かに消えていったのだ。僕にわかるわけが無い。
だが、トレンチワームを殺すのと、脱税の関係者のあぶり出しをすると言っていたのだから、いまそれを何処かでしているのだろう。
そこはきっと信頼しても良い。
「まあきっとレイトンさんのことです。用事が終わったらどこからか来るでしょう」
「そう祈るわ」
一仕事終わった達成感からだろうか。テトラの表情が何処か変わった気がする。
街を見下ろせば、まるで働き蟻が蜜に群がっているかのように人が動き回っている。
脱税という甘い蜜が、きっともうすぐ無くなる。これが最後の活気にならないように祈るばかりだ。




