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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
悪徳の街クラリセン

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87/937

酒場の中にて

3/10 会計係の名前が旧設定と混じっていたので修正しました

 


 その男、ソールはとある酒場に駆け込んだ。


 話が違う、彼はそう思った。

 昨日、彼はこの酒場に一つの情報をもたらすために駆け込んだはずだった。

 彼らの中でのお尋ね者、テトラ・ヘドロンの帰還。そして、そのテトラが二人の探索者を連れてきたことも、団長に確かに伝えたはずだった。


 団長は確かに言った。

 早急に手を打つ。三人を殺すために団員を送り込むと、確かにそう言ったのだ。


 しかし、奴らは生きていた。

 ソールが見たのはテトラ・ヘドロンともう一人の小さい探索者だ。そして別行動している誰かもいるらしい。それはきっと、昨日見たもう一人の細身の男だろう。


 話が違う。

 自分たちのもたらした情報を、団長は真剣に受け取らなかったのだろうか。それとも、団員が返り討ちになったとでも言うのだろうか。


 奴らは確かに生きている。

 そしてまた、この街に留まり雇い主の邪魔をする気らしい。

 昨日の件は何かの間違いだったとしても、今度はそうはいかない。

 たしかに対策をして貰わなければいけない。

 彼はそう考えて、もう一度団長に直訴するため、この酒場を訪れたのだ。



 乱暴にバタ戸を開き、酒臭い店内に踏み込む。

 少し前までは多くの団員が酒を飲み、待機していた場所だ。しかしもう団員は出払い、すっかり少なくなってしまっていた。その店内の一番奥のテーブルに、団長であるウスターが座っている。

 蒸留酒の入ったグラスを片手に、女を片膝に座らせていた。空いた手は女の体を撫で回している。



「団長、どういうことですか! 奴らが、生きています!」

 ソールがそう詰め寄ると、ウスターは面倒くさそうにソールを見上げた。

「いきなりなんだぁ? 奴ら?」

「テトラ・ヘドロンとその連れですよ! 昨日、殺すと言ってたじゃないですか」

「あ? まだ死んでねえのかぁ?」

 ウスターは眉を顰め、グラスを置いた。

「ジーマの野郎、昨日出たっきり帰ってこねえと思ったら、どっかでサボってやがんのかぁ」

 酒臭い溜め息を吐きながらウスターはぼやく。


 元々あまり、仕事に熱心な者がいない傭兵団だ。

 団長が指示を出しても、期日通りに仕事が完遂されないことすらままある。

 今回もそうだとウスターは思った。

 団員が減っても、彼は気にしない。戦力、それが貴重な財産であると理解しているのは、この傭兵団では会計を担当しているフェルメンと一部の団員だけだった。


 その一部の団員であるソールは、訴えを続ける。

「もしかして、今ヤバい状況なんじゃないすか?」

「ああ? どういうことだぁ?」

「だって、団員がこんなに行方不明なんておかしいですよ。そりゃあ、ジーマさんはあんまり真面目な人じゃありませんでしたが……」

 ソールは、いつもその二人が座っていたカウンターを見つめて口を歪めた。

「チップさんとネイズさんが、一週間以上も姿を見せないなんてありえませんよ! それも、ヘドロンの殺しに向かったんすよ!?」



 チップとネイズは、いつも二人一組で行動していた団員達だった。

 個々の能力は、団員達の中でも平均より少し高い程度の者たちだ。

 彼らの真価は、二人で行動したときにある。ただ単に二人増えただけと言うなかれ、二人揃えば、幾人かの例外を除いて他の団員が束になっても勝てない者たちだった。


 そして、戦力と言うよりも重要な価値が彼らにはあった。

 仕事に忠実、契約を守り、決して期待を裏切らない。

 彼らは、他の団員よりも飛び抜けて依頼主から信頼を得ることが出来たのだ。



 その彼らが、遊び呆けて帰らないなんて絶対に無い。

 仮に標的の始末が遅れているとしても、標的が街に現れているのに彼らが溜まり場に立ち寄らないなんてことはあり得ない。

 だから、これは異常事態なのだ。


 ソールはそう必死に訴える。

 酒場に姿を見せなくなった団員だって、ヘドロンを追うために行った者たちだ。

 ヘドロンが無事で、彼らは帰ってこない。

 彼らの全滅も視野に入れるべきだ。

 そう進言しても、団長の反応は芳しくなかった。


「あいつらだって、遊びてえときぐらいあるさぁ。お前らは戦えもしねえんだから、俺らの言うこと黙って聞いてりゃいいんだよぉ……ヒック」

 ウスターはそれだけ言って、また酒を呷る。抱き寄せた女が嬌声を上げた。



 ……これはもう、ダメかも知れない。

 ソールはこれからの流れを考える。もう思考の切り替えは出来ていた。

「フェルメンさんは……」

 会計係を探して、ソールは店内を見回した。ソールの目に映る店内には、団長を入れて九人いる。いつも奥の布張りの肘掛け椅子に腰掛けている彼は、今日もそこにいた。


「フェルメンさん、お願いです、至急対策を!」

「ふぅ……聞こえています」

 フェルメンは、手首に巻いた腕輪をいじりながら、面倒そうに呟いた。聞いていたとは言うが、今まで居眠りをしていたのはソールも知っていた。

「すぐに、姿が見えない団員に集合をかけましょう。それで少し待って、団員が揃っても揃わなくても、そこにいる全員でテトラ・ヘドロンを狩ります。……彼女は宿にいるんですね?」

「ええ、さっき、昼飯を食いにきてました」

 頷きを繰り返しながら、ソールは縋り付くようにフェルメンを見つめた。


 この傭兵団の代表を務めているのはウスターではあるが、団員の管理や選別、仕事の受注などは会計であるフェルメンに任されている。

 そういったことに頓着しないウスターを支えるため、この団の権力はフェルメンが半分握っていると言ってもいい。

 そのフェルメンが指示を出したのだ。

 団長すら従わざるを得ない。今いる団員が、確実に仕留めに行く。これで全てが片付く。

 ソールは安堵した。


 今までの団員がほぼ全滅しているかも知れない。

 そこから導き出される敵の戦力、その事実を見落として。







「ここでいいんですかね?」

「さっき言ってた場所って言うと、ここね。看板が出てないけど……」


 不意に声が聞こえた。

 外で、この酒場に対して何かを話している。

 ソールは驚愕した。

 この声は聞いたことがある。まさか。


「すいませーん、ここって、アドテスト傭兵団さんたちの酒場であってます?」

 軋むバタ戸を押し開けながら入ってきたのは、先程自分が宿で見た、ヘドロンとその連れだった。




「あああ、お前は!?」

 思わず悲鳴混じりの驚愕の声が上がる。

 冗談じゃ無い。まだ、いなくなった団員の招集も済んでいない。にも関わらず、ここにいる戦闘員七名だけで、勝てるわけが……。

 そう悩み、途中でソールは思考を止めた。

 いや、大丈夫だ。ここには七人も傭兵団の戦闘員がいる。

 中には団長もいる。性根は最悪の部類だが、腕は団の中でも最上級だ。負けるわけが無い。

 団長が負けるのであれば、それはこの傭兵団壊滅のときだ。


 ソールは、団員達は、団長の腕を信頼している。

 それがこの傭兵団が集まっている理由でもあり、団長が団長たり得る理由でもあった。



 ウスターが膝の女を押しのけ、立ち上がる。

「ガハハハハ、餌が向こうから来やがった!」

 そう高らかに笑うと、腰の三日月刀をスラリと抜き放つ。

 空を切るように振り下ろすと、酒の入った容器が、真っ二つに割れた。

「お前らも気張れぇ! 俺より早く殺した奴には、俺から特別手当を出してやんよぉ!」


 その言葉を聞いて、周りの団員も沸き上がる。

「ケケッ、今度は何くれるのかな、団長(だんちょ)

「女じゃねえの?」

「あのヘドロンもそこそこいける顔じゃねえか、殺す前に楽しむってのは?」

「そんなもんより旨いもん食いに行こうぜぇ!」

 口々に欲望を吐き出しながら、団員達も腰の獲物を構えた。




 ソールは違和感を覚えた。

 ヘドロンが、臨戦態勢の自分たちを見ても不敵な態度を崩さない。

 魔法使いだ。強いのは間違いない。

 だが強いのであれば尚更、自分のようなものよりも強者には敏感なはず。


 それにヘドロンは一度、逃げたのだ。武力での解決を諦め、イラインへと。

 ならば、ここで自分たちへ刃向かっても無駄だとわかっているはずだ。

 にも関わらず、今度は逃げようともしない。

 何故だ?


 そう思ったソールは、傍らの少年を見た。

 昨日からヘドロンと一緒にいた探索者だ。確か名前は、カラス、と呼ばれていたはず。

 まさか、彼がその自信の元だろうか。

 もしもそうであるならば、……それは、可笑しな話だ。


 この子供のどこにそんな根拠があるのだろうか。

 この小さい体の少年が、団長に勝てるとは思えない。自分でも勝てるかも知れないくらいだ。

 いける。

 そう考えたソールは小剣を取り出そうとし、次の瞬間、自らの考えを恥じた。



「は?」


 二人の標的に詰め寄ろうとした一人の団員の頭が、後方に跳ねる。

「ブッ!?」

 十歩は離れている自分のすぐ横まで、その団員は飛んできた。


 棚にぶつかり大きな音を立てて、弾かれた団員が止まる。その顔面は砕かれたように歪んでおり、酒と血が混じった水たまりが広がった。



 ソールは、この団員の中では勘のいい方だった。

 その飛ばされた団員を見て、瞬時に悟る。


 化け物。


 自分たちが今対峙しているあのカラスという少年。見た目に騙されてはいけない。

 あれは、化け物だ。自分たちが太刀打ち出来る相手ではない。

 恐らくあの少年が蹴り飛ばした。ただそれだけで、仲間が一人死んだ。



 ソールと同じ結論に、フェルメンも達した。

「待って下さい! 迂闊に手を出しては……」

「いつも黄色い服に、青銅の腕輪。……たぶん貴方が一番厄介な方ですよね」


 止めようとするフェルメンの前に、少年が現れた。

 瞬間的に移動したように、目にも留まらぬ速さで。


「くっ……!」

 フェルメンが袖から小刀を取り出す。

 会計係で前線には出ないものの、彼も戦えないわけでは無い。しかし、無駄だ。

 ソールは目を瞑った。やがて来る惨劇を、見たくは無かった。


 僅かな呻き声と轟音を残して、フェルメンの声は聞こえなくなる。

 恐る恐る目を開けると、鮮血に染まった黄色い布がチラリと見えた。

 また、死んだ。そう確信したソールは、剣を取り落とした。

 彼はもう諦めたのだ。これから続くはずだった妻との楽しい生活も、自らの命も。


 そんなソールに誰も目を向けること無く、事態は進む。



「こいつ、なかなかやるぜ……、ガキは後だ! ヘドロンからやっちまえ!」

 団員の一人が叫ぶ。

 個人が集団に勝てるわけがない。数は力だ。戦いとは、数の多い方が勝つ。

 敵集団のうち一人が強いのであれば、まずは弱い敵を潰し、数の利を増やしてから強い者へと当たる。

 それが定石だ。

 声を上げた団員も、深く考えること無くそれを選択した。

 学んだわけでは無い。それは、数々の死線をくぐり抜けて得た知恵だった。




 個人が集団に勝てるわけが無い。

 だがそれは、その個人の力を勘定に入れなければ、の話だ。


「私も、舐められたくないんだけど」

 そう、テトラ・ヘドロンが呟いた。

 飛びかかる二人の団員は、その言葉が聞こえたのだろうか。それはもうわからない。


 テトラの灼髪が燃え上がる。

 一瞬の閃光、ソールにはそう見えた。

 橙の光が視界を横切った。その残像が晴れ、視界が戻った彼の目の前で、二人の体が上下に分かれた。


 ごろりと転がる彼らの顔は、驚愕に歪んでいた、ように見えた。

 次の瞬間、彼らの体が燃え上がり、みるみる灰に変わっていく。

「あの二人組の方が、よっぽど強かったわね」

 きっとその二人とは、チップとネイズだろう。




 ソールは、もう見たくなかった。

 これは悪夢だ。

 この短時間で、仲間が四人も死んだ。


 残る希望は、団長ともう一人の団員だけ。

 残りの三人が向かっても、もう勝てるわけが無いだろう。彼らの末路は、体を砕かれるか、塵にされるか、二つに一つだ。


 残る希望の一つが動く。

 ウスターが、ゆらりと揺れる。

 そして次の瞬間、ウスターがカラスに飛びかかっていた。


 振られた三日月刀を避け、カラスは蹈鞴を踏んだ。

 もう一度、仕切り直しなのか、カラスは踏み込み、ウスターへと跳ぼうとする。


 しかし、ウスターの剣戟は止まらない。もう一撃、カラスは躱す。

 躱したはずの刃で、カラスのローブに一本の傷が入った。




「……いける?」

 ソールの胸中に沸いた希望が大きくなる。

 瞬きの間に二人を殺したはずの、あの少年が攻めあぐねている。

 やはり、団長の腕は素晴らしい。

 だから、付いてきた。だから、小間使いとして扱われようとも従ってきた。

 男達を魅了したその剣術は、あんな子供に負けるわけが無いのだ。



「っつぅ……!!」

 しかし、ソールの予想だにしない事態が起きる。

 ウスターが、刀を取り落とす。その手首を押さえて、顔を顰めていた。


 カラスも、意外そうな顔でそれを見ていた。

「……折るつもりだったんですが、硬いですね。鬼くらい?」


 剣戟に合わせて、カラスがウスターの指に打撃を加えた。

 実行したカラスに、受けたウスター。この場で見えていたのはその二名だけだった。


 ソールには見えなかった。

 しかし、団長が正体不明の攻撃を受け、なすすべ無く刀を取り落とした。

 それを理解したソールは床に膝を突く。

 もはや、希望は潰えた。



 死ぬならどちらがいいだろうか。

 より、楽な方がいい。そうすると、仲間が気づかぬままに死ねたように見えたテトラのほうだろう。

 どうせ死ぬなら、そちらで。

 ソールはそう考えて、テトラに飛びかかる体勢を整えた。

 踏み込む足に力を込める。刃など無くとも、彼女はきっと焼いてくれるだろう。


 苦しませずに殺してくれる。

 もはや、テトラ・ヘドロンはソールにとっての希望の女神だった。



 その希望の女神の背後に、大きな影が現れた。

 ソールの目の端に涙が浮かぶ。よかった、まだ自分は生きられる。そう確信出来るだけの存在が、現れたのだ。



「騒がしいなー!」

 その大男はテトラに気付かせずに背後に立つと、片手でテトラの両手をまとめて持ち上げる。

「キャッ……!」

 かわいらしい悲鳴が上がった。少なくとも、その叫びがかわいらしいと感じられるほどの余裕が、ソールに戻っていた。


 ヌゥっと大男はテトラに顔を近づける。

 匂いを感じ、テトラは顔を顰めた。



 ソールの胸中に希望が溢れる。

 大男の名前は、バルサーガ。

 この傭兵団で、団長に匹敵するただ一人の団員だった。

 その逞しい腕は一撃で巨馬の首をへし折り、その丸太のような脚は鉄のように丈夫な大甲虫を軽々踏みつぶす。

 中でもその闘気は頑強で、単独で鬼と渡り合ったことがあるという。


 踊るように敵を切り刻むウスターと、力任せに全てを粉砕するバルサーガ。

 その技と力は、二人だけで傭兵団の戦力の大部分を占めていた。



「おお……めんこいなー」

「……離しなさい、よ!」

 テトラが炎をまき散らす。

 髪の毛は手に巻き込まれており、灼髪を使えば自らの手も焼けて落ちる。

 そう考えての判断だったが、普通の炎はバルサーガの服の裾すら焦がせなかった。


 バルサーガは平然と、持ち上げたテトラを眺めた。

「さっき、女を一人ぶっ壊しちまったし、こいつ貰っていいか-、団長―」

 間延びした声で、テトラの処遇をバルサーガは尋ねる。

 ウスターはそれを聞いて、舌打ちをしてから叫んだ。

「……チッ! 早くぶっ壊しちまえ! 目の前にいるガキもだ!」

「……ハイよぉー」



 勝てる、これで、自分は助かる。

 傭兵団の強者が揃い、これで盤石な構えとなった。


 ソールは心底安堵していた。

 それが仮初めのものとも知らずに。




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蹈鞴を踏む 〜を踏むとあるからなんとなく分かるけど難しい漢字を使いたいならカナ振ったほうが良いと思う。
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