表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
年老いた国と若者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

854/937

閑話:答え合わせ

SIDE:ミルラ




 『もう少しだけ鼻が小さければ』。

 美しくあろうとする女性が、そのような類いの願いを口にするのはよくある話だろう。

 鼻に限らない。もう少し足が細ければ。もう少し口が小さければ。

 小さくと願うだけではない。もう少し目が大きければ。もう少し胸が大きければ。


 自分の人生において、何事かを思い通りに出来ないとき、人はその事象に原因を求めるものだ。

 美しくないのはこの鼻が悪い。裁縫が上達できないのはこの手が器用でないからだ。頭痛がするのはこれから嫌な人間と会うからだ、と。


 何故原因を求めるのか?

 安心がしたいからだ。原因もわからずただただ訪れる不幸に、人間は耐えることが出来ない。

 原因さえわかれば、人間というものは不幸の中でも安堵する。

 心臓が震え、突然の胸の痛みに戸惑い苦しんでも、その病名を知るだけで安堵できる。腹痛を起こしたとき、その原因の食物がわかればそれだけで事態が解決したようにすら思える。

 解決したわけではない。ただ、その原因を解析しただけで。付け加えるならば、解析できた気になるだけで、人間というものは解決したように思ってしまうことがある。



 エッセン王国第一王女、ミルラ・エッセンが自身を襲う不幸を認識したのは、一人目の婚約者をなくしたときのことだった。


「お母様、何で?」

 まだ複雑な文章を言葉にすることが出来ない程度の幼い日。

 喪装姿のミルラは母に連れられそこにいた。

 

 季節は冬。寒い日のことだった。

「――様はね、お空に上っていったの」

「お空に?」

 そこは墓地。王都にある白骨塔の麓。早朝に降った雪がまだ溶けずに地面に薄く残っている。寒さに皆の息が白く染まり、大人たちも厚手の黒い外套の中で温石を握りしめていた。

 

 幼い日のミルラが見つめる先には、一つの棺がある。

 大きさは大人用のものよりもだいぶ短く、そして軽い。中にある遺体も、また。

「私と――様は、結婚するんじゃなかったの?」

「そう、そう決まっていたのね」

 まだ儀式の最中である。地面に掘った穴の中に、棺を納めて土をかける。使者との最後の別れの儀式の真っ只中、そこに眠る少年の母も涙に暮れているままの。

 皆が黙り、棺を見ている静かな空間。その中で口を開けるのは、王妃と王女という立場のためだけではない。まだ幼い王女故に、その程度と許されているだけだ。

「でも、仕方がないの。あんまり良い子だから、きっと神様がお側に置きたくなっちゃったのよ」

「ふうん」

 王妃が、母がミルラの手を握りしめる。手袋越しにも感じられる体温は、温石の代わりだ。

 ミルラは母の言葉に、棺をもう一度見つめる。


 その中には、ミルラの婚約者が入っている。享年は数えで五歳。急なことだった。

 家の階段で足を滑らせ、二階から転がり落ちて一階に辿りついたときにはもう息はなかったのだという。

 利発で真面目。大人から嫌われるような要素もなく、本人にも嫌みなところなどまるでない理想的な『良い子』。

 ミルラと彼は、王家ととある侯爵家を結ぶため、お互いに生まれる前から婚約が決まっている間柄だった。仲が良いわけではない。会ったのは数度だけ。友人程度の親交を築くどころか、愛着すら湧かない程度の間柄だ。


 故に。

「じゃあ、私は次は誰と婚約するの?」

 人の死というものもまだ理解できていない年頃。

 その理解も、彼が遠くに行った、という程度のこと。

 不幸の理由すらも曖昧で、だがぼんやりと『不幸なことがあった』と認識するだけだった。


 ミルラの最初の婚約者は事故で失った。

 しかし、彼女が人生で婚約を解消するのはその一度だけではない。



「……また、ですか」


 十一歳の春。

 その報は彼女の下へ突然訪れた。

 嫁ぎ先はまた侯爵家の予定だった。エッセン王国の南西にある一地方ではあるが、大領地とも呼べる広大な土地を治めている名門だった。 

 けれども、それもかつての話。

「だいぶ前から鉱山は枯れていたそうです。それでも見栄を張って」

 王妃から書簡を受け取り、侍女のアミネーが淡々とミルラに告げる。主へと送られた書簡に目を通し、主が読むよりも早く咀嚼して説明するというのも侍女の仕事の一つだ。


 名門貴族だったはずのその侯爵家は、だいぶ前から没落の道を歩んでいた。

 主たる理由は主要産業だった鉱山の枯渇。しかしそれだけではなく、それ以外の要因も積み重なってのことだったが。

 鉱夫たちの失業に伴う景気の下降。それにより食い詰めた者が身を崩し治安が悪化。官憲に腐敗が蔓延し始め、徴税すらも満足に出来なくなった。

 仕事の減少で他領に脱出する者も多く、人口は減り、元々貧弱だった農業をまともに行えなくなっていった。


 どれか一つ、または二つ程度ならばどこの領地でも抱える問題だ。

 しかしそれが一度に起こり、また統治する侯爵家の対処が遅かったことにより複合して全てが回らなくなった。

 

 その上で、見栄を張った。

 通常、領地を持つ貴族は自領の民から得た税金を自らの収入とし、また更にそこから一部を国家へと納税する。その納税額により、その領地の格が国家から推定されるのだ。

 その侯爵家は、元々名門だった。その見栄を忘れられず、収入が減った分を増税によりまかない、また粉飾して国家へと申告していた。


 それが今回、エッセン王国の徴税官により明らかになってしまったのである。

 

 無論、それらは悪いことではない。

 自領の税をどれほど上げようがそれを規制する法はないし、納税額も粉飾により減らしたのではなくむしろ増やしていた。


 けれどもその領地の経営手腕に疑問符がつくのは当然のことである。

 度重なる増税に逃げ出す民も多く人口は減少の一途を辿っていたし、隣接する他家の領土では流民問題が表面化する寸前だった。


 結果、事態を重く見たエッセン王により、隣接する他家に吸収させる形で領地は縮小。

 侯爵家という家格はそのままに、王女を迎えることが出来るほどの格は失われてしまった。


 その頃、ミルラは既に三度の婚約解消を経験していた。

 そしてそうなれば、そろそろ人は醜聞を考えたくなるというものだ。


「貴方のせいじゃないわ」

 王妃は取りなすように娘に告げる。そっと横から、震える娘の肩を抱いた。

「貴方のせいじゃない」

「……本当に?」


 聞き返すミルラの唇が自嘲に歪む。

 彼女は、尋ねているわけではない。そうではないという否定の言葉だった。


 三度の婚約解消。それは、既に社交界に知れ渡っている。

 そしてその全てが、相手の死亡または没落などの不幸によるものだ。

 いつしか人は囁き始めた。

 これは、ミルラが呪われているからなのだと。


 無論表立って彼女に告げるような愚か者はいない。

 ミルラも呪いなどを真に受ける娘ではない。

 ただその噂は、ミルラも知っていた。

 婚約者を次々と不幸にする星の生まれ。婚約した相手の家に禍をもたらす不幸の泉。


 自分でも、そうなのではないかとたまに思う。

 ミルラには妹が二人いる。その妹たちは既に婚約者が決まり、更に彼らに不幸はない。予定通りこれから輿入れをし、エッセン王家と相手方の繋がりを強くするという仕事を正確になすだろう。ミルラとは違い。


 何が違うのだろうか。

 いつの日からか、ミルラはその原因を探し始めた。

 あからさまに違う妹たちとの境遇。その差を生む要因は何だろうか、と。



 そんな不幸に取り付かれた日々。嫁入り修行として、行儀作法を学び、嫁に出て恥ずかしくない女性となるべく勉強をしながらも、『不幸』はいつも脳裏の隅にあった。


 そしていつの日か、ミルラは一つの知識を得た。

 とある占い師に、世間話のような軽い気持ちで聞いたもの。


 人相学、というものがある。


 学とつくが、学問というよりもそれは娯楽や話の種に近い。

 人の顔や手足の形状や色、その特徴により人の性格や運命を読み取るというものだ。

 鼻梁が長い竜の相は大器晩成、下唇が厚ければ母性に富み、目尻の皺は幸運を呼ぶ。素人ならばその程度の大まかなものではあり、ミルラも詳しくなったわけではない。


 だが、とその時に一瞬考えた。

 大きな目に優しげな頬の可愛らしい上の妹と、まだ幼いが育てば玲瓏な美女となるだろう下の妹。

 彼女らと、自分との違い。

 どちらの妹も、種類は違えど自分よりも美しいとミルラは思う。仲が良いわけでもないが誇らしくはある程度に。

 彼女らと会い、その後に鏡を見て思うことはあった。もう少し鼻が小さければ、上の妹のように愛らしい雰囲気を纏えただろうか。目が二重であれば、下の妹のように凜とした印象を作れただろうか、と。


 自分と違い、不幸に襲われず美しい妹たち。それに人相学。

 その二つの要素が無意識下で結びつき、抜けない棘となるのにそう時間は掛からなかった。



 彼女が確信したのは、それからまた数年後のことだ。


「ふふっ! そう!!」


 知らせを受けたミルラは、驚くよりも悲しむよりも、まずそれが喜劇のように感じた。

 もう幾度目かもわからない婚約の解消。それも、今回は婚約者の家に不幸があったわけではない。


「そう、真実の愛、ね」


 頬が綻び、笑いが止まらなかった。

 アミネーが読み上げた報せ。それに、その婚約者本人から届いた手紙の文言が、可笑しくてたまらなかった。


 曰く、今回の婚約者は『真実の愛を見つけた』そうだ。

 今回は上手くいったと思っていた。祖母の家、パラデュール家の次男で、家格的にも申し分のない相手だった。健康そのもので、死に至る病の兆候もない。

 まだ婚約を公表もしていない中、向こうからも好意的で、会えば甘い言葉すら囁かれたというのに。


 そういえば、彼も疎遠になっていた。噂を聞いたのも、どこかの伯爵家や男爵家の男子と連み、狩りや冒険の真似事などをしはじめたと聞いたのが最後だ。

 そんな彼が、自分に宛てた手紙。ミルラはその手紙を見て、笑みを抑えられなかった。

 楽しいわけではない。しかし、笑えてきて困った。運命とはどうしてこうも執拗で残酷なのだろうか。


 手紙によれば、真実の愛を見つけた彼は、新たな恋人と共に西へと出奔したらしい。

 相手は冒険の真似事をしている最中に出会ったという探索者。その知りたくもない女の情報が、美辞麗句と共に書き連ねられていた。

 可愛らしいのだという。探索という泥にまみれる仕事の中でも、輝くように見えるほど。頼りになるのだという。剣の扱いは男として憧れてしまうほどに。優しいのだという。野営中に、自分の毛布をかけ直してくれたのだとか。


 ごめん、とただ一言文末にはあった。

 君の幸せを祈る、と格好をつけた文が添えられていた。


「姫様、その……」

「いいのよ、アミネー。いいのよ」


 読み終わり、ミルラは大きな声を上げて笑った。行儀の教師が見ていたら、はしたないと止められそうなほどに。


 そうだ、これが自分の運命なのだ。

 ミルラはそう思った。もう何度も何度も味わったもの。婚約の解消、また周囲の冷ややかな目を浴びるという不幸な出来事。


「そうよね、私は不細工だもの」


 この不幸は呪いではない。そう信じ、それ以外の原因を考えてきたミルラ。

 彼女は、その日ついに結論に至った。

 根拠はいつか聞いた人相学だ。


 妹たちは幸せになった。自分と違い可愛らしく、または美しい愛しの妹たちは。

 今回の婚約者は探索者と幸せになるのだという。泥にまみれてもなお可愛らしい彼女と。


 ミルラは自分の顔をこねるように両手で頬を包む。

 そうだ、この顔だ。

 人相学では、顔で人間の運命は読み取れる。ならば、顔というのは人間の運命を左右する重要な要素なのだろう。

 そうだ、きっとこの美しくない顔が全ての原因なのだ。

 鼻が大きいから、瞼が一重だから、目が大きくないから、眉が太いから、頬に赤みがないから。自分の顔の欠点をあげようとすれば、無限に脳内に溢れてくる。


 しかしどれもがどうしようもない。

 眉の形ならば、ある程度剃って変えることも出来るだろう。目の大きさならば、化粧で僅かに変えてみせることも出来るだろう。

 だがどうしても、全てを変えることは出来ない。粘土細工のように整形するなど、魔法使いでもなければ不可能だ。


 ならば、もうどうしようもない。

 ミルラの目に、僅かに涙が光った。


 どうしようもないのだ。

 この顔は変えられない。ならばもう、この不幸はきっと変えられない。

 これから先もずっと『こう』なのだろう。結婚相手は見つからず、見つかろうとも結婚など出来ないのだろう。

 運命は決まってしまった。自分には、王家の姫が果たす仕事を遂行する能力がない。家と家を繋ぎ、国を盤石のものとする。それこそが、それだけが王家の姫が果たすべき仕事だったはず。なのに。


「もう、無理なのね。わかったわ」


 声が涙に震えるのが自分でもわかった。泣き顔を作りたくなくて頬を懸命に引っ張るが、手と頬の間に入った僅かな涙に引っ張ることも出来なくなった。

 

「……わかったわ」


 涙で濡れた手を握り、ミルラは震える息を吐いた。

 もう無理だ。もうどうしようもない。

 そう思いつつも、絶望はなかった。


 きっとどこかで考えていたのだろう。今回も無理かもしれない。今度無理だったら、と。

 ぐい、と涙を拭いて、ミルラは振り返る。そこでは侍女のアミネーが、心配そうにミルラを見つめていた。


「お父様に会いに行きます。化粧を直したいわ、準備しなさい」

「……かしこまりました」


 何故? とアミネーは思ったが、理由を聞くことが出来なかった。主の涙で化粧が流れた目が、化粧崩れではなく憔悴しているような必死な目に見えて。

 パタパタと足音を鳴らし、速やかにアミネーは準備を始める。下女に指示を出し、係を呼びつつ。


 そんな姿を見つつミルラは思う。これからが大変だ。

 自分には、王家の姫が果たす仕事を遂行する能力がない。

 だが、仕事をしなくてはいけない。それが王家に生まれた者の務め。人の上に立つ者としての責務だ。


 王家の姫が果たす仕事は出来ない。

 けれど、王家の者が果たす仕事ならば?


 (まつりごと)。ミルラが、もう一つの道を歩もうと決めたのは、その日のことだった。

 ……まずは、爵位を得なければ。





 そうして歩み始めた道も、決して安楽な道ではない。

 彼女が歩もうとしていたのは、本来王家の姫には許されない道だ。

 そして、歩くことを想定されていなかった道だ。


「言っただろう。お前に与える仕事はない」


 廊下を歩く王の前に立つ。本来不敬なことではあるが、王族である彼女であれば可能だ。もちろん、前に立ち塞がることも出来ずに、端に寄って声をかけるだけが精々だが。

「そんな。お父様、どうか」

「済まぬが、これから朝議がある。遅れるわけにはいかん」

「……でしたら、その列の端に加えていただけませんか」

 王に食い下がるようにミルラが見つめる。睨むわけではない。見つめているだけだ。

 だがその剣幕と、そして娘の不遇を思い、王はため息をついて「許す」と呟く。


 朝議を行う朝だけではない。それは王の政務の際、王城で度々見られる光景だった。


 ミルラは王女であり、王族だ。しかし王族のうち、通常は政に関わるのは男子だけというのが慣例だった。故にミルラは王城内で何の業務を請け負うこともなく、王女といえども何かしらの役があるわけではない。

 だがそれもミルラは困っていた。

 既に婚約者は探してくれるなと王には具申している。王も、しばらくはいいだろうと頷いている。

 そんな今、何の仕事もなく王城にいるということは冷や飯食いになると同義だ。


 更に、ミルラには目標がある。

 まずは爵位を得ること。そしてそれを足がかりに領地を得る。または、この国を得る。

 国を得るのは最終的な目標としても、政に携わるにしてもまずは兎にも角にも爵位を得る必要がある。


 しかし、爵位というものは簡単に与えられるものではない。

 何かしらの功績を得ることすらも難しい平和な世ならなおさらで、事実この約二十年弱は新たな男爵位以上の爵位を得た者はいない。

 多くは戦争などで貢献し、もしくは国に多大な利益を与えた者に対し与えられるもの。

 それを得るためには、まずは王城での地盤を固めなければいけない。功績を得るため、その時に功績を得られる立場になるため、まずは小さな仕事をこなしていかなければいけないという焦りがあった。


 他国からの賓客があれば、率先して接遇に当たった。

 公的な宴などで貴族と顔を合わせる機会があれば積極的に顔を見せた。


 どさ回りとも揶揄される地道な活動。それでも芽が出ない数年。

 焦りと苛立ちが募る日々。


 いつしかその日々にも、ミルラは『原因』を探すようになっていた。


 この身を襲う不幸の原因。それは顔だった。

 この不細工な顔。妹たちとは違う欠陥のある人相のせいで、自分には不幸が襲いかかっていた。

 まさか今回もそうなのだろうか。

 もしかしてこの人相は、全てに成功できない受難の相なのだろうか。

 そう悩む日もあった。




 そんな中、ミルラに転機が訪れる。それが、『勇者の召喚』だった。

 勇者の接遇。要人の接遇ということでいつものように迷いなく手を上げ、ミルラはそれに携わる。

 結果は大失敗だった。

 ミルラは勇者に対し適切な配偶者を選び出せず、それを王に叱られ更に仕事を別の貴族に奪われる始末だ。


 しかし、転機とはそのことではない。

 その接遇。勇者の配偶者捜し。その終わりに、探索者に仄めかされた『答え』。



『まるで、王は殿下の失敗を望んでいるかのよう』



 ミルラは笑いつつも、馬鹿なことを、と一蹴できなかった。

 そうかもしれない、と考えてしまった。それ以前から、ミルラも感じていたことだった。


 勇者の配偶者は、大公家や公爵家などの地位のある家から出るのが望ましい。

 そう王や高位貴族からは叱られた。伯爵家の娘では地位が低く釣り合いがとれないと。

 しかしならば、最初からそう伝えればいいのだ。

 そう伝えていてくれれば、自分もそう動いただろう。自分が成長することを願い敢えて言わなかった、などとは言わせない。万が一にも失敗できない相手だ、そうするのが当たり前だろう。

 

 以前から、僅かな違和感は覚えていた。

 ようやく勝ち取った仕事の際、与えられる情報の不足、また間違いというほどでもない誤り。接遇の際、それに従い幾度も失敗を重ねた気がする。


 誰かが邪魔をしている気がする。

 誰かが意識的に妨害をして、上手くいかないように操作している気がする。


 その出来事は、そうミルラが思い始めていた矢先だった。

 まさか、と思った。

 娘の栄達を喜んでいない、ということは感じていた。しかし、妨害するとは思ってもいなかった。

 自身の力不足だと思っていた。やはりそうしたことを学んだことがない自分がいけないのだと内省をしなければいけないとも思うこともあった。

 

 だが、答え合わせがあった気がする。

 既に答えは出ていた気がする。


 ミルラは考え始めた。

 自身が栄達できないのは、力不足などではない。人相のせいなどではない。

 王が、他ならぬ父親が、自分の栄達を邪魔しているのではないか、と。





 戦争が始まり、そして膠着の動きを見せる現在。

 ミルラは王に呼び出されていた。

 そこは他に声が漏れない会議室。中には王とその侍従、そして侍女アミネーと自分だけ。


 ミルラにも、理由は定かではなかった。

 だが話を切り出した王の言葉に、驚いた。


 ミルラが麾下として戦場に送り出した探索者カラス。彼が、聖教会から異端の認定を受けるだろうという話だった。

 大変なことだと思った。信仰を形だけしかしていないミルラとて、その重大性は知っている。多くの国を股にかけ、その影響を及ぼしている一大勢力聖教会。彼らに異端認定された者は、その国の法律ではなく彼らの法で裁かれる。

 そして聖教会は裁くことが許されている。異端の審問に関しては、国家の法律よりも優先されるというミルラからすれば不可思議な慣例があった。


「…………」

「言葉も出ぬか。仕方あるまい」


 絶句したミルラに、王は首を横に振る。

 その悲しげに寄せられた眉が、ミルラに違和感を覚えられていることに気がつかず。


「やはり余の危惧は当たっていた。悲しいことではあるが、探索者カラスを我が国は認めることは出来ぬ。神に逆らう愚かな男よ」

 言葉を切り、言い出しづらそうな間を作り、王はまた口を開く。

「じゃが、問題がある。ミルラ、お前のことじゃ」

「私の?」

「当然。お前にも、異端と知りつつも重用した嫌疑がかかっておる。お前が、あの男に指示したのかもしれぬ」

「……そのようなことは、決して」

「そうは思わぬ余人もおる。疑われただけで余ら王家には瑕疵が出来てしまうということはお前もわかっているじゃろう」

「私も……審問にかけられますか」


 どうなるのだろう、と一瞬ミルラの脳内で想像が弾ける。

 実際、自分は関係がない。ならば審問を受けようとも、最低罰の聖教会への無償奉仕すら不要で解放されるだろう。

 しかし、王家としてはどうか。

 異端者と関わった。即ちそれは、エッセン王国での栄達は難しくなるということ。無理ではないだろうが、エッセンだけではなく聖教会の顔色を窺う国々は、ほとぼりが冷めるまで自分との関わりすら断つのではないだろうか。

 それに端を発する醜聞。また、冷遇されることが目に浮かぶ。


 だが、ミルラの心配を吹き飛ばすように王はまた首を横に振る。

「余は、お前を助けたい」

「…………」

「ジュラ王城治療師長には話を通してある。異端審問に入る前、公的な場でカラスを糾弾する。その場に居合わせたお前が奴との関係を否定すれば、それ以上の追及はない」

「どういうことでしょう」

「王家としては関わっていない。そう終結すると話が決まっておる」


 渋い顔で、王は言い切った。

 その顔に一瞬ミルラは安堵する。ならば、王はもちろん自分も何の関わりもなく、またこれから活動を続けていけるのだろう。……だが。


 何故だろうか。

 まだ話が続く、とミルラは思った。王の顔を見て、なんとなく。

「じゃが」

 そしてその予感の通り、王は続けた。

「問題がある。カラスはあまりにも大きな功績を挙げた。エッセン王国にとって無視できない貢献をしておる」

「……その通りでしょう」

「だから、余らの面目も保つ必要がある。国として、見殺しにはできんのじゃ」


 ふと、ミルラは不思議に思った。

 続いた話。更にこの後に王の口から出るであろう言葉が、なんとなく予想できた。

 何故だろうか。

 この後に、褒賞の話になるだろう。

 そう確信できる。


「お前にも、やらねばならぬことがある」

「どういうことでしょう」

「カラスの助命を嘆願してほしい。余からも口添えしよう」


 ミルラは、その言葉に不思議に笑いが出そうになった。

 嬉しい、と思えた気がした。

 しかしそれはカラスの命が助かるということに対してではない。


「お前は、カラスの功績を全て返上させよ。そのことを対価とし、国家として奴を助命する。ジュラ殿も、それで収めてくれる」


 ざわ、とミルラの鳥肌が立った。

 息が寒さに震えるように吐き出しづらい。


 やはり、まさか、これは。


「ならば、陛下、私の褒賞は」

「無論、公的にはなくなる。残念じゃろうが、カラスを雇ったお前の責として受け入れよ」

「……ああ、なんということ……」


 頭を抱えるようにミルラは両手を顔の前に上げて俯く。

 王にも侍従にも、その仕草はたしかにミルラが嘆いているように見えた。


 だが、そうではなかった。

 それに気がついているのは、アミネーだけだ。


「……陛下が……陛下が正しかったというのですね」


 ミルラの言葉が震える。

 泣きそうなのだ、と王らは思った。

 だが、そうではない。



 取りなすように、慰めるように王は何事かを口にしたが、ミルラの耳にはもはや何も入っていなかった。

 代わりに頭に響くのは、開戦宣言の日、カラスと話した一部始終。


『王は殿下の失敗を望んでいる』

『殿下は上手くやったのに』


 願望も混じり、変化した言葉がぐるぐると回る。



 顔を隠す手の指の間、ミルラの目が王の顔を捕らえる。

 隠されたミルラの顔が、泣いても嘆いてもないことに気付かない父の顔を。



 ミルラは感慨深げにその顔を見つめた。

 振り返るのは自分の人生。


 不幸はこの顔から始まった。

 婚約者が死に、没落し、失踪する。不幸の連続。

 この人相が、きっとこの人生の不幸を呼んでいたのだ。

 だが、その幸せを放棄してからは。


 栄達を望んでいた。

 王族ではない。貴族として、民に尽くせる道を探していた。

 権力を得るという夢、ようやく自分が輝ける道を選べたというのに。



 『原因』がわかった。

 能力不足ではない。不運などではない。

 私の人生には敵がいる。私が上手くいかない全ての理由。



 見つけた。


 お前だ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最後の二言の、サイコホラー文法みたいな締めに鳥肌。 明日さんの積み上げて積み上げて積み上げて、一気に引き込む展開がとても好きです。
[一言] 過去の婚約者達の事は選定するのは王を含めた上層部だから原因は誰か?と聞かれたらまあ、その人達だよね。 一人目はともかく、鉱山持ちとの婚約はもっとしっかり調査しておけばそうならなかったわけだし…
[一言] 女王誕生か!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ