それはいつから
「正直、あそこまで嫌がるとは思わなかったのよ」
弁明をするように、テトラは言った。
「そりゃあ、昔から外は嫌いだったけど、人と話すくらいは出来るかと……」
「まあ、その辺は性格ですからね。仕方ないですよ」
それで、テトラが気に病む必要は無いのだ。
僕らは街中まで戻ってきていた。
町長の戦力の削減。それが、僕らのすべきことだ。
街を見渡せば、やはり新しい建物が多い。まだひび割れや削れている箇所のない石造りの建物に、変色していない木材。恐らく、街になってから出来た建物だろう。
朝にも思ったことだが、異常なほどの成長を遂げているという印象だった。
やはり、最近まで開拓村だったにしては異常だ。
人口も多いらしく、常に何人も視界の中にいる。僕が昔いたような、道を歩いても人とたまにしかすれ違わないくらいの開拓村とは規模が違うのだ。
「しかし、凄い活気の街ですね。もう少し、あと十年もすれば副都に負けないくらい大きくなるんじゃ?」
もう既に、一千人以上の人口はあるだろう。イラインですら恐らく一万人に満たないのに。
「ええ。今の町長に替わってから、いきなり大きくなりはじめたわ。村だったときとは、もう全然違う」
「その町長の手腕、ってことですかね」
町を大きくする有能さと、脱税をし暗殺者を放つ狡猾さを併せ持つ。
この光景を見るに、きっと、町長は街にとって有益な人物なんだろう。
だが、今の僕にはただの敵だ。
「それだけ聞くと、いい町長じゃないですか」
「私には、やっぱり悪くて嫌な奴にしか思えないわね」
「ヘレナさんを使っているから、ですか?」
そう言うと、やはりテトラは顔を曇らせた。
「……それもあるけど、住んでる人も変わっちゃったのよ。昔は畑仕事している人とか職人ばかりだったのに、今では偉そうな商人ばっかり」
「ああ、商人の比率が増えてるんですね」
人が集まれば、そこに商人も集まる。道理だ。
ならば、何故人が集まるのだろう?
ふと疑問に思った。
住みやすい? いや、今ならまだしも、かつての森の中の小さな街に住みやすいとは思えない。
何かの産業が盛んで、人の需要が高い? これはどうだろうか。
「この街って、何か大きな産業とかあるんですか? 名産品とか」
僕が尋ねると、テトラは少しも考える様子もなく、言った。
「無いわね。何処にでもある、自給自足の村だったわ。他の所に売れるものなんて無かった」
どうやら、違うらしい。産業でもない。
ならば、何だろう? どうやって町長は街を活性化させたんだ?
「じゃあ、町長って、何か変わった政策でも打ち出しましたか? それか、なにか他と違うことをしたとか」
「ううん。私も他はよく知らないから、断言は出来ないけど……減税くらいしかしてないわね」
「減税、ですか」
またここでも税金か。
「ある日突然、この街での税率が引き下げられたの。商店の売り上げから引かれる額とか、ギルドの取引にかかる税金とか」
「何か収入が……」
増えて景気が良くなったのか。そう思ったところで気がついた。
収入自体は増えてはいないかもしれないが、恐らく支出は減っているはずだ。
「その布告って、ヘレナさんが脱税に関わる辺りじゃないですか?」
「ええ。確かそのくらいだったわ」
大体わかった。
人が増えたから商人が増えたんじゃない。商人が増えたから、人が増えたんだ。
町長は街の活性化の手段として、商人の優遇を選んだ。
減税をし、商人を誘致して商店を作り、人を呼ぶ。そして増えた住人から徴税し、その収入でまた街の整備をする。
手段としては正しい。産業のない街としては、有効な手段なんだろう。
この街は、十人から二割を徴税するよりも、百人から一割を徴税するという道を選んだ。
そこまでは良い。
だが、減税してから少しの間凌ぐだけの資産が、この村にはなかったのだろう。
恐らく初期の、まだ儲けが出ないときに脱税をしたのだ。ヘレナさんを使って。
その時から長期的に続ける気だったのかはわからない。
案外、姑息的な手段だったのかもしれない。今年だけ、今回だけはと。
それはわからない。
しかし、その経済犯罪が今まで続いているのだ。
もう三年も、この街は税金を支払っていない。
きっともう、この街の繁栄はその経済犯罪に依存しているのだ。
「今の町長に替わってからって言いましたけど、それっていつですか?」
「大体三年前、村から街に昇格してすぐよ。先代が急死して、その跡を息子が継いだの」
そして、その時期も問題がある気がする。
「じゃあ、ヘレナさんの父親が死んだのは? そちらも、街になった辺りって言ってましたよね?」
「ええ。ちょうど私がこの街で働くために帰ってくるほんの少し前。先代町長が死ぬ少し前ね」
ヘレナさんの父親の死と、先代の死、そしてそれに付随した今代町長の就任と脱税の開始が、少しずれはあるものの同時期なのだ。
これは偶然の一致だろうか。
ただ二人の死んだ時期が同じだけ。偶然といえばそう思える。
だが、レイトンはヘレナさんの父親の死を聞いた途端に、ヘレナさんの積極的な協力を断言した。
父親の死が何を意味するのかまだ僕には見えないが、関係があるのかもしれない。
何はともあれ、僕らの今すべきことは私兵の排除だ。
まずはそれをこなそう。
「で、僕らは私兵の襲撃に当たるわけですが、テトラさんに何か案はありますか?」
「案って言っても、ただ襲撃して殺せば良いんじゃないの?」
逆に聞き返されて、僕は少し戸惑った。
「そうですけど……。誰が私兵か、その構成員とかご存じでしょうか? 探して回るのも面倒なんですけど」
「ああ、そういうこと」
テトラは納得した様子で、頭を掻いた。
「残念だけど、詳しくは知らないのよね。ただ、町長の命令で動いてる武装兵達ってことしか。一緒に仕事することもほとんど無かったし」
「じゃあまずは規模と戦力、あと拠点とかを調べないといけませんね」
ほとんど何もわかっていないに等しい。
町長の邸宅等に襲撃を掛ければ何人かいるかもしれないが、そうした場合でも区別がつかないから困る。
「誰か襲ってくれば、捕まえて聞けるんだけど……」
「簡単に喋ってくれるとは思えませんが、尋問の経験でも?」
組織に属している以上、簡単に口を割るとは思えない。どの組織でもそれは一緒ではないのか。
「私にあるわけがないじゃない。でも、あいつら金で雇われてるだけだろうから、簡単に喋ると思うわよ」
「まあ、聞いてみるのもいいかもしれませんが……」
たしかにやってみる価値はあるが、そのためにはテトラの言っているとおり襲われるなりなんなりして構成員の誰かと接触しなければならない。
失態だ。昨日必要だと気がついていれば、生かしておいたのに。
僕も寝ぼけていたらしい。
ちなみに、例の男は気絶させた後脊髄を焼き切ってから森へ放置しておいた。
全身が動かないとは思うが、横隔膜は動く高さで切ったので、生きていたはずだった。
レイトンに会わせれば情報を得られるかと思い、話が出来て、すぐに治せる範囲で傷つけたはずだった。
はずだったというのは、朝起きてきたら死んでいたからである。
魚を締める要領でやったためか、どこか間違っていたのだろう。
不思議なことに、罪悪感はあまり無かった。
鳥や虫や魚を殺すときとあまりに変わらない。これが、命を奪うことに対する慣れというものだろうか。
少し、寂しい気がした。
そうだ。
昨日の男のことを考えて思い出した。
まだ、接触出来る構成員はいるじゃないか。
「そうですね。会いに行きましょう。内部情報を知っていそうな人の所に」
「え? あんた、構成員がどこにいるか知ってるの?」
テトラは片眉を歪めて聞き返した。その顔は困惑に満ちている。
仕方ない。テトラは見ていないのだ。
「ええ。見たことはあります。ちょうどいい時間ですし、お昼ご飯でも食べながら待ちましょうよ。食べれるかどうかはわかりませんが」
「え? 今? え? ……ふぇ!?」
僕がテトラの腕をとると、テトラは一瞬慌てたようにしたものの、大人しく着いてきた。
説明するのが面倒なので、黙ってきてくれて助かる。
もう昼だ。僕らは早足で、食堂へ向かった。




