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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
私の物語

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根比べ

ラルゴの風呂敷畳みパート




 ネルグの森の奥、五英将ラルゴ・グリッサンドが垂れ下がる蔓草を手に取る。その蔓草で手際よく編んでいくのは即席の縄。

 どうするか、どうするか、とまるで小心者が慌てるように心の中で唱えながら。


 遠くでほんのわずか、微かにガサガサと茂みをかき分ける音がする。

 それがわざと立てられたものか、それとも消しきれなかったものなのか、聞こえてきた音を精査し後者だと即断したラルゴが、作りかけた縄を切断してその場を離れた。


(埒があかないな)


 茂みを突っ切り木の根を飛び越えつつラルゴが内心呟く。

 決定打がない、というこの現状。戦闘は続いており、〈猟犬〉レシッドと〈鉄食み〉スヴェンとは既に五度以上の接触をしてまだ決着はついていなかった。


 その知謀を誇る〈成功者〉ラルゴも、戦闘で無力というわけではない。むしろ、白兵戦こそで、五英将と名乗れるだけの腕前はある。

 幼い日より鍛え続けた念動力の出力は鉄の塊すら圧縮し、練り続けた徒手格闘の技術は無手のイグアルを凌ぐ。

 更にその念動力は出力だけにかまけず、様々な独自の効果を持つほどだ。触れたものを《潰す力》に、触れたものに《張り付く力》。または《弾く力》、《浮かべる力》、《折る力》、《捻る力》、《切り裂く力》……等々。無論それら全てはごくごく原始的な念動力でも行えるものだが、それらに特化した念動力という新たな枠組みを作り上げ、更に格闘に織り交ぜることが出来たのも彼の素養といえよう。



 しかしそのラルゴも手を焼くのが今日の二人だった。

(二人同時でなければ……)

 すれ違った木に《切り裂く力》で大きな切れ目を入れつつ、ラルゴは走る。

 蹴ればその木は簡単に折れて飛び、目くらましになる。今使うわけではないが、後で活用できるかもしれないと準備しつつ。


 レシッドとスヴェン。どちらも弱敵ではなく、そして殊にスヴェンはラルゴでも厄介だ。

 無尽蔵な再生能力を持ち、致命傷と思われる傷を与えようとも即座に復活する。武器は持たずともその拳足は身体と同じく金属質で出来ているようで、更に形状を変化させて来る様子は武器を持っているのと変わらない。

 音よりも早く跳び、大きな金属の槌を無限の執拗さで振り回してくる獣。自らの歯や髪すら無遠慮に武器に変え、その一撃一撃がこちらの致命傷となり得る。


 それだけでも厄介な相手だ。

 なるほど、これは並の五英将では勝てないだろう。たとえば白兵戦が得意ではない〈貴婦人〉フラムなどは、為す術なく殺されてしまうだろう。毒は通じず、毒虫など文字通り無視できるあの男には。

 ほとんどが代替わりか退役により入れ替わるはずの五英将を、過去に殺害した男。さもありなん、とラルゴは頷く。


 もちろん、そのスヴェンも一対一ならばラルゴは殺せる自信がある。

 無限の耐久力を持つ相手、それに任せて来るだけならば、いくらでもやりようがある。


 けれどもこの戦場にいるのはスヴェン一人だけではない。


 彼よりも力も弱く、魔法も使えないちっぽけな獣のような人間。

(……〈猟犬〉レシッド。その名、覚えておくぞ)

 ラルゴの目が、今目の前にいない金髪のその顔を鋭く睨む。


 スヴェンの傍らにはもう一人がいる。

 戦闘の腕前はラルゴの持つ直属兵、その中の中程度と変わらない。

 けれどもその男が厄介だ。


 ラルゴの誘いに乗らない。挑発に乗りレシッドが孤立すれば、即座に殺せるというのに。

 どれだけの隙を作ろうとも、レシッドは乗ってこない。分断と各個撃破という戦闘の大原則を通用できない。

 またそれが怯懦からではないというのが面倒な相手だ。


 レシッドがラルゴの挑発に乗らず、わざと作った隙に引っかからないのは、ただ冷静に戦況を見極めているからに過ぎない。

 身を滅ぼす功名心や興奮、戦闘において邪魔な感情を一切廃して、身の程を弁えてスヴェンの補佐に徹している。

 故にどれだけラルゴが森の中をかけずり回り攪乱しようともスヴェンは孤立せず、さらにレシッド自身もスヴェンがすぐさま救援できる位置取りをしている。


 どちらか一人相手ならば、ラルゴも負ける気はしない。

 けれども二人を同時に相手をして、無傷で勝てる自信はない。


 故にラルゴも森の中を駆け、即席の間抜け落とし(ブービートラップ)をいくつも仕掛け、攪乱を続けているのに。



(都合五度の衝突。そろそろ奴らも手を変えてくるだろう。……スヴェンだけならばまだしも、レシッドがいるのではな)

 

 高い木を猿のように駆け上がり、片手で枝にぶら下がってラルゴは眼下を睥睨する。

 肉眼で見える位置にはいない。けれども二人は確実に今自分を包囲し、迫ってきている。その気配がぴりぴりと肌を叩く。


(奥の手を使って……いいや、それで殺しきれなかった場合は面倒なことになる。仕掛け全てが無駄になるのは構わない……が……カンパネラを待つか?)

 一つ有効なものがあるとするならば、頼れる部下と連携を取ること。勇者を討伐する任を与えた直属兵筆頭の部下は、もう仕事を終えているだろう。それから戻ってくるとして、二百里(約100km)の距離があるとしても、彼ならばそろそろ戻って来てもおかしくない。


 だが待つのも不確実だ。それまでに敵二人が方針を変えてしまうかもしれない。それまでには撃破、もしくはせめて撃退したい。

 無尽蔵の耐久を持つスヴェンを、撃破せずに撃退するのは難しいだろうが。


 ならば。

 口元を抑えつつ、端正な眉を歪めつつラルゴは思考を止めない。

 自分が最善手を取れている、などとは思わない。そう思い込んで失敗した無数の誰かを、長年見続けてきた故に。


 しかし、安全策では埒があかない。そう決断したラルゴは、枝から音もなく飛び降りる。


(私もそろそろ、賭けに出るか)


 不敵に笑う笑みに心配はない。賭けならば、自分が負けるとは思わない。

 〈成功者〉は賭けには負けない。〈成功者〉故に。





「痛てて……」

 木にもたれ掛かるように力を抜きつつ、レシッドは腕に千切った薬草をすり込む。先刻のラルゴとの接触で打撃をまともに受けたレシッドの左前腕は、既に黒く腫れ上がり膨らんでいた。

 軽く動かし骨に異常がないことを確かめる。しかし動かす度に響く鈍痛に、すり込まれた草の汁までもが染みるように痛い。

「虚弱だな」

「あんたが異常なんだよ」


 その様を見て呟いたスヴェンに向けてレシッドは言い返し、端に黄色い印をつけていた包帯を背中の荷物から取り出す。その包帯は薬湯を染みこませておいたもので、皮膚に接触させておけば腫れなどによく効く逸品だ。くるくると巻いていけば、肌の湿り気に特有の匂いが混じった。

 この戦闘中は痛みが収まるほどの即効性はないが、気休め程度にはよく効く。

 裂いた包帯の端を口と右手で器用に引っ張り縛り上げ、捲っていた袖を直す。何度か手を開閉させて確かめた具合は、良いとはいえないものだった。



 しかしじり貧だ、とレシッドはその手を見つつ考える。

 都合五度の接触。その接触で、未だにラルゴに有効な怪我を負わせてはいない。対して自分は怪我を負った。

 レシッドは知っている。今日の勝ち筋は、スヴェンをラルゴにぶつけるという単純なもののみ。化け物には化け物を、と何度も唱えてそのために森の中を駆けずり回ってきた。

 罠を張りつつ逃げるラルゴをスヴェンに向けて追い立てるために。


 けれど、今の結果がこのざまだ。そう内心溜息をつく。

 ラルゴはスヴェンと同じく無事。そして自分はここで手傷を負った。

 このまま同じことが続けば、いずれ自分は脱落する。そうなったとき、ラルゴがまともにスヴェンと相対するとは思えない。

 正面から戦えばスヴェンは勝てるかもしれないが、ラルゴはまた森の中に姿を隠し、奇襲を織り交ぜた戦術を展開するだろう。



 こて、と頭だけを木の幹に預けるようにもたれ掛かり、スヴェンは腕を組む。

「ラルゴ・グリッサンド。なかなかの難敵ではないか」

「あんたもそう思うか」

「我が輩とて何も見ていないわけではない」

 二人は顔を見合わせ、無言で共に気配を探る。ラルゴの居場所はここより数十歩離れた藪の中、レシッドには動きを止めているのが不気味に思えた。

「我が輩たちは着実に奴を追い詰めているはずだ。乱戦に見えるが、実際はお前が我が輩の居場所まで奴を追い立て、何度も戦闘させることに成功している。なのに決定打が見つからん」

「あんたはそれが何故だと?」

「強いからだ。奴が」


 スヴェンは楽しげに呟く。

 嬉しい誤算だった。期待していた五英将、件の彼は、まさにその強さは持っていたらしい。

「突き抜けたものはないと感じる。だが奴は何でも出来るようだな。森を逃げつつ策を練り、罠を張って我が輩らを妨害し、近づけば念動力を交えた徒手空拳で我が輩に肉薄する。欠点が見つからん」

 参った、と言いたげに笑うスヴェンにレシッドは眉を顰めた。

「そしてその全てを支えるのが、おそらく奴の魔法、だろう」

「ああ」


 共に二人は森の奥を見る。

 ラルゴの潜むその先、暗い藪の中、不気味な音を立てて風が吹いていた。


「運が良い、といえば簡単だが。さすがにこれだけ立て続けでは不自然だ。肝心なところで我が輩すらも仕損じる。我が輩たちが駆ければ木々の根が足を取り、塵埃が目を塞ぐ」

 二人はラルゴと接敵したときのことを思い出す。

 レシッドの奇襲やスヴェンの機転を、ラルゴは運良く乗り切った。その時その時で、何の気なしに、または足を滑らせて。

 失敗をしないというのは与太話、と思っていた。

 しかし違うらしい。彼の力の本質は、失敗を成功に変えること。

 なるほど、だから〈成功者〉。そうレシッドは納得した。


「今この森の中は、奴の設置した罠に溢れている。見ろ、そこの木を」

「あ?」

 スヴェンが示した近くの木にレシッドは目を留める。そして気が付かなかった、と肝を冷やした。見た目は普通の木である。一抱えほどの太さの常緑樹。だがその根元は切断されており、巧妙に隠された蔦で支えられていた。

 仮にレシッドがその木により掛かれば、支えの蔦が外れて近くの木が大きな木槌のようにレシッドに叩きつけられたことだろう。

「あっぶねえ……」

 もちろんその程度の衝撃で死ぬような柔な身体ではない。レシッドはそう思っているが、ラルゴもそれは把握しているだろう。それ故、その罠にすら『その先』があると予感した。

「だがそれだけではない。奴の魔法のせいで、この森は天然の罠に満ちていると言っていい。葉は目くらまし、根や地面の起伏は足止め、藪の枝は有刺鉄線だ」


 無言でレシッドは自身の袖を見る。

 先ほど藪を突っ切った際、たまたま小枝の先が服を突き破り穴を開けていた。そのような鋭さの小枝があるという驚きと、それが防刃加工された服を突き破っていることに恐れ戦いてもいた。


「それを踏まえて我が輩たちはどう動くかだが……」

 そろそろラルゴも何かしらの新しい策を発動させるだろう。それは二人の共通意見だ。

「我が輩だけならこのまま追ってもいいのだがな」

「それじゃ俺の身が持たねえよ」

「人間の身体は弱い」


 スヴェンはレシッドの身体を眺めて溜息をつく。(人間)の身体とはどれだけ弱いことだろう。先ほど受けた腕の打撲が、未だに治癒していない。この分では骨折などもそうそう治らず、失った手足を再生させることも出来ないだろう。

 それでは永遠に続く闘争を楽しめない。


「ではどうする?」

「あー、そうだなぁ……」

 うへ、とレシッドは天を仰ぎ見て後頭部を木の幹に当てる。どうすればいい、とはこちらも聞きたいことだ。

「森がやっぱ邪魔なんだよな。埒があかない。あんたもなんか森ごとぶっ飛ばすような念動力とか使えないのか?」

「ふむ。やろうと思えば出来なくもないが……」

 

 スヴェンはレシッドの言葉に、顎に手を当てる。

 出来なくもない。多くの魔力を使ってしまうことと、そして目の前の男を慮らなければ。

 それから、うん、と頷いた。

「じゃあやるか。お前は我が輩に寄り添った特等席で見せてやる」

「あやっぱなしでーす」

 そしてレシッドはそのスヴェンの満面の笑みに、自身の身の危険をしっかりと感じ取って、自身も笑みを浮かべながら首を横に振った。



「しかしこれではお前の言うとおり埒が開かん。それに奴もそろそろ我が輩たちを仕留めに新しい策を練ってくることだろう」

「そうなんだよな」


 しかしまあ新鮮だ、とスヴェンは目の前の男を見てまた笑う。

 護衛の任務などほぼ請け負わない彼にとって、人を守るというのはとても新鮮なことだ。他人を気遣い、そして策を練らなければいけない現状。その上、相手が足手まといというのも少し違う。

 戦いにはこういう楽しみがあるのだ、と僅かながら感心する思いに、自分でも不思議な気分だった。

 いつか妹に報告してみたい。彼女はまたどういう顔をして自分の思い出話を聞くのだろうか。……もっとも、この楽しい気分が数刻後にまでも続いていれば、またこの気分を明日まで覚えていれば、だが。


 歯を剥いたいつものスヴェンの獰猛な笑みと違う、何となく紳士的な笑み。それを見て、レシッドは僅かに嫌な予感がした。

 木々に背中を擦らせて、少しだけ身を引いたレシッドにスヴェンは続ける。

「だが、緻密な策というものは、一つ前提が変わっただけで不発に終わるものだ。いいことを思いついたぞ、駄犬よ」

「おう?」

 そしてスヴェンは思いついた妙案に機嫌を良くする。

 これだ。乾坤一擲のこの策があれば、おそらくラルゴとの追いかけっこも終わるだろう。

 やはり闘争とは、肉と肉、刃と刃を交わらせなければ面白くはない。



「脱げ」

「は?」


 自分でやらねば我が輩がやる。そう示すように手をコキコキと鳴らしたスヴェンに、レシッドは本気で逃走のため足に力を込めた。





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今更ながらもしやオトフシの兄者…?
ターミネーター「レシッドがナカであたたかい也…」 厄介な二人羽織だー
[一言] レシッド最大のピーンチ(笑)
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