第十四話
といいつつも、やはり状況は変わっていない。
ここは変わらず森の中。少し離れたところで剣戟の音はまだ続いており、ここへの増援は期待できまい。
刈られていない下草に茂み。整えられていない雑木が視界を遮り、茂った葉が周囲を暗くする。奇襲にはもってこいの場所で、カンパネラがその気ならば待ち伏せは多くを潜ませることも出来るだろう。
一応、開けた場所はある。先ほど僕が燃やした森の一部は最大五十歩ほどのごく細い扇状にこじ開けられており、下は灰の地面に、辺縁は未だ燻るように燃えている。
その煙が辺りに立ちこめ少しばかり視界は悪い。
そして目の前には、カンパネラ。
おそらく自分の魔法で作った漆黒の剣を携え、白い外套に煤もつけずに涼しげに立っている。毛先が緑の白髪が、林を通り抜ける風にさらりと揺れた。
考えてみればレイトンが殺せなかった相手だ。
僕が立ち向かうのも難しいだろう。
ましてや今の僕は満身創痍ではないがもはや万全ではない。魔力に関してはクラリセンの掃討や移動に消費し、そしてテレーズや僕の治療に大量に使っている。体力に関しては失われた血の分で大幅に落ちている。
急ぎ水分を血中に集めて血圧だけは保っているが、それでも苦しい。
多分、高山病などの症状はこういうものなのではないだろうか。息切れに目眩。手足の末梢に痺れのような違和感がある。
逃げられるだろうか。ぎりぎりだという予感がある。
透明化して全速力で離脱すればどうにかなるかもしれないが、……。
だが僕も、彼を放って逃げるべきではない理由はある。
僕は拳を握り、握り心地を確かめる。
力は入る。一応は。
彼は僕を殺害に来たのだ。それは僕の予想に過ぎないけれども。
しかしそうなれば、この騒乱はそのために起こしたものになる。
既に聖騎士団にも死者は出ている。騎士団にも相当出ているだろう。
僕を狙って、多分クロードや他から僕を引き剥がすために練られた策。僕を孤立させるべく引き起こされた戦闘。
ならば、仮に僕がここから逃げたとして、戦争が続く限り同じようなことが起きるだろう。
イラインへと逃げ帰ったところで、しばらくすればまた同じように、今度はイラインの中で騒ぎが起こされる。
イラインの人間がいくら死のうと僕の心は痛まないが、中にいるかもしれない少数の人間がそれに巻き込まれるとすれば。
リコやモスクやその他数人が既に逃げていてくれればいいだろうが、そうではないかもしれない。そもそもに、この国の人間たちはリコたちも含めて何故か逃げない。副都とはいえ、非戦闘員はイラインから待避すればいいのに。
ならばまだ残っている気がする。
杞憂で終わればいいが。だが、杞憂で終わらなければ。
ここでカンパネラは殺害しなければ。
もしくはせめて撃退しなければ。ただ逃げ帰るだけでは駄目だ。
彼との戦闘。もちろんそれも大分苦しいけれども。
先ほどから増えたわかったことといえば、火は効かないということだろうか。それに念動力も抵抗される。近づけばどうやってかは知らないが拘束され、僕も気づけない速度で背後に回られてしまう。
そろそろ息をしないことに慣れてきているだろうか。もしくはもともと無呼吸での行動が出来るのだろうか。息をしていないことを、彼自身忘れているのかもしれない。不自然なまでに肩が揺れない。呼吸の動きはない。
あと、わかったことというか今までの観察の結果としては。
……遠距離での攻撃は未だ投擲しかしていない。
ならば。
考える暇を与えないつもりか、ダン、と地面を鳴らしカンパネラが短く僕の方へ跳ぶ。
身体全体が音のように速く迫ってくるような攻撃。だがたしかに、と僕はそれを見て何となくだった気づきが少しだけ確信に変わる。
そして彼の着地と共に突きの剣先が僕へと迫り、やはり身体が動かな……。
「っ……!!」
僕は突き飛ばすようにして、カンパネラに対し念動力を作用させる。
後ろの木に叩きつけるまではいかなかったが、カンパネラは一歩下がるように失速する。それと同時に僕の身体は何故だか動くようになり、躱すことが出来た。
剣先が、身体を捻った僕の目の前を通る。一瞬の静止の後振り下ろしに変化した剣を躱すと、風を切る音が遅れて聞こえてきた。
一応正解だろうか。
彼は風や炎を飛ばしたり、斬撃を出現させるなどの遠距離攻撃はしてこない。
その手段がないのか、それともしてこないだけなのかはわからないが、まずの選択肢に挙がらないのはたしからしい。
そして拘束も。
「…………」
もう一歩弾くように念動力を使えば、カンパネラがまた一歩下がる。
その間にも、僕の身体は動かせる。拘束は近い距離でなければ出来ないのか、それとも効果が薄いのかはわからないが、近寄らせなければ問題はないらしい。
また一つ、二つとカンパネラの攻撃を念動力で彼の身体ごと逸らしながら僕は考え続ける。
らしい、らしい、と推測を重ねていく作業。全くの根拠もなく、カンパネラが何か演技をしているとすれば根底から覆される事象の数々。
だがそれに縋るしかない。ふらふらとどこか揺れる頭で考えるのはこれが限界だろう。
カンパネラに遠距離攻撃はなく、攻撃は全て剣か五体による物理攻撃。
断定は出来ないが、多分。
だったら、僕の念動力の間合いの方が広い。
魔術師とは違い、常に魔力を帯びているカンパネラに作用させるのは少々強度を上げる必要があるが。
またもう一度。
カンパネラが剣を携え、跳ぼうとする。
しかし諦めたかのように剣を下ろし、その力を抜いた。……本当に諦めてくれれば楽なんだけども。
「……その再生能力、勘定に入れておくべきでしたね」
カンパネラはにっこりと笑う。楽しげではないが、興味深げに。
そして剣を下ろしたまま、ゆっくりと歩き始めた。僕と一定の距離を保ったまま散歩をするように。
「ですが、形を戻しただけらしい。フラム以上ではあるようですが、音に聞く〈鉄食み〉以下といったところでしょうか」
「あれと比べられても困りますが」
「実際の所、どうなんでしょう。首を落とせば死ぬと思いますか?」
時計回りに僕の周囲を歩いていたカンパネラがぴたりと止まる。それと同時に、僕の視界がぐらりと揺れた。
いいや、違う。揺れたのは僕の視界ではなく、僕自身。
「まったく、勇者は心臓を裂けば死んだというのに」
「…………!!」
いつの間にか、足下が泥濘のように変化している。
特に魔力波を飛ばしたなどの様子はなかった。カンパネラ自身にも不審な様子はなかった。なのに、いつの間にか足が足首近くまで地面に飲み込まれていた僕は、意表を突かれて判断が遅れた。
……違う、これは、飲み込まれているのは地面にではない。
変化しているのは樹木の影。その影に沿って、地面が粘度の高い墨のようなヘドロのような何かに覆われている。
そしてカンパネラの手により打ち込まれたのは、彼の持っている剣。これもいつの間にか随分と伸び、野太刀のような長大な剣となって僕の額を割ろうと振り下ろされていた。
咄嗟に腕を掲げるようにして防ごうとしたが、それよりも外側、念動力の障壁に食い込むようにして止まる。
念のため、張っておいてよかった。
「さて、困りましたね。お互いに有効な手立てはない。貴方の魔法は私に通用しませんし、私は貴方の障壁を破れない。さてさて、どうしたものやら」
独り言のように呟きつつ、クツクツとカンパネラが笑う。
「お互い手詰まり。一時休戦いたしませんか?」
そして笑顔を浮かべたまま口にしたのは、僕にとってはありがたいような迷惑なような提案だった。
「……刃を向けたまま口にすることではないと思いますが」
火花を散らすように、未だに僕の障壁にぶつかったカンパネラの刃は力が入り僅かに震えている。
休戦というのは置いておいても、明らかに敵意ある行動だ。
それに僕の足の拘束は解けていない。先ほどまでの全身を固めるようなものではなく、足首を埋めるだけのような拘束ではあるが、それでも。……強引に地面ごと引き抜けばいけるだろうか。
……それにしても。
「勇者が? 何ですか?」
カンパネラの先ほどの言葉。『勇者は心臓を裂けば死んだ』……ということは。
『死にそう』などの予想の言葉ではなく、完了の言葉ということは。
「おや、そこまで愛着がありましたか」
「いいえ」
僕の言葉にカンパネラが意外そうに眉を上げる。僕は思わず否定してしまったし、愛着などはたしかにないが、それは。
カンパネラが剣を押し込むように力を込め直すと、実体もない障壁に、鳴るはずがない罅が入るような音が響いた。
「先ほど私が殺害しました。心臓を裂き、首を落として」
「…………」
「まったく、勇者が主軸の作戦が組まれてくれれば、私としてもそこまで苦労はしなくて済んだのですが」
溜息をつくような素振りだが吐息はない。やはりまだ呼吸を使う攻撃は無意味だろう。
「千年前の勇者と比して、また聖騎士と比べても弱い。素質の違いというものでしょうか。そのせいで旗印以上の役割がない。兵を率いて先頭に立っていただきたかったのに」
「そうですか。……死んだんですね」
愛着などはたしかにないが、僕の心になんというか『残念』という感覚が去来する。
勇者。オギノヨウイチ。元同郷の人間だからということもあるだろう。
戦争開始直前で良い関係ではなかったが、それまではそこそこ良好な関係が築けていたと思う。
そして、ルルの……。
僕がこの戦争に参加する一番大きな理由は、ルルと、彼のことではなかっただろうか。
ならこの戦争で、僕が戦う意味はもう。
僕の脳内に浮かんだなんとなしの無力感を掻き消すように、僕の背後で音がする。
木を蹴る音。蹴った反動で僕に飛びかかる影。
新手だろうか。
「時間稼ぎでしたか」
僕の後ろ、どん、と音を立てて男が宙に浮く。僕の広げた障壁に張り付くようにして、覆面の男が障壁にしがみついていた。
「ここに至るまでに始末を終えているはずだったんですが。手配はしておくものです」
「カンパネラがここまで手こずるとはな」
補足するように笑うカンパネラに応えて男も笑う。名前も知らない、が、カンパネラに対し敬称もつけないということは、この男も直属兵だろうか。
覆面で覆われていない頭部の上半分、殊に目がぎらぎらと脂ぎっているかのように光る。
「〈朋友〉のルモニオ、約定に則り障壁破りの業ご覧に入れ」
「まあ、時間稼ぎをしていたのは僕の方もですけれども」
僕やカンパネラ、それに現れた男からも少し離れた地面の絡まる根を裂き、数カ所穴を開け、土砂を噴出させる。
勢いのよい噴水のように噴き出した土は、僕らを囲む木々よりも高い場所まで届く。
それと同時に、僕とカンパネラが立っていた場所を囲むよう、切れ目を入れていた地面が勢いよく陥没する。
土中に穴を開け、地面の根を切り開き作る即席の落とし穴。予習の成果だろうか。
僕たちの下、地面が飲み込まれていくぽっかりと空いた黒い穴。
新たに現れた男共々、念動力でカンパネラを叩き落とせば、暗い穴の中に消えていって見えなくなった。
コルクマットのように絡まった根の断端がひらひらと舞う。
そこに今掘った土砂を追いかけるように流し込んでいく。障壁で蓋をするように押し、固い岩盤のように固めていく。
魔力波を飛ばして確認すれば、二人は一応土砂の中に放り込めたらしい。
息も出来ず、動くことも出来ない。さすがに押し潰すのは難しいようだが……と思っている内に、カンパネラではないもう一人の身体が圧壊したのがわかった。
粘土の重さは少なめに見積もって一立方メートル辺り一トン強。なら上に被せた土の重さは合計百トンにも達するだろうか。
更に土砂を圧縮し、容積が三分の一くらい減らした。そこまですれば、その奥で一人は死んでくれたらしい。
だがカンパネラは生きている。
僕は舌打ちをしたい気分のまま、浮遊したまま暗い穴の底を見下ろし、溜息をついた。
穴に広がる暗闇。その奥では、未だにカンパネラは諦めていないと思う。
僕には彼に対する決定打がない、というカンパネラの言葉は正解だろう。
火は通じない。その理由としては、先ほど挙げていた『影は燃えない』というものがあるのだろう。
なるほど、影となって隠密行動する彼の魔法。その際彼はおそらく、影と同じ性質を持つのだろう。影は燃えず、物理的な干渉を受けない。
ならば多分、同じように考えれば彼は他の攻撃にも耐性を持っている。
『影は』という言葉を使って考えるとするならば、……影は燃えない、影は凍らない、影は痺れない、……影は傷つかない、というのもありだろうか?
いや、傷はつくのだ。レイトンと接触したとき、彼は首から血を流していた。
それに多分、先ほど目の下、頬に薄く傷跡があった。以前の時にはなかった傷。最近つけられた傷だとすると、つけたのはどんな化け物だと思うけれども。まさか勇者ではないだろう。
……ここから《山徹し》を撃ち込めば足りるだろうか。
もう僕の魔力も少ないが、それだけすれば。
駄目押しとばかりに僕は手の先に魔力を集中し、矢を形作る。
僕の見聞きした中で最強の攻撃。
これで通用しなければ、出力の方面で僕が勝てることはなくなる。
青白い光が手の先で迸る。
指先で浮かぶ一本の代わり映えもしない矢がまばゆく光る。本物がこうやって光っているのかは知らないが。
僅かに手を掲げるように上げ、勢いよく下げる。
投擲よりも遙かに速い速度で、下向きに矢が飛んでいく。すぐに底に当たったのだろう、張り裂けるような甲高い音と、高熱を含んだ熱風が穴から吹き上げる。
そして次の瞬間には、地響きのような揺れ。
離れた場所で戦闘していた兵たちからもどよめきの声が上がる。
その正体を知らないまでも、この辺りが震源地だと気付いたようでいくつかの視線がこちらに向けて飛んできていた。
何かが上げる、ぱちぱちという弾ける音。生臭いような臭い。
それらが穴から這い上がり、不快な生温かい空気と共に周囲に満ちる。
そしてやはり。
僕の身体が動かなくなる。
やはり僕の推測は間違いで、遠く離れた位置からでも作用させられるのだろう。また何かが塞がれたような感触が身体の周囲に張り巡らされ、意識的に身体を動かすことが出来なくなる。
周囲の木々から穴へと舞い落ちる木の葉が動きを止めた。これも多分、僕と同じように。
これもやはり影を使った能力なのだろうか。
影になり熱や《山徹し》を防いだように。この拘束も、何かしらの形で影が関わっているとするならば……。
そして次の瞬間、僕の首の横が音もなく裂ける。
破けるような印象のまま、首が曲げられるでもなくたしかに裂けていく。頸動脈が破けて鮮血が舞う。まずい!!!
慌てて穴の周囲を崩し、更に灼熱の熱風をまた上から落とし穴の中に吹き付ける。
溶岩へと変じ、赤々とした土が穴の底に落ちていく。
底に到達した赤い飛沫を手で振り払うようにして防ぎ、カンパネラは見上げるようにして埋まっていた。急ぎ這い出たのだろう、まだ下半身は土の中で。
彼がいる地面だけが固まり、しかしその周囲は溶岩が満ちる。
表情は苦々しく、そして初めてだろう、憎々しげに僕を睨む。
今のは遠距離攻撃だろうか、これも僕の推測を嘲笑うかのように隠されていた。
いつの間にか拘束が解けていた身体を修復し、首の横の傷を塞ぐ。
そうしつつ穴の周囲を蕩かし、溶岩を流し込んでいく。未だにカンパネラは動かず、溶岩溜まりも周囲に出来ていくだけなのだが……と思った次の瞬間、閃光のような光が穴の底で弾ける。
目が眩むような一瞬の後、瞬きをすればカンパネラは底にはいない。
カンパネラのいた場所が溶岩に飲み込まれる。どこへ。そう思った次には、また穴の中で光が走った。
何をやっているのだろうか。そう考え始めた僕の頭の中で、予感に似た考えが浮かんだ。
カンパネラの能力は影に関する能力。ならばこの閃光は……。
「いやはや、閃光玉を持ってきていて助かりました」
穴の傍ら、僕の視界の外でケホケホとカンパネラが軽い咳をする。見れば膝をつき、地面に片手まで添えている。さすがに服は煤のようなものに塗れているようで、先ほどの清潔さは消えていた。
「閃光による移動ですか」
正確に言えば、閃光によって生じた影に乗った移動だろう。なるほど、そうすれば足場も関係がなく、まさしく閃光の速度で移動できる。
……もしかすると、僕の胸を貫いた奇襲はこれを使ったものだろうか。あのときは、背後の木々が白熱した光を使って。
カンパネラは敵意がこもる目で僕を睨んだ。
「本当に手こずる厄介な敵だ、貴方は。こちらの手札を次々と暴かれ、貴方の手札は尽きるところを知らない」
僕も浮遊を止めて穴の横の地面に立つ。
カンパネラの対岸。
そして彼を見据えていた僕の視界がグラリと揺れた。今度は僕が揺れたわけではない。先ほどの追加の出血のせいだろう。さすがに血が足りない。喉が渇いた。
「ですが、勝つのはやはり私です」
カンパネラが穴の縁に手をかける。そして穴から汚泥が這い上がるように、何かの液体が僕の腕と変わらない太さの触手のようなものとなって伸びてきた。
これは、……これもまた、変質した『影』だろうか。
先端が鋭利となった触手の攻撃。甲高い風切り音。
一歩、二歩、と穴から遠ざかるように下がりつつそれを躱す。
決まりだろう。カンパネラの能力は影の支配。影を変質させて武器にし、影の中に入ってまたは影となって攻撃を防ぐ。……ならば、先ほど僕の首が裂けたのは、僕の影への干渉だろうか。
接触した影に干渉し、実体に影響を及ぼす。そこまで出来るのかはわからないが、出来ると思っていいだろう。
……なんというか、無敵に近い能力だと思う。卑怯とはいわないが、余りにも隙がない。
やはり考えてみても、素のまま近寄ることは出来ない。影に接触されてしまえば拘束され、さらには首を引き裂かれる。遠距離からの攻撃でも、石礫などは通じず、影は焼けないし凍らないしで防がれてしまう。
だがまあ、そこまでわかってしまえば。
「いいえ。勝つのは僕です」
僕は触手を弾いて穴の上を跳ぶ。カンパネラの頭上に到達し、カンパネラの身体に僕の影がかかる。
「それは浅はか」
カンパネラは僕に答えて、更にもう一言口を開く。「動くな」と。
言葉のままに僕の身体が空中で止まる。何かに衝突したわけでもなく、ただただ慣性を失ったかのように。
おそらくこれに筋力で抵抗しようが無駄なのだろう。念動力も影は動かせない。
だが。
僕は周囲の魔力で光を曲げる。
一瞬の透明化。影が消えて、カンパネラの瞳の中からも僕がいなくなる。
空中に念動力で作り上げた足場を蹴り、もう一度加速。
着地し背後に回り、足に闘気を込める。透明化が解けてしまうが、それは構わない。影さえ彼に当たらなければ。
さすがにこの一瞬で闘気を完全に賦活させるのは、熟練していない僕には無理だ。
けれども振り返りかけたカンパネラの顔を完璧に捉えた蹴りは、何かを折った鈍い音を鳴らした。
そしてそれでも、カンパネラの瞳が僕を捉えて光る。
「捕まえた」




