果たされた説得
「ヘレナさんを殺すのは、無しで」
「どうしてそうなるのかな? ぼくの計画では、彼女の殺害が肝心なんだけど」
「その前に、いくつか聞きたいことがあるんですが」
レイトンは感嘆とも呆れとも取れるように息を吐いて、続きを促した。
「……レイトンさんは、クラリセンに何をしに行くんですか?」
徐に、レイトンに向けて尋ねる。
にやっと笑い、レイトンは快活に答えた。
「決まっているだろう。ぼくは、脱税している小悪党の邪魔をしに行くんだよ」
当然、そう答えるだろう。レイトンは当初からそう答えていた。
だから、それがレイトンの目的だ。
「じゃあこの事件解決後、街にはどうなって欲しいですか?」
邪魔をして、はいおわりでは無いだろう。少なくとも石ころ屋ならば。
「勿論、健全な運営をして欲しいね。正義の怠慢を、ぼくらは許せない。それで、次は?」
……もう僕の次の質問を察したようだ。正直話すのが嫌になるが、やるしかない。
「健全な運営に、強大な戦力は必要だと思いませんか?」
「ヒヒ、なるほどね」
レイトンは一人納得した。
「え? あの、どういうこと?」
テトラは困惑している。恐らくもう、僕の言いたいことはレイトンに伝わっているのだろうが、それでも言葉にはしなければいけない。
「ヘレナさんは、魔法使いです。この国に五十人いないほどの、貴重な戦力。このネルグの森の中では、街の戦力なんてあればあるほどに良い」
まだ開拓村から昇格したばかりのクラリセンでも、そこは有効なはずだ。
浅層にはそうそう出てくることはないが、深層には巨竜が闊歩している森なのだ。どんな魔物が出てくるか、わかったもんじゃない。
そして、有効な手であるからヘレナさんを殺すのであり、レイトンはヘレナさん個人を狙っているわけではない。ヘレナさんを生かす理由があれば、レイトンはそれも一考するのだ。
「僕はヘレナさんを、この事件解決後の戦力として使うことを提案します。クラリセンの有能な兵隊として、安く使える彼女は貴重だ」
「クラリセンには、もう兵がいるはずだけど?」
「ええ。今はね。でも、これから減るであろう戦力の補充として、彼女は使えるでしょう。もっとも減らすのは、僕の提案を受けたレイトンさんの策ですが」
当初からわかっていたレイトンの計画の穴。
また別の手段での脱税が始まれば、また新しい対処が必要になる。
手段を変えさせて街の綻びを待つというのであれば、それは計画の重要な欠陥ではない。
だが、あえてそこを突く。
今回の事件解決後のケアとして、ヘレナさんの存在を使わせる。
レイトンは事件後の街の発展を願っている。ならばこそ、本人も言っていたように、彼女を失わない方がレイトンにも都合がいいはずだ。
「……ヘレナ嬢を生かしておいた方がいい理由はわかった。じゃあ、具体的にどう変えればいい? 彼女を殺すことが脱税解決の手段として有効だと、何度も言っているけど」
そう。それが問題だ。
具体的な解決方法を示せないのに、反対案を出している。そんな状況なのだ。
だから、そこでニクスキーさんのヒントを活かしてみせる。
「でも、ヘレナさんを戦力として残す場合。その場合の計画も、貴方は考えつく。違いますか?」
レイトンに頼る。恐らくこれが、ニクスキーさんの正解だ。
レイトンの出した計画の欠点と改善案だけ示し、あとは修正させる。
ニクスキーさんに賞賛されるレイトンだ。出来ないとは言わせない。
「ヒヒヒ。ぼくを挑発するか」
レイトンは口元に手を当てて、暫し離れた地面を見つめた。
「……いいだろう。確かに、ヘレナ嬢は生かしておいた方が後々都合がいい。殺すのは、無しだ」
その言葉を聞いた、テトラの顔に喜びが浮かぶ。
レイトンはそれを見ようともせず、滔々と喋りだした。
「変更後の計画は……」
「というのが貴方の計画、貴方の考えた正解でしょ?」
しかしレイトンの言葉を遮り、僕の言葉を続ける。
「……どういう意味かな?」
「僕に助言をした三人とも、貴方でさえ、僕にこの結論を出させるように誘導していた。変更後の計画を考えるのではなく、貴方を説得する方へ向かわせるように」
そして、レイトンの真意は多分。
「多分、僕を挑発して参加させるのが貴方の狙いだった、代案を考えろなんて言うのはそのついでで、貴方にとってはどちらでもよかった。ヘレナさんが死んでも死ななくても、有効な手が打てたんだ」
一息にそう言い、僕は溜め息を吐いて、自分の手を見つめた。
「少し、気分が悪いですね。そこまで含めて全部掌の上だったなんて」
レイトンは、楽しそうに笑う。
「……ヒヒヒ、仕方ないさ。キミはまだ経験が浅く、知識も無い」
そして、顔を上げて僕を真っ直ぐにみる。
「でもまあ、そこまで気付かれるとは思わなかった。正直ぼくは驚いているよ」
全くそうとは思えない顔で、さらり僕への賞賛の言葉を吐くレイトン。
だが、そこには嘘はないのだろう。そんな気がした。
「……でしたら、一つご褒美でも頂きたいですね」
「言ってみなよ」
「今回の事件、僕の案で動いては貰えませんか。ヘレナさんを殺さないために立てた、僕の案を」
掌の上で動くのは嫌だ。
ここからは、レイトン達の思惑には乗らない。
レイトンは、少し困ったように眉を顰めた。
「それはまだ、なんとも言えないな。その案が有効かどうかわからない」
当然だ。僕はまだ何も言っていないのだから。
だが、いつも僕や誰かの発言をすぐに察するレイトンが、即答出来ていない。
ここから先は、グスタフさんやレイトンの予定にないことだ。
これでそう確信出来た。
「今回必要なのは、ヘレナさんへの脅迫の解決。そして、暗殺者達の出所となっている町長の私兵の壊滅です。だから、これを両方やる」
「ヘレナ嬢が脅迫されているという証拠がないけど、実際は自らの意思だったらどうする?」
レイトンが意地悪い顔で聞く。これは尋ねるというより、からかっている感じだ。
「そこは……テトラさんを信じましょう。直接接触した、仲の良かった彼女の言葉を」
僕がテトラの方を見ると、テトラは力強く頷いた。
「ええ。絶対に、自らの意思じゃない」
力強い否定の言葉。そこはもう、信じるしかあるまい。
「私兵を壊滅させるのは何故かな? 街の戦力を減らすのは得策ではないと、そういう話だったはずだけど」
「テトラさんへの暗殺者達がそこから出てきている以上、後顧の憂いは断つべきです。それに、他の街の住民も戦える者たちばかりであるならば、総合的な戦力はむしろ増えるはずです。ヘレナさんが街に正式に参加すれば、ね」
レイトンも知らなかった以上、ヘレナは表舞台に出ていない。つまり開拓村だったときからの戦力としては数えられておらず、これから街へ参加すればそのままプラスになる。
衛兵達や探索者に魔術師達、そして私兵は、テトラの話からすると街になってから参加しているはずだ。
勿論戦力として存在して困ることはない。分業という観点から見ても必要な者たちではある。
だが、昔からいなかった以上、不必要なはずの戦力と言えなくもないのだ。
そしてその中から私兵を取り除いても、全体への影響は少ない、と思う。
「ふうん……。まあ、大体はわかった。じゃあ、町長以下、脱税の主犯達はどうする? 放っておいたら、また人を集めて再開するよ?」
「そこだけちょっと悩んでるんですよね……」
ここまでは、ヘレナさん殺害の代替案だ。
初期に出た案、ヘレナさんの拉致監禁、それを実現するための計画だ。
その後のことが、考えられていない。
けれども、それはレイトンの策としても同じこと。
「レイトンさんの当初の計画では、放っておいて、ボロを出すのを待った。ですよね?」
「そうだよ。イラインの方でも色々とやるつもりだったけどね」
そう言う笑顔からは、何となく剣呑な雰囲気がしていた。
場の空気が一瞬止まる。
どうだろう。ここまでは、僕とテトラの当初の計画だ。
しかし、そこに根拠を付け足した。それこそが大きな変化だが、それで足りないのであれば、また考え直さなければならない。
しかし、上手く事は運んだようだ。
「まあ、せっかくここまでキミが立案したんだ。支持しようじゃないか」
レイトンは一転して、人好きのする笑顔でそう言い放つ。
「ヘドロン嬢も、いいよね?」
「ええ、もちろんよ!」
テトラは、喜色満面の笑顔を湛えた。
その喜びは、パンのソースが口についているのに気がつかないほどらしい。
でも、支持されるのはまだ早い気がする。
「ええと、まだ具体的な話をしてないんですが……」
どうやるか、は何も話してはいない。
「それについては、街についてからでいいよ」
レイトンは、そう諭すように言った。
「私兵の処理、脅迫の解決、これらは別個に出来る話だ。そして、脅迫の解決はぼくがやる。町長達への制裁も含めてね」
「僕たちには、私兵の処理のみやれと?」
「そうだね。その方法は、キミらで考えると良い。失敗しても、ぼくが拾うから問題無いさ」
「ヘレナは、無事に済むのよね?」
テトラは、恐る恐るといった感じで確認する。
「もちろん、ぼくもその方向で考えるよ。ただまずは、ヘレナ嬢の話も聞かないとね」
楽しそうに、レイトンは笑う。
思い通りに事が運んだように、予想外の事態を面白がるように。
「キミらも詳しいことは、街を見てから考えなよ。今日到着して、明日の朝から行動開始だ」
「……わかりました」
一生懸命に主導権を握ろうとしたのに、結局レイトンに握られている気がする。
しかし、ヘレナさんは助かる。一つだけでも、僕の考えが反映されたのだ。
そこで今回は満足しておくべきかもしれない。
それで少なくとも、目の前で美味しそうに昼食を食べるテトラは、悲しませずに済みそうなのだから。
「ところで、カラス君はさっきから何を食べてるんだい?」
ふいに、レイトンは僕の手元を覗き込むようにして尋ねた。
「これですか? 蒸した鳥喰い蜘蛛ですね。もう一匹ありますけど、食べます?」
僕が竹の皮に包んだ掌大の蜘蛛を差し出すと、二人は少し後退さる。
「……ぼくは遠慮しておくよ、ヘドロン嬢、どうぞ?」
「や、やめ、いや、わわ私もやめておくわ」
二人とも、自分の分があるからか、受けとらなかった。
遠慮しなくてもいいのに。




