まとめられたヒント
どうする? どう行動すればいいんだ?
僕よりも情報を持っている三人にもらったヒント。それを僕は再度検討する。
一番わかりやすいのは、ニクスキーさんのもの。
もっと人に頼れ。これは意味としては簡単で、言葉通りのものだろう。
グスタフさんのヒントは簡潔だ。だが、込められた意味がわからない。
街道を通って行け。
初めは時間稼ぎかと思ったが、この速度が出せるのであればそうではなさそうだ。ならばレイトンが言ったように、襲撃に備えて? いや、その意味もあるかもしれないが、今更グスタフさんが、僕の身の危険を案じるだけの言葉を授けるとは思えない。他の意味もあるはずだ。
……そういえばレイトンが言っていた。「街道を通る利点は何?」と。
そうだ。その利点を享受させるために、僕らに街道を走らせているのだ。
街道は整備されていて通行しやすい。
その理由として、山中とは違い、人や乗り物が通ることを想定しているというのが大きいだろう。人や物が、ここを通り送られてくる。街や村にとっての生命線だ。
だから街や村は、近隣の道を整備して……あ!
僕はテトラの乗っているハクに近付き、出来るだけ驚かせないように飛び乗った。
ハクは一瞬後ろを振り返るも、また興味なさげに鼻を鳴らして目線を戻した。
テトラに、聞きたいことがある。
「キャッ!? 何よ!?」
テトラの後ろに跨がると、風切り音を避けるために耳元へ顔を寄せる。
「ひゃ!?」
「ちょっと聞きたいんですけど、いいですか?」
「いいいい良いけど、ちょっとあんた近っ、近いって!」
慌てて僕から身を離そうとするテトラだが、そんなことは今は良い。
僕の思考を止めないために、疑問はすぐに解消しなければ。
肩に手を掛けると、身をよじっていたテトラは大人しくなった。
「クラリセンの公共事業ってどうなってますか? 街道の整備や井戸の手入れ、他にも治水やら、本来税金が使われるであろう事業って、正常に行われてますか?」
「いいいきなり、何? ふ、普通だったわ。税金自体は普通に徴収してるんだもん」
「では、商人とかも普通に来れるんですね? 手抜きせずに、魔物や獣の駆除は行われてるんですね?」
「ええ。そういうことは正常だったわ」
こちらを見ずに、テトラは答える。いきなり話しかけて気を悪くしたんだろうか。
横からレイトンが口を挟んでくる。
「そこは手を抜けるわけがないよ。街道の安全は、集落の安全に直結する。まともな施政者ならば、手を抜くはずがない」
「でしたら……」
関係がないかもしれないが、あるのだったら問題だ。
「その整備は、どういう人たちが請け負っていましたか?」
そう聞くと前を向いたままテトラは答えた。
「昔は草を払ったり警備したりを、全員が持ち回りでやってた。街になってからは森林ギルドに委託してたはず。安全を保つ警備も、衛兵達に、探索者たち。魔術ギルドのみんなと……」
そして言葉を切り、苦々しい横顔をこちらに向ける。
「私を襲ってきていた、町長の私兵たちがやるようになったわ」
「……つまり今のクラリセンは、その街道警備の戦力が、何人か抜けてしまっているんですね」
恐らく、結構な割合で。
「何の心配をしているかは大体わかるけど、その心配は要らないね」
「そうなんですか?」
街道の整備不良などで、外部との連絡がし辛くなっているのではないかと危惧したが、そうではないらしい。レイトンは横目でこちらを見ながら補足する。
「開拓村とは違って、今はもう街だ。私兵たちの人数よりも、それ以外の戦力のほうがずっと多いはずだよ。それに、最近まで開拓村だった街が、そうそう戦力不足になるわけがない」
「大きくなった街だから、ではなく、最近まで開拓村だったから、不足しない?」
どういうことだろう。人口は街の方が増えているはずだ。その分戦力が増えるというのであればわかるが。
「キミは開拓村出身だったよね?」
「え、ええ。イラインの真東にあるところですが」
「そこはどんなふうだった? いや、わかりやすく聞こうか。いわゆる、戦える人が多くは無かったかな?」
その質問に、僕の脳裏に生まれ育った開拓村が浮かぶ。
「確かに、そうでしたね」
デンアを筆頭に、シウムやカソク、イコなど、今考えても過剰な戦力が集まっていた気がする。
「ネルグの中を開拓して、まず初めに確保しなければならないのは安全だ。外注しても良いけど、まだ小さく蓄えのない村がそのための報酬を用意することは難しい」
「ああ、なるほど。安全は欲しい、でも多額の資金を用意することは難しい。だから、住民自体が安全を確保する必要がある」
「そう、そのために何処の開拓村も、初期の住民の大半は戦える者のはずだ。だからクラリセンについても、戦力不足は考えなくて良いと思うよ」
「それなら心配ない……んですね?」
何だろう。何かまた引っかかった気がする。何かに僕は気がついたのだが、まだ考えが固まっていないのか、どこに引っかかったのかわからない。
テトラの後ろで、僕は考える。
走らなくてもいい分、考えやすくて良い。たまにハクが重そうにこちらを見るが、少しの間だけ許して欲しい。
他にもグスタフさんの言いたいことはあるのかもしれないが、いったん置いておこう。
後は、レイトンのヒントだ。
これは文章のようになっていて、忌々しいがわかりやすい気がする。
テトラの目的は、ヘレナさんの救済。ヘレナさんの死因は、レイトンによるもの。
……ただの状況説明なだけな気がするが、それでも本人は助言と言っている。
ならばきっと、隠された意味があるのだろう。
何故、今更テトラの目的について注目したんだ?
わざわざそれを聞くと言うことは……。
そうか、これはテトラの目的だ。レイトンや僕の目的ではない。
そして、ヘレナさんを殺すのはレイトンだ。
決して、脱税をしているクラリセンではない。
なるほど、確かに、発想の転換が必要だったようだ。
僕の表情を見て、レイトンは不敵に笑う。
そして、僕とテトラに呼びかけた。
「そろそろ、小休止しようか。休憩も必要だし」
「…………」
「そうしましょうよ、テトラさんも、ね?」
レイトンの指示に従うのも嫌そうなテトラに、僕も休憩を促す。
「小休止じゃなく、もう時間も時間ですし、お昼を食べましょうよ」
そしてレイトンに向かい、そう提案すると、あっさり了承がもらえた。
適当な切り株を作り、そこに腰掛ける。
それぞれ、持っている荷物の中から昼食をとりだし、頬張り始めた。
「それで、考えはまとまったようだね」
レイトンが僕に向かいそう言うと、テトラが反応する。
「……本当なの?」
「ええ、一応は。ちょっとまだ聞かなければいけないこともありますけど」
僕がレイトンに目を向けると、レイトンはクスリと笑った。
恐らく、僕の答えもレイトンにとっては想定内だ。
グスタフさんにも、きっと予想はついている。
僕はずっと掌の上で踊る気は無い。
だが、まずはこの場を何とかすべきだ。反撃は、まだこの後だ。
だから。
「レイトンさん、貴方に、ヘレナさんは殺させない」
まずは、ヘレナさんの命を助けよう。
レイトンには、存分に働いてもらわなくては。




