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捨て子になりましたが、魔法のおかげで大丈夫そうです  作者: 明日
私の物語

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閑話:軍略家




『……よってまだ急を要する段階ではない。五英将への警戒を密にし、引き続き侵攻に励むべし』


「…………」

 第二位聖騎士団の拠点にて、その長であるクロード・ベルレアンが、読み終わった書状を手の中でくしゃりと丸める。

 書状の差出人は副王と称されることもある副都イラインの領主、ダルウッド公爵である。当然その書状も粗末になどしてはならず、その書状の価値がわかるものであれば眉を顰める所行だ。

 だがクロードは気にすることなく、丸めた書状を明かりの火にくべる。篝火の薪の中で、高価な紙が黒く炭になって崩れていった。


「気に入らない、とそんな顔をしています」

「ああ」

 呆れるようにクロードに言ったのは、第十四位聖騎士団〈鹿角〉団長ガウス・ライン。吊り上がった目を持つ色白細身の優男。クロード・ベルレアンと同じく槍使いの猛者であり、身長に比して腕がやけに長い男だった。


 茜空を見上げてクロードは溜息をつく。

 ムジカルの砂漠の端で待機していた第十五位聖騎士団が壊滅したのは昨日のことだ。五英将も参加したその戦闘について報告を上げて、指示を仰いだのも昨日の夜のこと。

 そして方々に部下を走らせ情報収集に当たりながら待った今日、夕方になってようやくダルウッド公爵の名で指示が届いた。


 曰く『戦略の変更はない』とのこと。

 様々な事情を鑑みて、第十五位聖騎士団の壊滅は仕方のなかったこと。そして、そのおかげもあって五英将二人の現在位置が知れたという優位がある。

 故に、何一つ行動は変える必要はない。現場の判断で、戦い続けよと。

 そういうことが、長々とした文章で言い訳のようなずさんな分析と共に記されていた。


 

 クロードは、そうだろう、と歯噛みする。

 第十五位聖騎士団が倒れようとも、ダルウッド公爵にとっては何も関係がないだろう。ダルウッド公爵は太師派の人間。そして第十五位聖騎士団は、太傳派に属する聖騎士団だ。

 聖騎士団は王の私兵。名目上はそうなっているはずなのに。


 もちろんクロードたち現場の騎士たちが協議をし、この戦争における戦略の大まかな形は整えられた。しかし、この進軍する騎士団の選定は、軍議の前にほとんど終えられていたといってもいい。ダルウッド公爵をはじめとし、王からや、三大公の口出しによって。

 第十五位聖騎士団がライプニッツ領を進み砂漠の端で友軍を待つというその経路も。


 明確な命令などはない。そうだという確証もなく、誰から言われたわけでもない。

 けれどもクロードは感じた。

 第十五位聖騎士団は、差し出されたのだ。ムジカルへの戦果として。太傳派以外の誰かの思惑で。


 もっとも、第十五位聖騎士団の動きは軍略上有効手でもある。

 彼の団が待機していたのはライプニッツ領とムジカルの境。ならばライプニッツ領を通るような進撃は遮ることが出来るし、ライプニッツ領からの支援により防衛戦も容易だ。

 仮に攻められても敵兵を削り追い返すことが出来るし、更に領土を僅かでも占領しているということで威圧の効果もある。

 だから、と誰も反対をしなかった。知っていても、知らなくても。




 まるで駒扱いだ、とクロードは怒りに似た感情を覚えた。

 もちろん、クロードとて同胞が死んで動揺はしても錯乱はしない。ここは戦場で、聖騎士団は戦闘集団だ。人の生き死には当たり前で、今回のこともただ一部隊が壊滅しただけに過ぎない。

 本来であればたしかに戦闘を続行すべきだし、そのことについてダルウッド公爵へ指示を仰ぐこともないだろう。


 だが、一縷の望みをかけたのも事実だった。

 この戦争自体がエッセンの人員整理のために起こされているとも薄々知っている。そしてそのせいで、部下が既に二人も死んでいる。

 部下二人とて味方側の謀殺ではない。だから恨むべきは殺したムジカルの人間だし、王を恨むべきではないとも思っている。

 しかし、それでも。

 このばかげた戦争を、くだらない戦争をもう終わりにしてほしい。どうか一つの聖騎士団の壊滅で済ませてほしい。そう願ってダルウッド公爵へとわざわざ注進をしたのも事実だ。

 

(……それを……)

 

 クロードはまた、先に見た書状の中身を思い出す。

 クロードが願った道筋は、五英将が出てきたことで戦況が変わり、エッセンが防戦に移るということ。そして防戦の末、膠着状態を脱すためにエッセン側から講和を申し出るということだった。


 馬鹿だった、とクロードは後になって気がついた。

 講和とは大抵の場合侵攻された側が優勢になったときに申し出るものであり、そしていつもと違い、今回宣戦布告したのはエッセンだ。ならば仮にエッセンの旗色が悪くなったところで、エッセンは講和など申し込めない。


 更にダルウッド公爵はこう記していた。『聖騎士団一つに五英将二人を投入したのは、ムジカルの恐れの表れだ』と。

 そうなのかもしれない、とクロードは一瞬思ってしまった。たしかに今までの戦果を見る限り、聖騎士団一つは五英将一人で互角以上に戦えるはず。ならば二人は過剰戦力で、そして敵はそれを知らずこちらの力を大きく見積もりすぎているのかもしれない、と。


 報を聞いた〈鹿角〉の団長ガウスも、『二人で当たった』という事実を聞いて気を緩めていた。

 『一人で聖騎士団と当たれないのであれば、戦力差はやはりこちらが上』とも。


 たしかに、とも思った。

 この戦争に参加している聖騎士団は九つ。今は八つ。

 ならば友軍も併せて結集し、たとえば居場所の知れたイグアル・ローコに近くの第七第八聖騎士団を同時に当てれば勝機はある。同様にフラム・ビスクローマにも二つ、もしくは三つを当てれば勝てるということなのだろう。

 

 講和は望めない、しかし勝機はある。

 そんな甘い考えがクロードの心を支配してしまいそうになる。

 自らが上手く味方を誘導し、もしくは味方が上手い具合に敵を迎撃できれば、エッセン側の勝利でつつがなく終えられるかもしれない。


 元々、五英将を討てれば残りの兵は取るに足らないのだ。

 ネルグ内の街や開拓村の避難は進んでいる。副都イラインやネルグ南の衛星都市クラリセンに集いつつある避難民さえ守ればいいし、五英将以外を相手にするならば聖騎士団を二つ程度といくらかの騎士団をおいておけばいい。


 聖騎士団一つを落とすのに二人を要した。それはきっと聖騎士団の練度が全体的に上がっているからであり、そしてその必要があるからだ。


 ならば、現在それぞれ独立し、単独で進軍しているイグアル・ローコとフラム・ビスクローマを迎え撃てばいい。

 迎え撃ち、討ち滅ぼせばいい。そうすれば残る五英将は居場所も知れない三人。万が一の守りとして首都に一人残っているとして、あと戦場に出るとしても二人。

 

 勝機はある。

 勝機はある、のだが。



 だが、とクロードの思考が途切れる。

 一つ懸念事項が戦場に現れているのだ。


 前線との青鳥でのやりとりが、一昨日の夜から途切れてしまった。鳥による通信が届かなくなり、現在は専ら人を使っての伝令でのやりとりになっている。

 森の中という悪路で地を這う人間は、どうしても空を飛ぶ鳥には速さで勝てない。文書の他に口頭での情報のやりとりが出来るため情報量は莫大に増えるが、それでも即応性はどうしても劣る。

 それはおそらく魔物使いが前線に出始めたのだろう、というのがクロード他聖騎士の共通認識だ。ムジカルの魔物使いのほとんどが、魔物の他、動物を使役することが出来る。そのため前回の戦でも似たようなことがあり、それほど不思議ではなかった。


 しかし、何かがおかしい、と思った。


(……そうだ、この状況は)

 茜空に浮かんだ月は、青空に溶けるようにくすんだ色をしていた。その月を見つめつつ、クロードは考える。



 聖騎士団が一つ壊滅した。考えてみれば、起こったことはそれだけなのだ。

 ムジカルの軍により、こちらの戦力が壊滅した。

 それはいってみればこちらの損失であり、こちらが一つ劣勢になったということ。言い換えれば、ムジカルが一つ優勢になったということ。

 なのに、何故。


 クロードは、隣で夕刻の涼しげな風を頬に受けて楽しんでいた青年に問いかける。

「ガウス殿」

「はい」

「今どちらが優勢だと思う?」

「どちらが?」

 はて? とその問いに含みを感じ、ガウスは一拍拍子をとる。答えは彼の中で決まっている。

 それはもちろん。

「我らが軍が」

「……だよな」


 クロードもその答えに頷く。もっとも、真に賛成は出来なかった。

 たしかに、今エッセンは優勢だろう。ネルグの森へと侵攻を始めて早十日以上。ムジカル軍との多くの戦闘の結果、エッセンはじわじわとその専有面積を広げており、事実混じり合ってはいるがネルグ南側の支配権は九割手中に収めているといっていい。

 〈蓬生〉の壊滅により僅かに押し返されてはいるが、それでも優勢には違いない。

 

 仮に〈蓬生〉が壊滅しなければ、仮に五英将がいなければ、もう既に全軍を前進させ、明日には先遣隊を砂漠へと徐々に入れ始めている頃なのではないだろうか。

 いいや、仮に。


 クロードはガウスから目を逸らし赤々と燃える薪を見つめる。その炎の中に、もしもの選択を投影した。

 仮に今ここで違和感に躊躇しなければ、自分たちは前進し砂漠へと向かっていたのではないだろうか。『聖騎士団一つに、五英将が二人必要だった』という侮りを胸に。


 実際、ダルウッド公爵やたとえば目の前の〈鹿角〉団長には侮りが見える。五英将ごとき、手こずっても聖騎士団複数でかかれば負けはしないと思っている。

 聖騎士団一つを軽々と潰した相手を。




 クロードは懸命に頭を回す。

 現場の指揮官は自分だ。もちろんこれからの軍の動きも決定するのは自分で、エッセン三万の軍の命運は自分に掛かっている。そう念じつつ。


 そんなとき。

 森の木々の天辺と夜空の黒さが繋がり始めた頃。

 暗がりから、声が響く。


「報告!!」


 駆け込んでくる足音よりも声の方が大きい。そう感心に似た感情を感じつつ、二人の聖騎士団長はその声の方を向いた。

 そしてお互い言うまでもなく身を正す。

 定時報告の時間は過ぎている。この時間に報告が行われるというのは、必ず火急の用がある。

 空気に緊張が混じる。冷たくなったようなそんな空気に伝令の兵士はたじろぎながらも、そんな暇はない、と息を整えずに言葉を吐き出した。



「本日昼過ぎ! 第六位聖騎士団〈胡蝶〉、並びに第十位聖騎士団〈蛍〉! 率いている騎士団含め全滅!!」



「…………!!」


 クロードとガウスの顔が凍り付く。驚愕のあまり、声すらも出せずに。

「どういうことだ!? 五英将か!?」

「……両団、遭遇したそうです……!」

 一息に報告をし、最後の息と同時に伝令の兵は言い切る。息を切らしながらも、まだ伝えることがある、まだ伝えなければいけないこともある、と自分を叱咤しながら。

「イグアル・ローコに遭遇した〈胡蝶〉に随伴していた騎士団には、逃散に成功したものもあるようですが、このネルグの中では……」

「半端な数では難しい」

 ガウスの補足に、泣きそうになりながら伝令兵が首を縦に振る。逃げ出せた者もいるとはたしかに聞いた。しかし、帰ってきた者がいるという情報を自分は知らない。

 

「救援隊を出し、兵を回収しますか?」

「…………」

 ガウスの進言に、うぐ、とクロードが言葉を詰まらせる。たしかにそれも手かもしれない。どれだけ残っているかはわからないが、ネルグの中に散り散りになった兵たちを拾い集めて再編する。集めることが出来るのならば無駄にはならないだろう、が……。

「騎士団の者たちが単独行をして、どれだけ生存できると思う?」

「場所にもよりますが、三日も持ちますまい」

 長い舌をちろりと出して、ガウスは答える。

 この聖領ネルグの中での活動。闘気を用いることが出来る、というのはほとんど最低条件といっていい。もしくは魔力を持つか、参道師のような知識と経験を身につけるか。

 騎士団の中にはそのような者は少なく、聖領の中での活動の知識もほとんどない。

 そしてもう日は沈む。昼過ぎに襲撃を受けて逃げた以上荷物もほとんど持っておらず、動物が活発になる夜が来る。ならば。

「明日の朝までにはほとんどが魔物の餌になるのではないでしょうか」

「……言うな」


 あまりにも直接的な言葉にクロードは顔を顰める。

 だが、その通りだとも思う。集団ならば人は強いが、個人ではこの森の中では無力に近い。

 聖騎士団長としては最強に近いクロードとて、数日程度、それにネルグの中層までならばまだしも、たとえば深層で長期間活動する自信はない。

 『戦闘力』という類いの問題ではない。方向性の問題だ。

 出来るとすれば、この森に慣れ親しんだ参道師のような職分を持つ者。もしくは同じく慣れた探索者などだろう。

「…………」

 クロードは歯を食いしばる。決断したくない。それでも決断せねばならない。

 軍の責任者として。総大将に近い存在として。


「……逃走兵は捨て置く。それよりまずは残っている聖騎士団の配置を再編する」

 

 地図は、と探せば近くの陣幕の中にあることにクロードは思い当たった。

 それを思い浮かべながら、早くしなければ、と焦る。

「どのように?」

「五英将に対応できるよう、最低二つの団を合同で動かす。幸い五英将は単独で動いている……んだよな?」


 クロードが恐る恐ると尋ねれば、伝令兵は無言で大きく頷く。

 ならばそうしよう、とクロードは考え、また悩みに当たった。


 この戦争に参加していた聖騎士団は九つ。そして今は六。破られた聖騎士団はどれもネルグ南側の浅層付近を担当しており、現在はそこの支配権を奪われた形になった。

 集めれば進軍を阻めない。広げれば簡単に食い破られる。的確に、狙い撃つように当てなければ。



 そこまで考え、クロードはギリ、と奥歯を鳴らした。握りしめた拳が痛む。

(狙いはこれか!!)


 ようやく少しだけ見えた気がする。

 第十五位聖騎士団を破るのに、五英将を二人投入した理由が。


 欲しかったのは、この先ほどまでの侮り。それによる対応の遅れ。


 仮に一人で、もしくは五英将なしで聖騎士団を破られた場合。それを聞いたクロードや他団の団長は、即座にそれに危機感を覚えるだろう。聖騎士団を組にする案など、どこかの団から進言があってもおかしくない。

(俺が対応を誤った……!)

 しかしそうはならなかった。全聖騎士団に同じ情報が伝わった事による侮り。それに加えて、ほぼ同時に青鳥が封じられたことによる伝達の遅れ。これでは仮に進言があっても、それを各団に伝えるまでに時間がかかる。


 力がある、というだけではない。

 力の使い方を知っている、という印象。

 これは。


(……戦場にラルゴ・グリッサンドもいるのか……!!)


 いつもの戦争では、五英将は大抵の場合戦場に二人が出る程度だ。

 しかし今回は、三人。

 もしくはことによると……。


 

 クロードの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。

 その汗が首の後ろに浮かんだのとほぼ同時に、駆け込んでくる誰かの足音が響いた。


「し、失礼いたします!!!」


 なんとなくクロードは反射的に耳を塞ぎたくなった。事実、塞ぐべく手を浮かした。

 それでも塞げなかった。聞くべき事を聞き逃し、また誰かを死なせるわけにもいかずに。


 また別の伝令兵が、転がるようにしてクロードたちの前へと駆け込んでくる。

 跪くようにして実際には転んだ状態で、顔を上げて二人の聖騎士団長を見た。


 伝令兵はその視線に不可思議なものを感じた。同じくこの場にいる兵が身につけている腕章は、自分と同じ伝令兵なのに、と。

 そして目上の二人の視線を受け、その違和感を無視して、唾を一つ飲んでから口を開く。


「本日未明! 副都ミールマン! 五英将トリステ・スモルツァンドにより襲撃を受けたとの報告あり!!」



 クロードの額に、つつと汗が垂れる。

 そしてまた別の伝令兵が駆け込んでくる。


「ミールマンへの増援をとジョウサイ大公閣下の書状が……!」

 それから矢継ぎ早にいくつも読まれる書状に命令。

 更に駆け込んでくる新しい伝令兵の足音を、クロードはどこか遠くで聞いている気がした。






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― 新着の感想 ―
[良い点] 以後ずっと五英将のターン 敵兵を墓地に送り 敵兵を墓地に送り 敵兵を墓地に送り ・・・・・
[一言] なんというムリゲー
[一言] 思ってたより聖騎士団がサクサクやられてて草。 普通なら一枚岩で動いてるムジカルが勝つもんなぁ…
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