望まれた死
テトラの依頼は何事もなく受理された。
これで直に貼り出される依頼を明日の朝にレイトンが受けて、クラリセンへ発つことになる。
レイトンが依頼申請に関して何も言っていなかったことから考えると、この辺には妨害が無いのだろう。
クラリセンは一支部の依頼など、いちいち確認しないということか。
戻ってきたテトラに目を戻すと、お互い溜め息が漏れた。
「さて、脱税事件の解決方法を考えましょうか」
「……そうね」
と言っても、今のところ何も浮かんではいない。
「ちなみに、テトラさんには何か案はありますか?」
「残念だけど、考え付くのはもう全部やったわ。徴税官への告発や、衛兵たちや魔術ギルドの虚偽報告の暴露。探索ギルドの依頼撤回要求。私が思い付いたのはそれくらいだから……」
悔しそうに呟く。しかし、どれも結果は芳しくないのだろう。
「どこも賄賂で塞がれていた……ってことですね」
金の力はすごい。
「んー……」
どうしたものか。
通常であれば、テトラのやったように治安維持組織への訴えがまず有効だろう。
しかし、今回はその治安維持組織が犯罪の片棒を担いでいるためにそれが難しい。
ならば、逆に金で買収しかえして……。
駄目だ。いくら掛かるかわかったもんじゃない。
フルシールを売った分と手持ちを合わせても足りないだろう。
それに、金が足りたとしてもその伝がない。
グスタフさんのような……。
そうだ、グスタフさんなら何か妙案が……!
……駄目だ。
レイトンは石ころ屋の関係者だ。グスタフさんの思考を受け継いでいるのなら、グスタフさんもきっと同じような結論に至るのではないだろうか。
それが効率的であるのなら、誰かの大事な人であってもグスタフさんに容赦はない。
リコを簡単に見捨てたように。
やはり結局は、新しい案を僕たちで考えなくてはいけない。
僕たちで。
問題を整理しよう。
何故ヘレナさんを排除しなければいけないのか。
それは脱税のため、免税の理由としてヘレナさんが使われているからだ。
だから、排除してまずはその理由を消し去る。
そうすればその手はしばらく使えず、そしてヘレナさんを殺してしまえば、その手は永久に使えない。
また新しい脱税の理由を作るまで、偽りなく納税をせざるを得ない。
「ああ、それ……か……?」
「何か浮かんだ!?」
テトラがピョンと跳ねるように顔を上げる。
沈んでいた顔に、わずかな希望が見えた。
「いえ、その後の事を考えてないなぁ、と」
「その後……って言うと?」
「脱税する手段は、今回使われたもの以外にもあるでしょう?」
そう、レイトンの案には穴があるのだ。
今回はこれで一旦解決しても、また脱税は起こる。おそらくは、必ず。
どれだけ美味しい思いをしているかどうかわからないが、人間は良い思いをしたらその味は忘れられない。そういうものだ。
だから、絶対にまたやる。
魔物は使えなくなるかもしれない。だが手を変え品を変え、趣向を凝らして手段を探して、またやるだろう。
だから、今回ヘレナさんを殺して治めたとしても、また元に戻ってしまう。
根本的な解決にはなっていないのだ。
「それもそうね。でも……」
「そうです。これはただレイトンさんの案への反対要素だけなんですよね」
「あいつなら、『だから何?』とでも言いそうね……」
テトラはレイトンのことを憎々しげに「あいつ」と呼んだ。その気持ちはわからなくもない。
「ええ。じゃあどうやって解決するのか、という問いには答えられませんからね」
ヘレナさんを殺害すれば、何回分かの納税だけではあるが、しばらくは解決するのだ。
たとえ一時期でも、解決出来るレイトンの方が一枚上手だ。
首を反らすと、布の張られた椅子の背もたれがちょうどよく首の後ろにはまった。
天井を見上げて、胸を反らす。
肩甲骨の辺りが伸び、ポキポキと小気味いい音がした。
「あいつの言うようにトレンチワームは殺して、ヘレナを無理にでもこっちに連れてくるとか……」
「ヘレナさんを拉致監禁して、街へ戻れなくするという感じですかね」
「拉致監禁って……。まあ、そうだけど。殺さなくてもそれで済むんじゃないかしら」
「たしかに街から離せばそれは出来るかもしれませんが……」
何か引っかかる。
レイトンも、「死ななければ死なない方がいい」と言っていたのだ。
拉致で済ませられない理由が何かあるんだろうか?
「そういえば、『あの子の意思じゃない』って言ってましたよね。どういうことです? 嫌々やっているのであれば、説得も簡単だと思うんですが」
テトラも「無理にでも連れてくる」と言っている。ならば、ヘレナさん自身が街を離れることを嫌がっているんだろう。そして説得にも失敗しているということは、ヘレナさんは消極的な協力ではなく、積極的に協力しているはずだ。
「それが……わからないのよ」
「わからない?」
「あの子は魔物に触れることを嫌がっていた。だから、魔物使いっていってもそれこそ飛鼠みたいな小さな物か、動物ぐらいしか使役していなかった」
爬虫類や虫が嫌いなものだろうか。
「それが、今ではトレンチワームを使役している」
「触るのが平気になったからとかじゃないんですか?」
逆に、子供の時に触れていた虫が大人になると触れなくなったりする方が多いらしいが。
僕もいつか、虫嫌いになる日が来るんだろうか。あまり想像がつかない。
「それはないわ。最後に会ったときも、トレンチワームに触るのを嫌がっていたから」
「何か使役する理由があった、ってことですね」
テトラはその言葉に、コクンと頷いた。
「でも、その理由は教えてくれなかった。泣きそうな顔で、頑として喋らなかったわ」
テトラの方も思い出しているのだろう。泣きそうな顔だった。
本人の意思でないのならば、それは他人の意思だ。そして、口止めもされている。
ならば、考えられるのは。
「嫌々やっているのに、理由を話さずやめようとしない。 ……脅されている……?」
「恐らく、そう。街のお偉いさん達に脅されているんでしょうね」
それが一番可能性が高いだろう。
テトラが接触する機会が持てるほど、本人が比較的自由に動いている。ならば、本人の命などではなく、何か大事な物を質に取られている。財産か親か、それとも何か別な物か。それが何かはわからないが。
「だったら、拉致監禁しても……」
その脅迫を解決するには、犯人を特定し、何かはわからないが取り戻す必要がある。何か秘密などを盾に脅迫されている場合は、犯人に対する口止め、場合によっては殺害も必要となる。
「そちらの脅迫を解決しなければ、またヘレナさんは、やる」
そうすると、街の有力者を何とかする必要が出てくるのだ。
しかしその大義名分がない。
一応、脱税事件など表面上は起きていない。
それに加えて、買収された治安維持組織に頼れない以上、有力者を合法的に罰することは難しい。
非合法な手段、たとえば暗殺などすればいいが、その場合は治安維持組織が僕らの敵となる。
しかし非合法な手段による排除。それがヘレナさんには有効なのだ。
他の街で、それこそレイトンさえ知らなかった魔法使いであるヘレナさんならば、それは通る。
ヘレナさんの存在は、脱税の証拠にもなる。
そのヘレナさんはクラリセンの有力者達によって隠されていたのだろうから、矛盾を作らないために有力者達はヘレナさんの死を隠蔽するだろう。
そして新しい脱税の手段を採ったところで、その手段の綻びを見つけてまた妨害をすれば良い。
いつか解決出来るまで。
そしてレイトンのギルド証は成体だった。
ヘレナさんの死に対して、ギルドにとって比較的重要なレイトンを糾弾すれば、それこそ脱税を明るみに出す契機となる。
そうなれば、根本的な解決まで迫れるだろう。
……まずい。これはまずい。
考えれば考えるほど、ヘレナさんの死が有効なのだ。
同じ結論に到ったのだろう。テトラの顔色も優れない。
それから話し合いは続いたが、結局案は出なかった。
そして、約束の朝がきた。




