閑話:包囲網
ニクスキーはふと顔を上げた。
何の変哲もない街並み。いつものように表通りは喧噪に包まれ、騒がしくも賑やかな人々が歩く。
石畳は通る馬車の車輪の轍としてなだらかに歪み、泥や土で溝が埋まっている。
そんな場所を通る最中のことだ。
一瞬、身体を何かが通り抜けた気がした。何かの波が身体を揺らしたように通り抜け、広がっていく感覚があった。
それと同時に、犬が騒ぐ。
勇者の世界では既にありふれている音の振動数という概念。それをこの世界の多くは知らず、そしてニクスキーも詳しいわけではない。
そもそも聞こえたわけでもない。
しかしそれでも察しはついた。
人の耳には聞こえず、犬の耳に聞こえる音が今響いたのだ、と。
騒ぎ立てる犬たちの存在は疎ら。だがその犬たちの所在はその吠える声や遠吠えでニクスキーでも把握が出来る。
同心円に広がる犬たちの反応。辿った先、音の発信源は先ほどの酒場付近。
……裏切ったか。
そう僅かな手がかりから確信したニクスキーは、懐に手を入れて、背後を歩くホウキを振り返った。
「今日は帰れ。もう仕事はない」
「え? でも」
いつもと違う、とホウキは思った。時たまお供のように呼び出され、小間使いのように働かされることはある。見張りをしたり、掃除をしたりなどの雑用として。そんな折も、たしかに今回のように唐突に帰れと言われることはある。
しかしいつもは違う。いつもの声音とどこかが違う。
そんな違和感に、ホウキは応と言えなかった。
ニクスキーが差しだしたのは銅貨三枚と紙包み。
紙包みの中には、いつものようにニクスキーの作成した干し肉が数枚入っている。その量はほんのわずかで、通常なら一食分にも満たない量である。けれどもホウキら貧民街の民にとっては値千金のごちそうで、ホウキはそれを二回に分けて二食分として大事に食べ繋いでいた。
戸惑いつつも恭しく荷を受け取ったホウキを確認し、ニクスキーは振り返って視線を切る。
衛兵か、それとも貴族の雇った私兵か、レイトンの口にしていた聖騎士か。そのどれであっても、穏便には済まない。自分の身はまだしも、近くに置いておけばホウキの身に危険が及ぶ。そんな気遣い。
そして今ここで姿を隠せば、ホウキの身も危ない。
「あー、じゃあ、すみません、俺はここで……」
「…………」
返事をせずにニクスキーはホウキに背中を見せたまま静止する。それ自体もいつものことだ、とホウキは思いかけ、そして気付く。
"「今日この後、ニクスキーは君を一時引き離そうとするだろう」"
先ほどの不審者の言葉だ。そういえば、伝えられていなかった。
ホウキは今更ながらに言おうとして躊躇する。金髪の男の言葉。その不穏さに、何故だか。
喉の奥に何かが詰まった感触がある。その何かの塊を絞り出すようにニクスキーに投げかけた。
「……さっき、酒場から出てきた金髪の男が」
「わかっているならば、行け」
何事かと耳を傾けたニクスキーだったが、金髪のという言葉で全てを察した。
レイトンは予見していたのだ。酒場の店主の裏切りを。
言葉を遮られ、わずかに怯えを見せながらも、ホウキは怯まぬように続ける。
「ニクスキーさんが一人になりたがるから、追うなって……」
「…………」
「……危ないんすか?」
それとなく周囲を観察し、自分にまだ目が向けられていないことをニクスキーは確認する。しかし何事もないことはありえない。そうとも確信していた。
「……ああ」
問答の時間も惜しい。
端的に返答したニクスキーに唾を飲み、頷きをホウキは返す。
そしてホウキが踵を返したと同時に、ニクスキーはわざと大仰な動作で路地裏へと早歩きで駆け込んでいった。
大通りの建物の裏を縫うように、ニクスキーは路地裏を歩く。
猫が横をすれ違う。近隣の住民から餌を与えられて育った茶色い猫は、ニクスキーを見て一声鳴いた後、何度か振り返りながら去っていった。
足音を立てずに歩くニクスキー。それは貧民街出身の生来の癖でもあり、暗殺者として活動していた癖でもあり、そしてこういったとき、我が身を襲う危険を察知しやすくするためのものである。
尾行を確認しても、何もない。遠くで誰かがはしゃいで笑う声がする。表通りの芸人とその観客のものだろう。
飲食店裏で、野良犬が残飯を漁る。腐りかけて悪臭を放つ魚が、死んだ目をして狭い空を見上げていた。
警戒しすぎたか。
ニクスキーはそうちらりと考えた。
もしかしたら、追跡者であるおそらく聖騎士は自分を見失ってしまったのではないだろうか。誘うように一人となり逃れてきたが、それすらも追えない愚鈍な者だったのだろうか。
入り組んだ路地の中、ホウキと離れて少しの後。
足下で何かが弾けるようにパキと鳴り、そして視界の中、それもどこかにちらりと不鮮明に一瞬だけ映った気がした女性の顔に、そんな甘い考えも消し飛んだ。
(……今のは……)
ニクスキーは考える。自身の感覚網の中に、ほんの僅かに引っかかり、そして逃れていった女の正体を。
昔、一度だけ見たことがある。それは三十年以上前の話。レイトン・ドルグワントが、姿をくらました姉の行方を求めて石ころ屋を訪れる少しだけ前の話。
プリシラ・ドルグワント。今のは間違いなく、その影。
反射的にニクスキーは気配を隠す。
今までのように足音だけではない。その息遣いに、衣擦れの音。大地を響かせる振動に動作に伴う空気の動きに至るまで。細心の注意を持ってことにあたる。
もはや目の前にいても一瞬存在に気付けないほどに希薄になったニクスキーの存在。
そのまま駆け出し離脱を図る。
プリシラ・ドルグワントがここにいる。ならば、レイトンから伝え聞く限りの彼女ならば。
何か自分に罠を仕掛けている。かもしれない。
自分に対し、何かしらの策をしかけている。かもしれない。
相手は聖騎士だと思っていた。しかしそんな聖騎士の動きのお粗末さも感じるこの状況。
プリシラは弱者に手を貸すのを至上の楽しみとしているという。冷徹に鑑みた現状の天秤は、聖騎士を重くしてはいない。
ならば、彼女は聖騎士に秘密裏に手を貸した。かもしれない。
推論が積み重なり、危機感へと変わっていく。
一番近くの隠れ家に。いいや、そこにも彼女の手により手が回っているかもしれない。
推論と危機感が疑念を呼ぶ。何をした。何をされる。何がある。
猫すらも気付けぬ速度で路地を走り抜ける。
そして路地の中の猫の集会場。僅かに開けた誰も立ち寄らない裏通りの広場。
そこに立っていた赤い髪の毛の快活そうな青年。騎士団の一員らしい金属の鎧を身に纏い、槍を手に佇む姿。
槍を後ろ手でぐるりと回し、見得を切るように踏み出したその姿に、『これ』だろうかとニクスキーは内心構えた。
「…………」
赤毛の青年が口を開き、何事かを言うがニクスキーには聞き取れなかった。
事実、青年はまだ何も言葉に出来ていなかった。目の前の脅威に唾を飲み、威容に怯み、緊張に口を強張らせて。
だが。
まだ一歩青年は近づく。浅黄色か焦げ茶か、そのような色の外套を身に纏う中年の男へ向けて。
「石ころ屋、ニクスキー殿とお見受けします」
逃げてはいけない。逃げられない。それはこの青年が、自らに課した重い枷。
「……水天流……キーチ・シミング」
自らの名前がこれほど口にしづらい事が、今までの人生であっただろうか。悩みながらもようやく口にする。法を守るための一要件。
「名高い〈幽鬼〉ニクスキー殿に、一手指南を所望します!」
「…………」
ニクスキーの返答はない。
申し出を受ける気はない。その理由も見当たらず、そして今はそのような時ではない。
もちろん意図をわかってはいた。キーチと名乗る青年の名はニクスキーも聞いたことがある。彼は騎士団、その中堅。平時の騎士の職分は犯罪者の捕縛ではない。故に、捕縛にかかるのではなく武芸者の比武として自分に向かってきている。越権行為という誹りを躱すために。
それはわかる。しかし、それに乗る理由もない。
キーチを無視して周囲を見ても、他の人影はない。この待ち伏せは酒場の店主の裏切りによるものであろうが、その集団の一人だろうか、と予測をしてもこの状況は不可解だった。
腕は立つのだろう。〈無難〉のキーチ・シミング。彼の師は水天流の先代掌門の高弟、先の戦で伝説と化した『雁木谷の戦い』を演じた〈爆水泡〉カソクと〈天津風〉シウムとされる。その腕に違わぬ〈無難〉の異名は、柔和ながらも恐るべきものだ。
しかし、構えを見ても、読み取れる武威は到底自分に比肩するものではない。
プリシラの手による何かではない。そう確信できたニクスキーは、目の前のキーチへの警戒を一段落とす。その代わりに周囲への警戒を厳にする。
侮っているわけではない。ニクスキーは、自分を知っているのだ。
「さ……」
現在敵は一人。急ぎここを離脱する。葉雨流の歩法を使い姿を晦ますことも考えたが、一人を相手ならば押し通った方が早い。
そう判断したニクスキーが大きく一歩踏み出し、キーチの喉元に拳を突き入れる。
が。
「…………!!」
キーチの鉄筋を束ねた槍が喉元を隠し、ニクスキーの拳を防ぐ。双方ともに想定外の速さだった故、双方ともに同じように息を飲んだ。
「あっぶ……!」
危ない、と拙く口にしながらキーチが槍を動かす。ニクスキーが拳を引くのに合わせ、頭を下げ、左手を支点に右手で槍の穂先を押し出すように回す。
遠心力を存分に使った、重く、手刀よりも速く鋭い一撃。いつの間にか込められていた闘気によるその白い軌跡をニクスキーが下がって躱せば、追撃とばかりに槍の勢いそのままの振り下ろしがニクスキーの立っていた石畳を砕いた。
下がったニクスキーに、さらに攻撃を加えようとするキーチ。
その槍をわずかに動くだけで見切り躱し、ニクスキーは再度踏み込む。
もとより、ニクスキーの修める流派の一つ黒々流は、瞬間的で的確な連撃を旨とする。
一つで足りないなら二つ、二つで足りないなら三つ。
その間も舞うように攻撃を繰り返していたキーチは、自身が打たれているということに気づかず。
「…………ぅえ!?」
崩れる膝が地面につき、顎やこめかみ、鳩尾、人中、その他の急所合計八つに熱感を覚え、地面に俯せになってようやく、ニクスキーに攻撃されていることを知った。
倒れたキーチを見下ろして、ニクスキーは静かに口を開く。
「……良い動きだ。余程真面目に鍛錬したと見える」
事実、ニクスキーは驚嘆していた。初撃を防がれたことといい、その後に見せた槍の鋭さといい、常人にできることではない。天才が真面目に鍛錬を続け練り上げた、という印象。
しかしキーチには欠点があった。それこそ、ニクスキー相手でもなければ問題にならない欠点が。
「だが、素直すぎる。基本に忠実というのは強く速い動きだが、それ故に読まれやすい」
ほんのわずかな攻防。通常それだけで判断できるものでもないが、伝え聞いていた〈無難〉の噂と照合し、ニクスキーは呟く。
痛みに呻くキーチはその言葉を耳に入れながらも、地面を噛んでいるように動けない。痛みになら慣れている、という過信があったと文字通り痛感していた。
〈無難〉。噂には聞いていた。
副都イライン所属の騎士団。その一人。
騎士団の従事する仕事は所属する街や地域にもよるが、この街の騎士団の任務の多くは近隣の森に巣くう盗賊団や従属する街周囲に出現した目立った魔物の討伐である。
当然ながら、その対象の脅威の度合いにより騎士団は警戒具合を上げ、より危険なら大人数で、もしくは精鋭を集めて対処する。
その結果、脅威を見誤り、残念ながら死傷者が出ることがある。強盗団にいた強者に嬲られ、拷問の末殺される。羽長蟻の大群に囲まれ、健闘虚しく巣に運び込まれ、一つまみずつ肉を食いちぎられていく。鬼に遭遇し、その豪腕で瞬く間に叩きつぶされていく。そんな悲劇はままあることだ。
そんな中、一人、どのような任務も単独もしくは少人数で必ず達成する者がいる。
それが他ならぬ、キーチ・シミングである。
最初は笑う者もいた。任され、頼られて、徐々に位階を上げていくその姿に嫉妬していたということもあり、嘲笑混じりに『簡単な任務だけを無難にこなしている地味な男』と。
だがそういった者たちも、一緒に任務に従事し、その認識を徐々に改めていった。
無難にこなしている。それは正しい。
だが、簡単な任務。それは大きな間違いだった。
討伐のためには同数の騎士団員が必要といわれる大犬の群れを、ただ一人で片付ける。
羽長蟻の大群を、子犬の群れ扱いで殺して回る。
聖騎士団への要請すらも検討されていた強盗団を単独短時間で壊滅させる。
たしかに無難にこなしているのだ。
危険なはずの、並の騎士団員ならば死を覚悟するような任務を、難なく、確実に。
そうして高まった名声に、いつしか〈無難〉は貶し言葉ではなくなり、キーチ・シミングの名はニクスキーの耳にも届くようになっていった。
ニクスキーは考えていた。
その〈無難〉が最初に貶し言葉になっていた理由について。
強いというならば、そのまま皆が褒めるはずだ。共に任務を達成するまでもなく、その動きを見れば対象の強さは察することができるはずだ。目が曇っているようなことでもなければ。
だがそうならなかった理由。
彼は、地味だったのだ。多くの基本に忠実の型というのは、基本的に地味なものだ。華麗ともいわれる水天流の動きすらも、その最小単位である基礎の歩法や槍遣いは地味で単純なもの。
その基礎を積み上げた動き。それは強くとも、派手ではない。
故に厳しい任務も、強い敵も、難なくこなしているように見えたのだろう、と。
実際に間近で見たのは今日が初めてだ。
そして予想通りだった。派手な技などではなく、基礎を積み上げた強力ながらも地味な攻撃。それが〈無難〉を〈無難〉たらしめ、いかなる任務もこなさせてきたのだろう。
良い師を得たのだろう、とニクスキーは感嘆する。
二十歳そこそこの身で自分の攻撃を一度は捌いた。このまま鍛錬を続け、三十歳、四十歳を数えれば、その成長は計り知れない。
才能だけで見れば、自分よりもだいぶ上なのだろう、と自嘲も交えながら。
人に師事し、何かを学ぶ人間には三つの段階がある。
師の教えを守り、忠実に鍛錬をする時期。師の教えを疑い、試行錯誤をはじめる時期。師の教えから離れ、自分の道を作る時期。
今はまだキーチはその最初の段階。この、自身が感嘆するこのときであっても、まだ。
しかしここで順調な〈無難〉の道は断たれた。
ならば次はどうする? キーチを見下ろすニクスキーの口元に、ほんのわずか、かすかな笑みが浮かんだ。
ニクスキーは気づかない。
キーチにそのまま、自身の姿を見ていることに。
キーチがもはや反撃できないと見て取り、ニクスキーは踵を返す。
ここを離脱する。この青年につきあった気まぐれで大分時間は浪費してしまったが、まだ間に合うかもしれない。
ここに至ってまだニクスキーは確信している。
キーチ・シミングはプリシラの仕込みではない。ならば、プリシラは何を。
悩みながらも足を踏み出そうとする。
しかし、その足を掴む手があった。その意外さに驚きながらも、振り返った地面には、キーチがまだ俯せのまま手だけを伸ばして足を止めていた。
ニクスキーはため息をつく。呆れも交えて。
「……勝てぬことはわかっただろう。足止めなど、お前には出来ない」
「…………かに」
まだ痛みと横隔膜がせり上がる感覚に息も出来ずにいるキーチだったが、懸命に食いしばるようにして顎を上げ、ニクスキーを睨み返す。その眼光の必死さに、〈無難〉の影はない。
「……勝てないみたい、です、けど……」
「…………」
足首を握る弱々しい手を振り払うこともなく、ニクスキーは続きを待つ。何故だかその続きが聞きたかった。
痛みからほんのわずかに浮かべた涙越しに、瞳がニクスキーを射貫く。
「俺たちは、勝てないからって……諦めるわけには、いかないんすよ……」
キーチは考える。
今までの人生の転機で出会った強者たち。竜に〈鉄食み〉。その二つともが、自分では敵わない強者で、今目の前にしているニクスキーにも同じように勝てる気はしない。
向かい合ったときから確信していた。
しかしそれでも逃げるわけにはいかない。
昔クラリセンで竜に立ち向かえなかった弱い自分を克服するために。〈鉄食み〉を任せろと、探索者に言われて安堵した自分を克服するために。
自分は騎士だ。領主に従い民のために敵に立ち向かい、命をかけて弱い人たちを守る騎士。
その自分が、敵を前にして逃げるわけにはいかない。
たとえどれほど絶望的で、もう無理だと確信した今であっても、諦めるわけにはいかない。
目の前のニクスキーは希代の悪人と聞く。ならば腕が千切れても離すものか。
細かい事情は知らない。水天流の先達であり、聖騎士であるウェイト・エゼルレッドからの要請でこの場にいるだけだ。
しかしそれでも、このニクスキーを野放しにしてしまえば、人々に悪い影響があるという程度には理解している。
ただそれだけでも十分な理由。
何より、強者だからと諦める、逃げる、そんなことはしない。
ニクスキーを睨む目に力が籠もる。
ニクスキーはその目を見返す。
キーチの事情は何一つ知らない。伝え聞いた中でも、今目の前で何事かを呟いたことからも。
だがその目から、足首から伝わる弱々しい力から、何かが伝わった気がする。
きっとこの青年にも、何かしらの思うところがあるのだろう。
自分ではないようだが、倒すべき敵を見定めている。それ故に諦めず、まだ自分に向かう気でいるのだろう。
急所は打ってある。しかし、点穴などは施していない。ならばじきに彼も復活しよう。
逃げるだけなら、これで十分だと思っていたのだが。
「…………」
互いに無言で一瞬視線を交わす。
それからニクスキーは足首の手を足のひねりだけで外しながら呟く。
「……すまなかったな」
ゴ、と鈍い音が響く。
キーチのこめかみに蹴り入れられたつま先はその脳を揺らし、そして衝撃はキーチの体を壁際まで弾き飛ばす。
完全に気を失ったことを遠目に確認し、ニクスキーは出口を見てまた足を踏み出した。
「……キーチ・シミング。いい仕事をしてくれた」
そして響いた声に、ニクスキーは口の中で舌打ちをする。
良いものを見れた、と思ったのに。そうほんのわずか心のどこかで思いつつ。
近くの屋根の上から見下ろす影。そこから見下ろしている男は、人相書きで知っている。
「ウェイト・エゼルレッド。貴様に引導を渡す男だ」
ウェイトが屋根から飛び降りる。その足音に応えるように、周囲で見えぬ気配が三つ動いた。
すでに囲まれていたか、とニクスキーは推測する。こちらに気配を読ませぬ位置から、徐々に包囲を完成させる。まるで猟師のような手際。第三位聖騎士団はそのようなものが得意と聞く。
鎧もなく、構えているのは鉄槍のみ。
キーチ・シミングよりは腕が立つ。
その姿に、プリシラの『何か』はこれではない、とニクスキーは確信した。
ニクスキーの閑話群はあと二話。




